第22話 失踪18(修正済)

4月22日(日) 船橋駅南口開発事業対策会議

神谷一樹 神谷グループ代表

櫻田基寛 衆議院議員

加藤祥平 千葉県議会議員

中村 稔 神谷ハウジング社長(商工会会長)

奥井一久 株式会社大和社長

中村綾子 株式会社大和総務部次長

黒田 隆 千葉県警察本部刑事部

木村弘宣 千葉県警察本部刑事部

斉藤 新 神谷弁護士会計士事務所

伊勢朋宏 百葉銀行船橋支店長


 十時、以上の出席者にて第一回船橋駅南口開発事業対策会議が開かれた。場所は神谷記念病院、別棟二階にある会議室。


 参加者は、百葉銀行の伊勢を除いて、すべて見知った顔だった。中村社長は子どもの頃からの顔見知りで、親戚のような存在だった。知らなかったのは、中村社長と中村綾子が親子だったということだ。県議会議員の加藤さんはお見舞いに来てくれたばかりだ。


 会議の前に、中村綾子が、おそらく朝まで作成したと思われる資料を持参してきた。資料を見たが、思っていた以上のものができていた。


「中村さん、すいませんでした」


「いえ」


「この資料は大事に使わせてもらいます。必ず結果を出します!」


 綾子は、ふっと声を出さずに笑った。俺が怪訝な顔をすると、


「いえ、すみません。うちの会社でそんなこと言われたことなかったので」


 俺は恥ずかしくなった。顔が赤くなるのが自分でもわかった。綾子はそれを察したのか、


「会長も一度だけ私の仕事を評価してくださいました。とても嬉しかったです。そのときのことを思い出しました」


 と言った。俺はその気遣いをありがたく思った。


 俺はこの日から車椅子に乗れるようになった。すぐに看護師に車椅子に乗せてもらい、綾子とともに会議室へ向かった。


 会議室では奥井さんがすでにいて、飲み物や資料をセッティングしていた。中原さんの事務所の斉藤と、銀行の伊勢もスタンバイしていた。伊勢は立ち上がって俺に名刺を渡し、頭を90度に下げた。


「奥井さん、早くからすいません」


「いえ。私どもの尻拭いをさせてしまっているのですから、これくらいは」


 奥井さんからの差し入れは、普通のペットボトルのお茶にスイーツがついていた。モナカと茶色い饅頭だ。こういうのでいいんだと思う。和菓子にこれ以上金をかけても、同じようにしかならない。俺は味の違いがその程度にしかわからない。どうしようもなく食べたくなって、饅頭をひとつ手に取った。


「この饅頭うまいですね」


「ありがとうございます。良ければもうひとつどうぞ」


 奥井さんはそう言って自分の分を俺に渡した。俺は大袈裟に喜んで受け取った。こういう好意は、甘んじて受けたほうが良いのだ。


「いいんですか!やった。じゃあもらいます」


 二個目を食べていると、神谷ハウジングの中村社長が入ってきた。中村社長は何度も実家に顔を見せていた。俺も、父親が死んでからは特に中村に頼っていたところがあった。祖父とはもちろん旧知の仲だ。


「おじさん!久しぶりです」


「坊っちゃん、この度はとんだ災難だったそうで、大丈夫ですか」


「もう大丈夫です。それより、今日はありがとうございます」


「いえ、こちらこそ感謝申し上げます。まさかこの件で坊っちゃんに動いていただけるとは思ってもみませんでした」


 中村社長は他の参加者にも一礼し、奥井さんとは握手を交わした。情に厚い人なのだ。綾子が、「お父さん、こっち」と言った。俺は驚いて綾子を見ると、笑顔で「親子なんです」と言った。次いで警察の黒田と木村、最後にヒロコの父親で衆議院議員の櫻田が、県議連の人を連れて入ってきた。全員が立ち上がって迎えた。俺はヒロコの父親に目で合図をし頭を下げた。






「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。」


 中村綾子が司会を買って出た。綾子が大和の総務部次長のポストにいるのが頷ける。彼女は優秀だった。県下最大手の神谷ハウジングの娘だということを抜きにしても、次長職まで実力で上り詰めているのだということが窺い知れた。堂々としたものだった。


「はじめに、神谷グループ代表、神谷一樹よりご挨拶申し上げます」


「こんにちは」


 俺がそう言うと、全員が立ち上がり、頭を下げた。


「どうぞおかけください。今日は皆さん本当にありがとうございます。最初に、僕の大学の友人の話をさせてください。同じ大学の友人が行方不明になりました。先週の金曜です。姉と弟、どちらも同じサークルでした。それが突然姿が消えたんです。電話も繋がらなくなりました。ただごとではないと思い、色々と探したのですが、痕跡すらつかめなかったんです。それが先日、弟のほうが借りているアパートから、何者かによって家具が運び出されました。運び出したのは安藤慎一という男、これは警察の方が調査してくれました」


 俺は黒田を見た。黒田は頷いた。


「その運搬先の家屋は安藤の持ち家、土地は金田という男の名義、この土地を巡っては過去にトラブルがありました」


 俺は奥井さんを見たが、奥井さんは下を向いていた。


「この金田という男ですが、朝鮮系の帰化人だそうです。そして、失踪した姉弟も、北朝鮮の血が入っています」


 警察以外は皆驚いた顔を見せた。


「とにかく、僕は友人を追いかけているうちに、金田の詐欺行為を知りました。そして今、うちのグループから詐欺で手にいれた広大な土地に、高層マンションを建設しようとしている。その費用対効果は百億円規模のものです。その土地にはまだ幼稚園がありますが、園長先生は昨夜、夜中の一時半までここで、金田の地上げに対する不満を語ってくれました」


 俺は一旦息を整えた。


「僕は、まず、友人をなんとしても探したいし、金田のマンションも絶対に阻止したい。どちらも個人的な私怨なんです。どうぞ、皆さん、お力をお貸しください。よろしくお願いいたします!」


 そこで俺は頭を下げた。これは予想外に大変な話、皆そういう顔をしていた。


 綾子がすぐに進行を再開した。メンバーの紹介をし、警察から失踪事件の概要があり、そして奥井さんから地面師事件の概要が語られた。






「まず、坊っちゃんのご友人ですが、最悪国外にいる可能性もあるのではないでしょうか。そうなったら櫻田先生にお願いするしかございません」


 中村社長が言った。櫻田は神妙に頷いた。


「国外にいる場合は諦めるしかありません。ですが、僕は安藤の家とか安藤の周り、もしくは金田の周りにいるんじゃないかと予想しています。その場合、一回近づいて失敗したら、二度とチャンスがなくなるかもしれないと思っています」


 場が静まった。どこから手をつければ良いのかという感じで、メンバーの顔に逡巡が見られた。


「警察は動けないんですか?」


 奥井さんが口を開いた。すると黒田が言った。


「無理です。私個人では動けますが、そもそもの失踪届けが木島マコトには出ていません。ですので、木島の荷物を追うことに根拠がありません」


「ちょっといいですか?」


 警察のもう一人、木村が手を上げた。綾子が木村に合図をした。


「県警本部の木村と申します。私は、三年前に、大和さんへの地面師詐欺を担当しました」


 木村は奥井さんに目で合図し、奥井さんは頷いた。


「その当時、三崎を騙った偽物は、仁川空港から仁川に入り、そこで消息を経ちました。しかし、数ヵ月後、日本に戻って来たのが確認されています。ですので、お二人も、私は国内にいる可能性が高いと感じます。結局、一度日本で暮らした者は、向こうでは暮らせないのです」


 みんなが木村を見た。


「また、北にとって最も都合が良いのは、日本国内にいる、日本国籍を有した北の若者です。彼らは優秀なスパイとなり得ます」


 スパイという言葉の響きに思わずゾッとした。黒田が、


「まあ、憶測です。ただ、安藤が家具を引き取ったことを考えたら、木島と安藤は繋がっている、そして、その不自然な繋がり方は、北に関連するものだという可能性は高いです」


 と補足した。


「すいません。安藤慎一というのは帰化人ですか?」


 今度は櫻田が質問した。


「安藤は帰化しています。朝鮮です。両親が朝鮮国、つまり朝鮮戦争より以前に日本に入ってきたとあります」


 黒田が答えた。俺は黒田に質問した。


「黒田さん、安藤の素行というか、何かわかったことはありますか?」


「はい。安藤は、昼間は東京の貿易会社に勤務しています。この会社は韓国との交易が多いです。金田の仕事、つまり地上げ関係には全く手を貸していません。安藤と金田の接点も、日常生活の中では見当たりません」


「その、荷物は今も安藤の家にあるんですか?それと、安藤の周りにマコトとエミに繋がるような人間はいないんですか」


「荷物は運び込まれたままだと思われます。また、安藤は東京の事務所と自宅、そして青商会という施設に出入りが確認されています」


「青商会?」


「在日の青年商工会という組織です。ホームページもあります」


 黒田は携帯の画面にホームページを映し出した。


「ごく普通の商工会といった感じです」


 様々な企画を通して交流を深めるというのが趣旨らしい。画像もアップされていた。


「これだけを見ると、ごく普通の一般人ですね」


 中村社長の一言に、誰もが頷いた。


「どちらにしても、警察も動けないとなると、こちらから動く他はないでしょう」


 櫻田が声を発した。櫻田に視線が集まった。


「これは時間との戦いです。中村さん、土地についての見解は?」


 櫻田の問いに、中村社長が答えた。


「このままだと裁判に持ち込まれる可能性が高いです。裁判になると、まず間違いなく幼稚園は追い出されることになるでしょう」


 弁護士の斉藤も頷いていた。今度は伊勢に質問が飛んだ。


「銀行からの融資はいくらなんですか?というか、融資の金は返ってくるんですか?外国に逃げられるかも知れませんよ」


 伊勢は立ち上がって答えた。


「百葉銀行の伊勢でございます。融資に関しましては十億円でございます。毎月四百万円の金利があります」


「なんでそんなに融資できるの?個人でしょ?」


 県議の加藤さんが突っかかった。


「返済計画です。大和さんと揉めた土地、パチンコ屋跡地、幼稚園ビル、この三つを合わせた敷地に高層マンションを建てることになれば、十億円程度は確実に回収できます。また今は増税前ですから、駆け込みの需要も十分に考えられます」


 誰もが唸った。


「逆にこの話が溶けた場合には、百葉銀行さんに損失が出ることになりますな」


 中村社長が言った。伊勢は誰にともなく頭を下げた。


「伊勢さん、マンション計画が破綻した場合、損失の補償についてはこの場で約束します。僕が払います。斉藤さん、いいですか?」


 俺は斉藤に確認した。斉藤は、もちろんです、と言った。


「伊勢さん、そっちの弁護士を呼んでください。これが終わったら書類を作りましょう」


 俺の提案を受けて、伊勢は席を立った。場が少し緩んだので、俺はモナカに手を伸ばした。すると、隣に座った櫻田も饅頭を食べた。


「これ、奥井さんからです」


 俺が言うと、みんなが奥井さんに礼を言った。こういう役割はかなり重要だ。それがきっかけで、他の面子も饅頭に手を伸ばし出した。


「幼稚園のほうは、地上げの被害などはないのですか?」


 中村社長が俺に聞いてきた。俺はモナカを食べながら、昨日の話をした。


「では、園児に声をかけた事案と、園児の引き抜き行為ですな。警察さん、これ逮捕できませんか?」


 と中村社長が黒田に聞いた。


「いや厳しいですね。声をかけてないと言われればそれまでですし。引き抜きは、どうなんですか?」


 黒田は斉藤を見た。


「引き抜きの際に、例えば虚偽の流布などがあれば業務妨害に当たりますね。刑法上のものです。そうでなければ幼稚園を辞めるのも別の幼稚園に通うのも、これは全て権利ですので。ただ、独占禁止法の競争者排除に抵触するかもしれません」


「競争者排除?」


「事業者を締め出すような行為です。どっちにしても罰金刑にしかなりません」


 斉藤は考えられる可能性を語ってくれたが、どうやっても金田には手出しができなさそうだった。


 伊勢が戻ってきた。


「神谷様、申し訳ございませんでした。書類作成の必要はありません。全てご指示通りにいたします」


「わかりました」


 うちはおそらく百葉銀行の最大取引先になるだろう。百葉銀行は、うちのグループが撤退したら経営がガラッと変わるはずだ。ただでさえしがない地方銀行の、しかも二番手なのだ。俺には最大の敬意を払わざるを得ないだろう。伊勢は再び席についた。


 場が停滞した。情報の共有は完了した。しかも打開策は何もない。俺は綾子を見たが、綾子は資料に目を落としてしまった。櫻田さんは何かを考えている。加藤さんは地図を見ながら何かを書き込んでいる。奥井さんは腕を組んで目を閉じた。中村社長はボールペンでこめかみを掻いた。黒田は両腕を組んで窓の外を見ている。木村はマコトとエミに関するメモを読み直している。斉藤はパソコンを開いている。そして伊勢は、椅子に座りながら面接を受ける学生のようになっている。


 俺は一縷の望みにかけて櫻田に聞いた。


「先生、条例とかで規制することはできないんですか?」


 俺と櫻田に、半々に視線が流れた。これに答えたのは県議会議員の加藤だった。


「日本で最も早く決まった条例でも、一週間程度はかかりました。そこから周知期間を経て施行という流れになりますが、一ヶ月は見るべきでしょう。すでに買収が始まっている幼稚園ビルは規制の対象外になるかと思います」


「ありがとうございます。バカなことを聞きました」


「とんでもないです」






 しかし、俺の発言から事態は動き出した。それぞれが勝手に意見を発言し始めたのだ。中村社長が「条例ではなく法令はどうか」と言うと、奥井さんは「金田ではなく地主を買収できないか」、黒田は「パチンコ屋跡地に暴走族など反社会的勢力を持ってこれないか」、そして綾子も「幼稚園ビルを県の文化遺産に指定できないか」。様々な意見が出て、そして櫻田が放った一言に、俺は手応えを感じた。


「目には目をじゃないですか。地面師によって奪われた土地なら地面師が奪い返せばいいんじゃないですか?」


「それだ!」


 俺は中村社長を見た。中村社長は驚いた顔をした。


「あの土地を金田から奪い取るというのはどうですか?」


「いや、坊っちゃん、百億円の価値のある土地ですよ。百億円以上積まないと金田は動きませんよ」


 中村社長に諭された。奥井さんが、


「他に良い土地があれば、金田から資金を巻き上げることはできそうですな。ダミーの土地を用意して金田に情報を流して、そして興味を持った金田から金だけ巻き上げるという話です」


「それよりも、金田に詐欺を働かせてそこを取り締まるというのはどうですか?」


 黒田が言った。


「黒田さん、どういうことですか?」


「誰かが金田にダミーの土地を見せる。まあ、土地はダミーでも本物でもいいです。そして詐欺を持ちかけるんです。詐欺を実行したところを現行犯です。これなら確実に逮捕、もしかしたら過去に遡っての返済もあり得るかもしれません」


 俺の心の中で歓声が上がった。皆の顔もパッと明るくなった。しかし中村社長の


「よっぽど慎重にいかないと、それだと下手を打てばそこで終わりですな。坊っちゃんのご友人も帰って来ないかもしれません」


 という発言で、場は再びもとに戻りかけた。


 しかし、俺はこの瞬間、頭の中で全てのピースが当てはまったのた。思わず大きい声を出してしまった。皆が俺を見た。


「待ってください!ダミーの土地はあります。最高の土地が。そして詐欺師もいます。最高のキャストです。それに警察で金田を押さえたら、マコトとエミ先輩の居場所もわかるかもしれない!」


「坊っちゃん、土地の心当たり、おありですか?」


「うちです。うちの実家です。建物込みで」


 おお、と声が上がった。伊勢や綾子は見たことがないので、俺は簡単に説明した。


「うちはすごいですよ。一千坪、目の前が病院と老人ホーム、反対側にイオン、もちろん庭があるんで騒音とかはないです。あと、うちの隣は交番です。駅まで徒歩二分、バス停も持ってきたんで、総武線と武蔵野線まで一本で行けます。あと、家具もつけましょう」


「坊っちゃん、凄まじいですな。土地だけで二~三億、建物に家具もつけると五億、いや十までいくかもわかりません」


奥井さんがそう言った。このときばかりは会議室内がざわついた。奥井さんはさらに続けた。


「しかし、そのあとはどうしますか?」


「はい。まず詐欺師ですが、うってつけの奴がいます。本物の詐欺師なんです。この人は金のためならなんでもやりますよ」


 斉藤の顔がこわばった。斉藤の事務所、つまり中原さんの事務所の職員だった女性の妹だ。(美紗参照)


「俺は二週間前にその人に会ったんです。そこでハニートラップを受けて、俺はその人の体に夢中だという設定にします。その人は、仮に美紗としましょう。美紗はとにかく金がほしい。そして俺の家なら自由に出入りできる。なぜなら俺は美紗に惚れていて美紗に鍵を渡しているということにして。しかも俺は入院しているから家には帰れない。家には美紗が一人だ。美紗が金田に言うのは、俺が入院している今がチャンスだと。この橋を渡れるのはあなたしかいないと。そして詐欺を仕掛ける相手の目処はついていると」


 櫻田が口を開いた。


「そこに、架空の会社が現れるわけですな」


「いえ、架空じゃないほうがいいんじゃないですか?本物の会社のほうが確実に金があるし」


 俺は中村社長を見た。


「うちですか!」


「おじさんのとこはダメです。神谷という名前がついてます。どこかいいとこありませんか」


 中原社長は考え込んだ。奥井さんが、


「確実に十億を払えて、信用のある人物…」


 独り言を言いながら皆を見た。そしてある人物に目を止めた。


「櫻田先生!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る