砂漠の殿下編
第6章 砂漠の殿下 序
第1話 ある暑い日のエブロージャ
照りつける日差しが鬱陶しく感じる季節がやってきた。シェリルは水で満たした桶を持って何往復もさせられている。そうでもしないと、彼女の育てているハーブや様々な植物が枯れてしまうのだ。
ほとんど砂漠と化した大きな大地と隣接したこの街 は、四季と言うよりも雨季と乾季の繰り返しに近い。しかし先人が地下水脈がある事に気が付き、治水技術を積極的に進化させた。治水技術が周りの街よりも進んでいるからこそ、
現在の季節はどちらかと言えば、乾期――それも、四季で言う夏――である。植物も参る訳だ。
「シェリル」
「あ」
振り返ると、シェリルが思っているよりも近くにアンドロマリウスの姿はあった。ほぼ真横にいたのだ。
建物の外と中を往復していたシェリルはヒマトを纏っていた。
ヒマトとは、簡単に言えば大きな布である。見た目以上にしっかりとしたその生地は、太陽の強い日差しを遮る。シェリルは日除けとして、頭から被るように纏い、身体に巻き付けていた。
日差しや太陽の熱からの保護性能は高いが、大きな布をぐるぐるに巻いているだけである。頭に巻けば、当然の事だが視界は狭い。シェリルがすぐ側までアンドロマリウスが近付いていたのに気が付かないのも無理はなかった。
ぱっと動いたせいで、頭を保護していたヒマトがずれる。
突然視界が開けると同時に、日差しに襲われたシェリルは目を細めた。
「続きは俺がやろう」
「ありがとう」
シェリルのずれたヒマトを直してやりながらアンドロマリウスが言えば、彼女は手に持っていた桶を差し出した。
「私、飲み物作ってるね」
「ああ」
一言返事をしながら、アンドロマリウスは水の張った桶を手に菜園へと向かっていった。
シェリルとアンドロマリウスが穏やかで規則正しい生活をするようになって、数百年が過ぎた。時を重ねていくにつれ、シェリルはアンドロマリウスの新しい面をいくつか発見していた。
その内の一つがこれだ。アンドロマリウスはあまり魔力を使いたがらず、己の肉体を使う。翼も、通常の生活では使わない。
ロネヴェとは正反対だった。ロネヴェはよく魔力を使っていたように思う。無駄に飛び回る事だってあった。
使いたくない事情があるのか、はたまた真面目に動きたいからなのか、理由は分からない。だが、進んで身体を動かす様はシェリルに好ましい感情を持たせていた。
屋内へと戻り、ヒマトを取る。身軽になった彼女は近くにあったアンボイと呼ばれる葉を何枚かむしった。
ミントのような爽やかな香りとほんのりと感じる甘さが特徴のそれは、暑い日々の続くこの時期にはぴったりの植物だ。
アンボイを軽く洗い、用意したカップに入れる。そこへ今日収穫したベスカも入れる。イチゴのような形の赤い実が、艶やかな緑へと加わり華やかになる。あらかじめ氷で冷やしておいたレモン水を注ぐ。更に氷をひとかけら入れ、かき混ぜた。
この街は治水技術最先端技術の地だ。そして近くに砂漠がある為に、氷は貴重品ではなく日常的に使う事が可能だった。少し離れた場所の街から氷を買いに来る人間もいる程で、それくらい氷は身近なのだ。
地下水をうまく利用しているこの街は、様々な産業も盛んであり、いつでも賑わいを見せている。不況という不況を実感する事のない、豊かな街だった。
もちろん豊かであるという事は、それだけ狙われやすいという事でもある。アンドロマリウスは先ほど騒ぎを収めてきたばかりだ。その彼を労う意味もあり、シェリルは普段よりも手の凝った飲み物を作っていた。
「終わったぞ」
アンドロマリウスも纏っていたヒマトを取って薄着になる。その様子を尻目に、シェリルはカップを持って移動した。
テーブルへとカップを置いて椅子に腰掛ける。彼女の後に続き、アンドロマリウスも席に着いた。
「お疲れさま。
結局何だったの?」
シェリルの問いにはすぐに答えず、彼はカップの水を口に含んだ。二口ほど飲み、のどを潤したアンドロマリウスは面倒そうに前髪をかきあげた。その眉間には皺が寄っている。
「兵士が騒いでいただけだが、不穏な感じだった」
「兵士? 騎士じゃなくて?」
この街はのんびりとしている為に意識は低いだろうが、この国は階級社会である。王族がいて、貴族がいて、商人や農民がいる。
この街――カプリスというのが正式名称である――は商人が多く、一時は騎士が駐屯する程に王族からも覚えのめでたい街である。
「騎士らしい、まともそうなのは今この街にいない」
「変ね。
ここ五百年近く、そんな事はなかったわ」
シェリルは顔をしかめた。
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