第16話 心配するリリアンヌと余裕の悪魔

「シェリル様とアンドロマリウス様、戻ってらっしゃいませんね」

 結界を仕込み終えて宿まで戻ってきたリリアンヌは窓から外を覗き、呟いた。窓際のベッドへだらりと横になっていたアンドレアルフスが起きあがる。

「どうせ明日まで帰ってこないさ」

 彼女が振り返ると、アンドレアルフスはにんまりとした。彼は力を抜いてぼすりとベッドへ身を投げる。結わえられていない金糸がふわりと舞った。

「山ん中だぜ?

 しかも相手は立ち往生かなんかしてるミャクスだ。

 そいつを介抱してから戻ってくるに決まってる」

「それはそれで心配です!」

 身を乗り出すようにしてリリアンヌは反抗した。アンドレアルフスはそれを軽く笑ってあしらうと、彼女の腕を引いてベッドに倒れ込ませた。


「うわっ」


 何の反応もできなかったリリアンヌは、勢いよくアンドレアルフスの上に顔を突っ込んだ。彼に手を放されて自由になった両手でがばりと起きあがる。

「アンドレ様!」

 眉をひそめ、口元をへの時にした彼女はアンドレアルフスに年相応の活発さを見せる。

 滅多に見られない怒った姿に、アンドレアルフスの口角は上がりっぱなしだ。

「なんだ、シェリルに惚れたのか?

 あんまりかわいい様子見せると襲っちまうぞ?」

 リリアンヌはさっとアンドレアルフスから距離をとる。そんな彼女の様子にアンドレアルフスは降参とばかりに両手を上げる。

「アンドレ様の仰る通り、シェリル様たちの事をお待ちするのはやめます。

 おやすみなさいませ」

 ふん、と鼻息を鳴らしてリリアンヌは部屋を出ていった。部屋に残されたアンドレアルフスはその格好のままで動かない。だが少し経つと先ほどの様子を思い出したのか、小さく吹き出しくつくつと笑ったのだった。




 結局の所、アンドレアルフスの判断は正しかった。リリアンヌは溜息を吐きながら身支度を整える。そう、シェリルとアンドロマリウスはとうとう朝まで戻らなかったのである。ケルガをしっかりと身体に纏わせ、部屋を出る。

 隣の部屋をノックすればのんびりとした返事が返ってきた。そのまま扉を開ければ、既に身支度を整え終えた派手な男が立っている。

「おはようございます、アンドレ様」

「ああ、おはよ」

 黄金のきらびやかな髪を上部で結わえ、柔らかな波を立てている。シェリルの術が働いているとはいえ、普段と変わらぬ彼の美しさに、リリアンヌは一瞬まぶしそうな顔をしたが、何事もなかったかのように背を向けた。


「おはようございます」

 リリアンヌとアンドレアルフスが食堂に辿り着くと、店主が出迎えた。心なしか昨日よりも顔色が良いようである。一瞬、他人に悩んでいた事を吐き出してすっきりしたのかとリリアンヌの脳裏に浮かんだが、それは違うようであった。

 店主の背後には子供とミャクスの戯れる姿があったからだ。

「ミャクス……?」

 指ささずに店主へと問えば、彼はにこりと笑ってしっかりと頷いた。

「手を尽くしてくださって感謝しています。

 さ、お二人もお待ちですからどうぞ」


 店主の後に続いて食堂内を進むと、昨晩と変わらぬ二人がいた。変わっているのはアンドロマリウスがヒマトを脱いでいるくらいである。

 リリアンヌとアンドレアルフスが同じテーブルに着くとシェリルの微笑みが待っていた。

「遅くなってごめんなさいね。

 明け方には戻ってたんだけど、休んでいるのを邪魔するのも、と思ってこっちにいたの」

 彼女の言葉にリリアンヌは大きく頭を振る。そんな様子を見せれば、シェリルは楽しそうに笑った。

「リリアンヌ、結界張りも大変だっただろう。

 助かった」

 アンドロマリウスがシェリルの代わりに礼を言う。珍しい事もあるなとリリアンヌは瞬きをした。

 四人の前に、食事が出される。サラダ代わりにキノコのマリネ、焼きたてらしくまだ湯気がでているパン、柳茸がふんだんに使われた卵スープと次々に出てくる。

 おいしそうな食事の数々に、食堂に入ってから一言も発していなかったアンドレアルフスの口が開く。

「話はあとあと。食おう」

 アンドレアルフスの一言を合図に、優しい味の朝食を頂くシェリル達一行だった。

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