第4話 アンドロマリウスの施す罠対策

「魂が弾かれては俺にもどうしようもない。

 弾かれないように固定しても良いか?」

 シェリルにとって、良い提案に思えた。この際だ、こき使ってやろうという気持ちになった。

 そもそもシェリルは彼を人間の世界に縛り付けて、悪魔としての尊厳を奪ってやろうとしていたのだ。


 下僕のように色々やらせてしまえば良いのだ。


「せっかくだから、お願いするわ」

 シェリルの返事に彼は頷くと、彼女の額に手を添えた。触れる指先がかすかに光を纏う。光を纏った指先が額から移動し、胸元へと触れる。

 少しの間彷徨うように動き、丁度心臓の上あたりで止まる。

「お前の体は、お前の魂しか受け入れられぬようになる。

 そして、肉体が生きている限りお前の魂が抜けぬようにする」

 胸元に術式が浮き上がり、体内へ吸い込まれるように消えていった。胸に術式が刻まれるかと思ったらしいシェリルが、自らの谷間を見て首を傾げる。

 その様子にアンドロマリウスが答えた。

「見えてしまえば、意味がないだろう。

 術式を引きだそうとしない限り、他者に見える事はない」

「ふぅん。ありがとう」

 シェリルの礼に、アンドロマリウスは「構わない」と一言答えて姿を消した。地下牢に戻ったのだろう。


 シェリルは自室へと戻ると、大きく息を吐いて寝台へと転がった。




 暗闇の中、シェリルは目を開いた。いつの間にか、眠ってしまっていたようだった。彼女が窓から外を見れば、暗闇の中にぽつぽつと明かりが見える。

 その中でも、シェリルの塔と同じくらいの高さの建物が目立つ。

 この町唯一の商館だ。

 この町の商館は変わっている。商館の上階は殆ど娼婦と男娼の店なのだった。その特色上、夜の方が賑わいを見せるため、商館の明かりの灯し方は趣向を凝らされている。

 今夜は赤を中心とした色合いに統一されていた。

 上階で行われている商売には全く興味ないが、夜になると始まる外壁の芸術を眺めるのは好きだった。


 しばらくその明かりを眺め、満足した彼女は階下へ向かう。彼女が向かったのは浴場だった。

 騎士団の滞在用として作られたこの建物は、食堂や浴場などといった大勢が一度に使用するよう場所は広めに作られていた。シェリルは使っていないが、武器庫も存在する。

 一人で使うには大きすぎる浴場は、シェリルのお気に入りであった。浴槽に術式が描かれており、基本的には望むままの水温が保てるようになっている。

 浴槽へ水路から引いている水を流せば、数分で入ることができる仕組みだ。


 水を引き入れる戸を開き、浴槽へ流れる音を聞きながら衣服を脱ぐ。脱衣所の棚から、薄い布袋がいくつか並んでいる内の一つを取り出した。

 その袋の中には、乾燥させた薬草を調合したものが入っている。今回彼女が選んだのは、精神の疲れをとる効果のあるものだ。

 その袋を浴槽へ沈めれば、段々と湯船が色づいていく。

 淡いサファイアブルーに染まった湯を見て彼女は満足そうに頷く。軽く体を流して湯船へと体を沈めた。

 丁度良い具合に温められた湯は、彼女の気分を緩ませた。つい半年前くらいまでは、時々ロネヴェと一緒にこの湯に浸かって一日の疲れを癒していた。


 もう会うことはできない彼を、思い出さない時はない。ロネヴェの印を指でなぞる。


 もう、この印が熱を持つ事はない。だが、この印が彼が存在していた事を証明する唯一のものだ。愛しくないわけはなかった。

 ロネヴェの印へと視線を移そうとした時、ないはずのものが目に入った。

 ロネヴェの印は、シェリルの左胸下の腹部にある。だが、それと似たような印が違う場所にも見えたのだ。

 右の下腹部の辺りに印がある。これは、ロネヴェのものではない。信じられないといった風に、シェリルが恐る恐る指先で印に触れる。なぞるように指が動けば、そこは軽く熱を持った。


 ――この印の主は生きている。


 シェリルの口元がひくついた。口が開かれるも、言葉が出ることはなかった。その代わり、ざばっと大きな波を立てて立ち上がってさっさと浴場から出る。

 体の水分を拭くために用意していた布を手にして駆けだした。彼女の目的地はもちろん。


 ――この印の持ち主だと思われる悪魔の所だ。

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