第41話 さくら祭り

「あら。さくら祭り? いいわね。行ってらっしゃいよ」


 さくら祭りを翌週に控えた日曜日。僕は喫茶白猫の入り口近くに控えていた雨宮さんに話しかけた。


 雨宮さんは喫茶白猫に新しく入ったアルバイトの四十代ぐらいの女性だ。主婦で、子供も二人いるらしい。とてもそうは見えないほど若く見え、僕と同じ制服もよく似合っていた。


「でも、いいわね。男女数人の高校生がお花見なんて。うちの娘も行くって言っていたけれど女友達ばっかりよ。なーんか異性に興味ないみたいなのよね」


「雨宮さんの娘さんならきっと美人でしょうね」


「やだ。真尋ちゃんってば! こんなおばちゃん口説いてどうするの!」


「いた!」


 僕はバシッと肩を平手で叩かれた。


 雨宮さんには初日に僕は男で女装は趣味だと言ってある。聞いたときはポカンとしていてギクシャクもしていたが、一緒に働いているうちにすぐに打ち解けた。


「お店の方はマスターと私で何とかなるわよ。バイトもいいけど、若いうちは遊びなさい」


「そうだね。行っておいでよ」


 カウンターの中にいるマスターもそう言ってくれる。


「それじゃ、よろしくお願いします」




 四月初め。僕らは駅に集合して、そこからバスに乗る。バス停は同じようにさくら祭りに行く人が多いらしく、かなり行列ができていた。


「うわ、乗れるかな」


「臨時も出ているみたいだから乗れるだろ」


 江藤くんがスマホで調べながら言う。弁当やレジャーシートも持って来てくれていて、彼は大荷物だ。


「江藤くん、荷物半分持とうか?」


「いいよ。そんなに重くないし、それに真尋に持たせたら、なんかあれだろ?」


「あれって?」


 僕は首を捻る。ただ荷物を半分持つぐらいで何を遠慮しているのだろうか。


「真尋ちゃん、鈍いよ。江藤くんは真尋ちゃんを女の子扱いしているんだよ!」


「えっ!」


 カナデの言うことに僕はカナデと江藤くんの顔を交互に見た。江藤くんは頬をかきながら言う。


「いや、女の子扱いっていうか、見た目が女だから」


「そ、そうだねっ! でも遠慮しなくていいよ!」


 僕は江藤くんの持っていたトートバッグを奪い取った。


 って、重! 江藤くん、弁当気合入れて作りすぎだって!


「ほら、貸せよ。俺が持つから」


 朝丘が地面につきそうになっているバッグを僕の手から取っていった。


「じゃあ、そっち持つ」


「いや、こっちは本当いいから」


 江藤くんに拒否された僕の荷物は春らしい小さなポシェット一つだ。……帰ったら筋トレしよう。




 バスに揺られること十五分。


「わぁ!」

 春ノ丘公園前のバス停に降りると、カナデは歓声を上げた。低い塀の向こう側にはすぐそこに薄ピンク色の桜が咲いている。


「すごい、すごい!」


「ちょうど、満開ね。こっちよ、カナデ」


 真咲がカナデを公園の入り口まで案内した。


「しかし……、これ、弁当食べる場所あるかな」


 公園の中は桜がたくさん植えられていてとても綺麗だけど、それ目当ての人も多い。桜の木の根元には人が座っているレジャーシートで埋め尽くされていた。


「ないなー」


「やっぱり朝一で来ないと行けなかったか」


 僕ら五人はスペースを探して歩く。


「「「かんぱーい!」」」


 すでに楽しそうに宴会を始めている人々が羨ましい。それを見て、真咲に聞く。


「そういえば、飲み物って持ってきた?」


「え、あ! 持って来てない!」


「僕、出店で買ってくるよ。その間に場所探していて。みんな飲み物、何がいい?」


「私、コーラ」「俺は炭酸系なら何でも」「俺は何でもいい」「私も何でもいいよ」


「分かった。適当に買ってくる。場所決まったら連絡して」


 僕は一人、出店が出ている公園の通りに向かった。桜の植えてある公園内も人が多かったけれど、ここも人が多い。イカ焼きやトウモロコシに目を奪われながら、僕は飲み物を売っている出店を見つけて並んだ。適当に五本炭酸系のジュースを買って、袋に入れてもらう。


「お嬢ちゃん可愛いから、おまけ」


「あ、ありがとうございます」


 ついでにオレンジジュースももらった。なんだか騙しているようで悪いが、説明するのもめんどくさい。


 出店から離れて、みんなは場所取りできたかなとスマホを取り出した時だった。


「やめてください」


「なんだよ。ノリ悪いぞ、ねーちゃん」


 視線を向けるとそこでは一人の女の子の腕をおっさんが引いていた。


「離してよ」


「さぁ、飲むぞ。飲むぞ」


 まだ昼間だっていうのに、酔っぱらったおっさんは無理やり女の子の腕を引いていく。女の子は涙目だ。誰かいないのかと思うけれど、周りの人たちは見て見ぬふりだ。でも、僕だってこんな姿をしているけれど男だ。


「おじさん」


「ああ?」


 僕はおっさんの女の子を捕まえている手首を掴む。


「離してあげてよ。嫌がっているよ」


 そう毅然として言ったけれど、僕の姿をみておっさんはニヤッと笑った。


「なんだ、なんだ。ねーちゃんも俺と一緒に飲みたいのか。いいぞ、一緒に」


「そんなこと言ってないよね」


 僕はおっさんの手首を握っていた手に力を込めた。普通の男から比べたら弱いかもしれないけれど、女の子にしては力が強いはずだ。


「いっ、この馬鹿力女め。分かった。離せばいいんだろ、離せば。けっ、酔いがさめちまった」


 はぁ。よかった。僕の力でも、何とかなった。僕は胸をなでおろす。


「あの、ありがとうございました。私、友達とはぐれちゃって」


 僕が助けた女の子がお礼を言って来た。これは酔っ払いに絡まれるなと思った。髪を下の方でお団子にしていて、脚の長い可愛い子だった。ヒールを履いていなくても僕よりも背が高い。ウルウルした大きな目が僕を見つめている。


「いや、大したことないよ。友達と連絡とれる?」


「いた。りおーん!」


 広場の方から女の子が数人やってきた。


「あ! 友達です!」


「よかったね。それじゃ」


「あ……」


 僕はその子と別れて、みんなの元に向かう。




「へー、その子、よかったね。真尋ちゃんが来てくれて」


 みんなは無事に桜の木の下に場所を確保していた。僕はみんなにジュースを配りながら、さっきあったことを話す。


「というか、昼間でも絡んでくる酔っ払いとかいるんだな。良かったな、真尋。絡まれるほうじゃなくて」


 朝丘が軽口を叩くので僕は少しムッとした。


「そりゃ、そうだけどさ」


 確かに絡まれる方だったら自分で解決できたか分からない。


「大丈夫だよ」


「え」


 カナデが紙皿を渡しながら言う。僕なら酔っ払いの一人や二人男らしく撃退できるというのだろうか。でも違った。


「江藤くんをすぐ呼べばいいんだよ」


「……、うん。そうだね」


 そりゃ、そうすればイケメンに面食らった酔っ払いはすぐに退散していくだろうけどさ。


「まぁ、とにかく、みんな揃ったことだし。かんぱーい!」


「「「「かんぱーい」」」」


 真咲の号令でジュースをぶつけ合う。


「いただきまーす」


「うまっ。江藤くん、天才!」


 朝丘と真咲は真っ先に箸を動かす。


「あ。真尋ちゃん、髪に花びらくっ付いているよ」


 隣に座るカナデが僕の頭から一つ花びらを取って見せる。髪というかカツラの上から触られて、なんだかくすぐったい。


「カナデだって。というか、きりないね」


「うん。桜、綺麗だね」


 季節は春。桜が舞い散る下にいるカナデはいつもより綺麗に見えた。

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