第9話 悪魔の配慮

 最初、シェリルとアンドロマリウスが想定していた道筋は、砂漠を通り抜けるものだ。砂漠越えは厳しいものの、あまり人と出会う事もない。さらにはここを通り抜けるのが一番の近道であるというのが理由である。

 だが二人が加わる事で、事情は変わる。アンドレアルフスは問題ではない。問題なのはリリアンヌである。

 リリアンヌは見たところ普通の女である。長旅をした経験はないだろう。せいぜいカプリスとユーメネを行き来する程度であると考えられる。

 カプリスとユーメネの間には砂漠が横たわっている。砂漠に慣れているとは言え、数日を砂漠で過ごし、かつ常人よりも速いペース配分で移動できるとは思えなかった。

 これからの道のりを協力しあって行くならば、常人であるリリアンヌに自分が荷物であると認識させる事は避けたい。四人の内半分が悪魔で、一人は人外の能力を持ち、一人が普通の人間という組み合わせだ。

 本来は大多数であるべき普通の人間が、一人だけという事が異常なのだ。リリアンヌに非はない。アンドロマリウスもそう思ったのだろう。

 だからこそ、アンドロマリウスもあえて安全な道を伝えたのだ。

「ふぅん?

 結構のんびり考えているんだな」

 しかし、彼の言葉に対するアンドレアルフスの反応は挑戦的だった。シェリルが眉をひそめたのは仕方がないだろう。


「俺たち、砂漠つっきろうかって話してたんだ。

 なあ、リリアンヌ?」

「ええ」

 アンドレアルフスの声に、リリアンヌは無感情に頷いた。動揺の一欠片もない、見事な従順っぷりである。それとも、本当に自信があるのだろうか。

 シェリルはちらりとアンドロマリウスを見たが、彼はアンドレアルフスをじっと見つめていた。

「こう見えて、リリアンヌは商館の執事役もできる優秀な奴だからな」

 商館の執事役とは、主に一族の男から成る役である。商館の管理全般が仕事である。警邏の仕事もここに含まれており、執事役は一通りの体術やそれなりの技術を持っている。

「殿下の好み、知ってるか?」

「いや」

 いたずらっぽい笑みを浮かべたアンドレアルフスは、アンドロマリウスの方へと身を乗り出す。そして、少しだけ声を潜めるような素振りをしながら言った。

「強い女、だと」

 隣にいるシェリルには丸聞こえであった。一連の無意味な動きにアンドロマリウスが眉を寄せると、彼は肩をすぼめて席へと戻った。

「ある程度戦えて、美人で、娼婦役もこなせる女はリリアンヌしかいなかったのさ。

 まあ、俺が見込んでるんだ。砂漠の通り抜けも可能だろう」

 長身の彼女は、シェリルやアンドロマリウスが思っているよりも活発な女性らしい。


「ヒポカさえ乗りこなせていれば、砂漠なんて何とかなるさ」

「だと良いがな」

 さも簡単であるかのように言うアンドレアルフスに、アンドロマリウスは溜息混じりの同意をした。

「砂漠越えで二人は大丈夫なのね?」

「ああ」

「ええ」

 シェリルが問えば、二人とも軽く頷く。本当に自信があるのか、想像力が乏しいのかは分からないが。

「なあシェリル、頼みがあるんだが」

 心なしか真面目な空気を帯びた言い方に、シェリルは姿勢を正した。

「俺たちの武具の強化頼むわ」

「は?」

 人間に武器の強化を頼む悪魔とは。シェリルは呆れる気持ちを隠さずに視線を交差させる。しかしその視線の先には、ふざけた様子の一片も見えぬ悪魔がいた。

「売り物でも良いとは思ったんだ。

 でも、せっかく力のある奴が身近にいるんだ。

 信用できるし、何より互いの命の為だ」

 アンドレアルフスにそう言われてみれば、その通りだと頷くしかない。シェリルが力持つ人間である事は間違いない。五百年以上も生きていて知識も悪魔ほどではないが豊富だ。

 この世界、この地上で生きている人間の中で、彼女と同等の人間が作った武器など滅多に見つからないだろう。ましてや、術を付与させる符だけだったり宝石だけだったり、といったものは殆ど存在していないだろう。

 考えれば考えるほど、否定する要素がないのだ。シェリルは二つ返事で鞄から術符を取り出したのだった。

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