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 がたんごとん、と列車の走る音がした。

「孤独な戦いに勝利はありません。いつしか私は疲れ果て、その戦いに敗れるときがきました。そのときになると、いつの間にか、彼は私のそばからいなくなっていました。私の元に残っていたのは、まだ小さなあの子一人だけでした。あの子は私の宝物でした。私のすべてと言ってもいい存在でした。私の、……最後の希望でした。だから……、あの『悪魔たち』によって、あの子が私の元から連れ去られてしまったときになって……、ついに私の頭は壊れてしまいました。私は完全に人間ではなくなってしまったのです。私は私ではなくなってしまいました。私は遠いところに連れて行かれてしまいました。私はあの子に二度と会えなくなってしまいました。私はなにもかもを失ってしまいました。……だから私は考えることをやめました。そうして私はある一つの誰にも認知されることのない『透明な現象と呼ばれる存在』になったのです」


 天井の明かりがちかちかと点滅した。

 睡蓮さんはそこで口を閉じてお話をやめた。

 そして少し間をおいてから、「私の昔話はこれで終わりです」と笑いながら睡蓮さんは言った。昔話を終えたあと、睡蓮さんは言葉を話さなくなった。だから小唄も睡蓮さんと同じように言葉を話そうとはしなかった。言葉を話さないで、睡蓮さんの話の内容を頭の中で反芻していた。

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