第16話 ふーん

「あ、あなた」


「ええええーと、これは」


 僕はとりあえずカツラを被り直す。


「お、おしゃれ?」


 苦しい、これは苦しい。青や赤のウィッグならまだしも、普通のロングのカツラだ。それだったら自分の髪伸ばせばいいじゃんって思う。


「とっ、とにかくここを出ましょう」


 僕の手を引いて彼女は女子トイレを出ていく。早く僕をそこから出そうってことは、やっぱり男だと思っているってことだ。


 女子トイレを出たところで、彼女は僕を見つめ直す。


「どう見ても、女の子に見えるけど……」


 うっ。それはそれで傷つく。


「もしかして」


「あ! いた! 真尋ちゃーん」


 もしかしての続きは聞けなかった。廊下の奥を見ると劇の衣装を着たカナデが立っていて、手を振りながら近づいてくる。真咲も一緒だ。たぶんあまりに遅いので迎えに来たのだろう。


「あれ、美早ちゃんもいる。真尋ちゃん、トイレに行ったっていうから来たんだけど」


 カナデは僕とその美早ちゃんの顔を交互に見た。


「ああああ、うん! この人に案内してもらったんだ!」


 女子トイレから出てきたこともだし、女装がバレたこともあるしで僕は動揺が隠せない。


「あっ! 真咲ちゃん、紹介するね。美早ちゃんは……」


「西川美早。鈴城さんとはクラスが同じだけだから」


 カナデの言うことをさえぎって、突き放したような言い方だった。


「う、うん。そう。美早ちゃんとはクラスが一緒で、女子は二人だけなんだ」


「「二人だけ⁉」」


「あはは、さすが双子息が合うね」


 いや、双子じゃなくてもここは驚くだろう。


「本当に女子少ないんだ……」


 トイレが偶数階にしかない訳だ。


「それでね。二人は私の友達の」


「あ。いいわ。どうせ、ここまで案内しただけだし。それじゃ」


 西川は黒いワンピースの裾を翻して去っていった。


「えー、せっかくなら一緒に回ればいいのに」


 どうやらクラスで二人だけの女子だというのに、関係は良好とはいえないらしい。


「ねえ、そろそろ行かない?」


 いつまでもトイレの前にいるものだから真咲が促した。彼女に男とバレたかもしれないことを言えるのは真咲しかいないから、早く相談したかった。





 しかし、真咲に相談するタイミングは中々やってこなかった。


「江藤くん、朝丘。お待たせ」


 一年三組の教室で待っていた二人。


「長かったな。大きい方だったか」


「いや、違うから」


 ニヤニヤと朝丘はデリカシーがない。大丈夫か、この会話。カナデ引いてないか? 僕は話題を変えるために江藤くんに話しかける。


「そういえば江藤くん。舞台に出てなかったね」


「俺は裏方。クイズの音声をしていた」


「ピンポンってあれ?」


「うん。そう」


 劇って言うからイケメンの江藤くんは舞台にあがるのかと思ったけど、あのメンツじゃ江藤くん一人で顔面平均値上げちゃうからな(酷い)。


「ま、それより早く腹に物入れようぜ」


 朝丘の一声で僕らは屋台のブースに向かった。


 そして念願の串焼きにありつく。屋台といえばがっつり肉を食わないと。男三人は全員買う。カナデや真咲は焼きとうもろこしを買っていた。カナデが食べる姿は小動物っぽくて可愛い。たこ焼きも買って、ヨーヨー釣りをして、人間モグラたたきをする。


「クレープ食べたいな!」


 カナデの一声でクレープの屋台に向かう。女子受けを狙ったのが功をそうしたのか、そこには女子たちの列が出来ていた。僕たちもその後ろに並ぶ。


「何がいいかな~」


「チョコバナナ一択みたいだぞ」


 背の高い江藤くんが前を覗き見て言う。


「えー、イチゴのが食べたかったのに」


「俺に文句言うなよ」


 なんか……。


「ねぇねぇ。あの二人、カップルかな?」


「美男美女でお似合いだね」


 横を通りがかったお姉さんたちがそうささやいた。確かにカナデと江藤くんが並んでいるとカップルに見えた。それに比べて自分はこんな格好で情けなくなる。カナデと江藤くんは友達だし、カナデは僕に江藤くんを紹介してきたけれど、そのうち二人は本物の恋人になってしまうんじゃないかと思うぐらい仲がいい。


「ねぇ」


 僕が例え女装していなくたって、ちんちくりんの男子だし。


「ねぇってば!」


「へ?」


「前、進んでいるわよ」


 そこにいたのはセーラー服に着替えた、


「あ、確か、西川美早、さん?」


「そうよ。早く前に進んでよ」


 見ると、真咲やカナデたちからは少し距離が出来ている。


「ごめん」


 僕は西川さんと前に進んだ。それにいち早く気づいたのがカナデだ。


「あれ! 美早ちゃん、後ろに並んでいたんだ! クレープ食べるんだね」


「そうよ、悪い?」


 そのまま前に進んだら、自然と西川さんも僕らのグループに合流する。


「もう劇の衣装から着替えちゃったんだ。可愛かったのにもったいない」


「あなたこそ、いつまでそんな格好しているの。劇も終わっているのにいつまでも恥ずかしいわ」


 あまりにかみ合わない会話に場の空気が冷えた。そういえば西川さん、劇の練習をさぼったカナデに怒ってたっけ。その原因は真咲の漫画を手伝っていたせいで……。


「なぁ、カナデ。西川さんって、優しいよな。トイレの前で困っていたら、案内してくれたんだ」


 僕は誰も混じろうとしない二人の会話に参戦する。


「そうなんだぁ。美早ちゃん優しいー。いつも困っている人を助けてあげているもんね。だから美早ちゃんって、クラス委員長なんだよ」


 カナデが褒めると西川さんは頬を染めた。


「べっ、別にいつも助けているわけないわ。それに委員長だって先生が勝手に決めただけだし」


 クラス委員長だから舞台の出し物でグダグダになったことを根に持っていたのか。たぶん責任感の強い子なんだろう。


 そうこうしているうちにクレープの列がなくなって、僕らの順番がやってくる。


「本当に真尋ちゃん。いらないの?」


 カナデが不格好なクレープを手にして言う。


「うん。もう、お腹いっぱいだし」


 本当は腹八分ぐらいだったけど、甘い生クリームたっぷりのクレープは僕の好みじゃない。


「じゃあ、はい。一口どうぞ。一口だったら入るでしょ?」


 ニコニコと笑みを浮かべてカナデがクレープを両手で差し出してくる。そのまま一口かじれということだ。何となく視線が集まってきている気がして頬が熱くなる。


「どうしたの? 真尋ちゃん?」


 いや、見た目は女の子同士だと言い聞かせて、僕は一口かじりついた。生クリームはやっぱり甘過ぎるし、皮はぼそぼそしている気がする。だけど、今日食べた物の中で一番おいしい気がした。


「……ふーん」


 西川さんと目が合って、ぎくりとする。そう言えば、西川さんには僕が男だとばれているかもしれないんだった。いや、今の反応からして確実にバレている。


「さーて、それじゃ次はお化け屋敷行こうぜ」


 朝丘の提案でお化け屋敷に行く。西川さんはクレープを片手に僕らに背を向けた。


「じゃ、私は見回りしないといけないから」


「クラス委員長だからって、そんな真面目にしなくてもいいのに」


 カナデがそうつぶやく。その後、僕らは文化祭が終わるまで遊び尽くした。

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