第6話 砂漠の終わり

「アホロテの砂は効果あったわね」

 シェリルが背伸びをしながら言う。砂漠での過酷な数日は、初日にアホロテの集団が襲ってきた以外、平穏に過ぎていった。砂に囲まれ続けて五日間、ようやく緑がぽつぽつと見え始める。

「俺が居て良かっただろ?」

「お前がしてなければ俺がやってたさ」

 得意げに笑うアンドレアルフスに、アンドロマリウスが鼻で笑う。だが、その表情は不機嫌そうだ。

「なんだ、勝負もしてないのに負け惜しみか?」

「ふん」

 シェリルとリリアンヌは彼らの小競り合いに顔を見合わせて苦笑する。二人の軽い揉め事は――二人にすれば、揉め事の内には入らないのかもしれないが――日常的になっていた。

 彼ら自身、互いの応酬を楽しんでいる部分があるのを理解している二人は、そのたびに苦笑するしかない。だが、それはリリアンヌにとって、更には四人全員にとって、安心感を得るのに重要な役割を果たしていた。


 初日のアホロテは相当彼女には刺激が強過ぎたようだ。アホロテも恐ろしかったが、それ以上に彼らがさらっと倒してしまったのもある。未知の強さに対する恐れが強かった。

 また、あれ程損壊した生物を見た事もなかった。商館の特性上、流血はたまに見るが、バラバラの肉塊を見る事はない。

 いとも簡単にそれらをやってのけた悪魔に対し、身の危険を感じるなと言う人はいないだろう。リリアンヌの小さな態度の変化は、規格外の三人にある意味恐怖を与えた。

 リリアンヌは一緒に旅をする仲間である。これからの道筋は長い。仲良くやっていく為には、リリアンヌに慣れてもらうしかない。だからこそ、アンドレアルフスは自分自慢をするし、アンドロマリウスはそれを否定する。

 一番効果があるのは、もちろんシェリルからの言葉だ。リリアンヌに一番近い位置にいるのは、規格外ではあるが、人間の彼女だった。


「あなたたち二人がいなかったら、私も一人でアホロテ退治をして、砂を盛って移動したわよ。

 それくらい私にだって可能だわ」

「シェリル、折角話が終わったと思ったのに蒸し返すなんて……っ」

 シェリルの言葉にリリアンヌが小さく抗議する。彼女をちらっと見たシェリルは口の端を小さくあげて見せた。

 シェリルは分かっていて、わざと蒸し返したのだ。彼ら悪魔がリリアンヌにとってより近い存在になるように、シェリルなりに考えての事である。

「それ言われると俺の価値が下がるんだよなー

 あんたの言ってることは間違っちゃいないけど」

「魔力の使えない悪魔なんて、雰囲気さえ封じれば人間と同じようなものじゃない」

 リリアンヌがぎょっとした顔をし、アンドロマリウスが目を逸らす。アンドレアルフスはショックを受けたかのように目を見開いたが、次の瞬間には笑っていた。


「シェリル、あんたさいっこうだ!」


 げらげらと腹を抱えるようにしてヒポカの上で大笑いする様子は異様だったが、誰もそこには触れなかった。彼が乗っているヒポカが煩わしそうに頭を振り、勝手に進んでいく。

「私、いつまで経ってもアンドレが理解できない」

「大昔から知っている俺も、分からん時がある。

 仕方ない」

 シェリルがうんざりした表情で呟けば、近くにいたアンドロマリウスが彼女の肩を軽く叩いてアンドレアルフスを追う。

 方向は間違っていないが、このままアンドレアルフスを放っておくわけにもいかないからだ。

「――……まあ、俺にはお前が理解できない事も多々あるがな」

 アンドロマリウスはアンドレアルフスを追いながら、誰にも聞こえないように一言付け足したのだった。




 草原に入ると、ヒポカを休ませる為に四人は歩みを止めた。ヒポカはそれぞれ赴くままに草をはんでいる。

「あら?」

 最初に気が付いたのはリリアンヌだった。

「シェリル、この蜂……様子が変だわ」

 ふらふらと、誘われているようにこちらへ寄ってくる虫がいる。よく見れば、リリアンヌの言う通り、蜂である。

 しかし、蜂は花に寄るものであって人間へと寄ってくるものではない。明らかにシェリル達の方へと寄ってきている。二人は蜂と一定の距離を取るべく動いた。

 木に背中を預けて休んでいたアンドロマリウスが、二人の様子に気が付いた。すっと立ち上がり、二人と蜂の間に割り込む。

「これは――!

 何故、こんな所に」

 アンドロマリウスは目を見開いた。彼が滅多に出さない驚きの声に、異常を感じ取ったシェリルは咄嗟に結界を張る。アンドロマリウスは警戒したままこの虫の正体を伝える。


「この蜂は、魔界の生物だ。

 魔界でも警戒する者が多い。

 憎しみに反応し、それを追いかける虫だ」

 その言葉を聞いた瞬間、シェリルはリリアンヌをかばうように一歩踏み出した。

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