第27話 元引きこもりは引きこもる
私、
しかし、その戦いで、私は肩ごと左腕をなくしてしまった。
そのせいで、いつも歩くときにバランスが崩れて右側に傾いてしまい、歩くだけでも一苦労する。
――なんで自己再生を止めなかったんだろう。
――なんで避けられなかったんだろう。
――悔しい。後悔先に立たず。後の祭り。そんな言葉が思い浮かぶが、どちらが正解かなんて私にはわからない。
言葉は知っているけれど、使い方がわからない。
――わかりやすく例えると、『道を知っているのと、実際に歩くことは全く違うということだ』ということ。
いま私が居るのは、空間喰いを倒して迷宮の最下層を探索していたときに見つけた小部屋。
その小部屋には宝石や魔法石、鉱石、そして古い本が並べてあった。
――これじゃ報酬と迷宮の攻略難易度が釣り合ってないよ。
私は思わず苦笑した。
とりあえずここにある物は全て持っていきたい。ついでにしばらくここに引きこもりたい。
モントだけでもここにあるやつは持っていけそうだよね、空間魔法で。
モント達は小部屋から少し離れたところで、雪姫と胡桃ちゃんが闇夜と紫陽花を振り回しているのを眺めている。
私は小部屋から出て、モントを呼びに行く。
「モント、空間魔法ってどのくらい収納できるの……?」
私は雪姫と胡桃ちゃんを眺めていたモントに質問する。
「恐らくですが、1000㎥までなら収納可能です。何を見つけたんですか?」
そんなに収納できるんだ……。私も空間魔法を習得したい。
――そうだ。
私はあることを思いつく。
――空間をいじることができないならば、そのまま物を動かしてしまえばいい。
と。
『思い立ったが吉日』ということわざがあったはずだ。
「―よし、やろう」
ポカンとしているモントを尻目に、私は小部屋へと戻る。そして引きこもる。
まずは物を、手を使わずに動かせるようになりたい。
私は右手で夕焼けを構え、魔力を練る。
そばにあった書物を移動させるイメージで魔力を軽くぶつける。
しかし、書物は動かない。
私は何も考えないようにしてもう一度試す。
やはり書物は動かない。
それでも私は何度も繰り返した。
――動け!
――動け!
――――――――
そして一時間が経過した。
しかし本は未だに動かない。嫌がらせかな? と思ってしまうほどに本は反応を見せない。
それでも私はこれを続けた。モントに頼めばすぐに終わる。しかしそれでは本末転倒だ。
モントに頼んでしまえばすぐに終わるのだが、私は、なんとなくやってやろうと思った。
モントや雪姫、胡桃ちゃんを驚かせたかったのだろう。
何度か雪姫たちが私の様子を見に来たが、私の姿を確認すると、すぐに帰ってしまった。
何かあったのかな。私のことを確認してすぐに行っちゃったし何もないよね?
――そして二時間が経過した。
未だに本は動く気配を見せない。それどころか無い左腕がズキズキと痛む。
――いい加減しつこい。
私はいろいろな方法を試してみた。だがしかし、本は動く気配を見せない。
それどころか、やはり本そのものが動くことを拒否しているかのようにすら思えてしまう。
私は思わず溜め息を吐く。自分でも気づかないうちに疲れていたようだ。
私は雪姫がいつの間にか置いておいてくれた食事を食べる。
そして考える。
――モントにあって私には無いものは何なのだろうか。
考えてみたが、全く思いつかない。
どうすれば……。
私は気分転換に、先程から動かそうとしていた本を手に取った。そして、パラパラと開いていき、雑に中を見る。
――パラ、パラ……。
――パラ――。
不意にわたしのページをめくる手が止まる。
……私が手を止めた場所は、重力魔法についての説明が書き記されている場所だった……。
「――おい」
思わず本に怒りをぶつけて地面に投げつけようとしてしまった。ギリギリのところで私は踏みとどまった。
本は人類の財産だからね、丁寧に扱わなきゃ。
私は本を読み進めていく。わたしの居る部屋には、ページをめくる音だけが響いている。
自慢じゃないが私は、文字を読むのは誰よりも早かった。ライトノベルなんて、30分もあれば一冊読めてしまうほどにはね。
ユニークスキル、【並列演算】を使いながら私は瞬時に理解しつつその本を読み進めた。
この本は結構分厚く(大体3000ページほど)、字も汚いので、結構時間がかかりそうだ。もっと綺麗な字で書けなかったのかなぁ……私が言えた義理じゃないけれども。
――わたしは強制転移でこの世界に来て、初日でこの世界の文字を覚えた。
何故、そんなに早いのか、それは、転移する直前に獲得したユニークスキル【智慧者】があったからだと思う。それ以外に考えられないしね。
智慧者のおかげで、10分(10日分くらい?)で言語を理解した。
モントやクリフ、アランの話している言葉は日本語に聞こえるが、これは人類語と言うらしい。
――恐らくだが、この世界では、自身の耳が勝手に理解できる言葉に変換して、耳に音を届けてくれるんだろうと私は考えたんだ。
「いやー、便利だなぁ……」
思わずそう声に出して呟いてしまうほどには快適だと私は思っている。
――いや、左腕無いんだからプラマイ0か。命も落としかけたし、どっちかと言うとマイナスかも。
読み進めていくうちに、なんとなくだけど理解ができた。
私は今まで、動かそうとしている物の、下から押し上げるように魔力を動かしていた。しかしそれでは駄目だった。次にその物の中心から持ち上げようとした。これも駄目だった。
しかも、私は、そこで考えることを止めてしまった。
――なんと、その本に書かれていたことは、まず前提から間違っていた。
持ち上げる、浮かせるではなく、引っ張り上げることが正解だった。
――いやー、それはわかんないよ……。
思わず溜め息を吐く。
そして、引っ張り上げるように魔力を送ったあと、それを維持するイメージで動かすと成功するらしい。
わたしの場合、持ち上げたあと、そのまま動かそうと思っていたので、引っ張り上げる、という正解にたどり着いても、そこで終わっていただろう。
いやー、気分転換に本を読んでよかった。もし読んでなかったら、絶対あのまま永遠に浮かせたり持ち上げたりしようとしてたよね……。
さて、ここからが問題だ。
――果たして私は重力魔法が使えるのか否か。
私は本に書き記されているように、魔力を練り上げる。
右手で夕焼けを持って構え、魔力を本に優しく当てる。そしてゆっくりと引っ張り上げる。
「――浮いた!!」
思わず声に出して喜んでしまい、集中が途切れてしまう。
――でも、上手くいった。
この調子で続ければ、重力魔法を習得できそうだ。
私は嬉しくなって思わず狭い小部屋で飛び跳ねる。
だって嬉しいんだもん、まだ完全には習得できてないんだけどね。
私は雪姫の運んでくれた晩御飯(野菜炒め)を食べ、小部屋で眠りについた。
「明日こそ――」
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