第8話 いるはずのない虫
ぱちぱちと小さく火のはぜる音が響く。虫の鳴き声と木々や草のざわめき、それだけがこの空間を支配していた。砂漠では風が砂を運ぶ音、積み上げた砂の山を通る時に響く風の叫び声が支配していた。
いや、たまにミャクスと呼ばれる獰猛で知能の高い獣の遠吠えが響いていたか。ミャクスとは、犬と猫を合わせたかのような動物の総称である。
細かく分類すれば、砂漠のような灼熱の地で生きているもの、極寒の地で生きているものなど様々な種類がある。
彼らは賢い。きちんと個体を識別する事ができる。自分より強いか、弱いか、そんな曖昧な事すらほぼ正確に判断できると言われている。
人間と同じように、この世界のあちこちに適応して生き続けている、貴重な動物であった。
そんなミャクスであるが、砂漠と緑地の境目であるこの場所には生息していないのだろうか。今夜はまだ彼らの遠吠えを聞いていない。
「シェリル、どうした?」
普段とは違い、何度も居心地を確かめるかのように動いている。それが目に留まったのだろう。声をかけられた彼女は、のっそりと起きあがった。
「ただ何となく日中の蜂が気になっただけよ」
「まあ、あり得ない生き物がいたらそりゃ気になるよな」
アンドレアルフスは音もなく移動し、シェリルの隣に座り込んだ。さわさわと、彼が起こした風が草を揺らしていく。
「そういえば、ディサレシアをいじくり回してたわね」
シェリルは彼がディサレシアの死骸に向かっていった事を思い出す。不自然な行動ではないが、自然な行動でもなかった。珍しい生き物相手に、死んでいて安全だからと触れてみる所までは、アンドレアルフスであると考えれば普通だ。
だが、それを切り開いて中身を見始めたのだ。これはさすがに普通ではないだろう。
「でも、俺の知ってるディサレシアと中身は同じだった。
別の種類かと思ったんだが、同じ種類なんだろうな」
シェリルは腑に落ちないといった様子のアンドレアルフスを目にした。気になるだけで虫を解剖してしまった事に呆れのまなざしを向けた方が良いのか、それとも深刻な事として一緒に悩んだ方が良いのか、シェリルには分からなかった。
「同じじゃおかしいんだ。
この世界に存在している事があり得ないんだよ」
――彼がそう言うまでは。
「それって、どういう事よ」
シェリルの食いつきに、アンドレアルフスが態度を変えた。彼は夜空を見上げると、淡々と話し始めた。夜空を見上げる瞳は険しい光を帯びていた。
「この世界の環境じゃ、生き続けられるはずがないんだ。
アレは、好みの感情が強い奴を捕食し続けなければ死んでしまうからな」
「……」
「最後まで言わなくても、あんたなら分かるだろうけど。
つまり、この世界にはディサレシア好みの強い感情を持つ者が少ないって事だ。
食い物が少なければ、どんどん死んでいく。
こいつは単純な生き物だ。生存率が下がれば勝手にどっかに移動する。
一匹だけ残る事もないし、一匹になるまでディサレシアの群れが減る事もない。
だから、ありえないんだ」
翌日、また目の前にディサレシアが現れた。今度は近付く前にアンドレアルフスが切り刻んでしまった。
「マリウスゥ、どうなってんだと思う?」
「知るか」
彼の問いに、ただそれだけを口にしてさっさと進んでしまう。
「アンドレ様、今の問いは一体?」
好奇心をくすぐられたらしいリリアンヌがアンドレアルフスへと近付いた。シェリルは程良い距離を保ちながらその会話を聞く。
「あいつも気が付いてるはずなんだ。
だから、ああ聞いたのさ」
「気が付いている、とは……?」
彼女は眉をひそめ、口をいびつに歪めた。嫌な予感でもしたのだろう。そしてそれは大当たりである。
「誰かが故意にここでは生きていけないあの虫をこっちに呼びつけてるか、こっちの世界へ虫が吸い寄せられてしまう穴でも開いてるのか。
まあ、とにかく何らかの原因があるはずだって事さ」
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