異世界御伽ファンタジー
黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)
夢の世界
物語は楽しい。
そこでは何にも囚われない。
そして、自分の知らない、叶わない未知の世界に連れていってくれるからだ。
竜が実在して大空を翔び、魔法使いは実在し、妖精はあちこちにかくれんぼ、ウサギがチョッキを着て走り、桃から生まれた男が鬼を倒す。未知の食物は人を巨人や小人に変え、槌が願いを叶える奇跡を起こす。
こんな世界が在ったら良いのに。そうすれば、そうすれば僕は。自分の身体を魔法で治し、自分の手で足で目で鼻で耳で口で、世界を駆け回れるのに………………。
手足から伸びたチューブ、代わり映えしない白ばかりの光景、消毒液の匂い、自分の命を繋ぐ機械から聞こえる機械の心音、食べ物を口で食べたのは何時だったろう?
僕、乙木紬は現実で囚われていた。
何の病かなんて忘れた。憶えていて良い事など無いし、知って良いことも無い。
紡がれた想像の世界やお伽噺だけが檻から出る唯一の方法だった。
だから本と眠りが、その時見る走る夢が世界で唯一の楽しみだった。
今日も夜は暗くなり、瞼が自然と閉じ行く。
さぁ、楽しい事が起こってくれ。
今日の夢は最高傑作だ!!
夢研究を思い立ち早十年、研鑽と研究を重ねたが、これに匹敵するのはルパ○三世を見た後に見たル○ンと世界を盗む夢くらいだ。
否!現段階のクオリティーはこちらが上か!!
無限に広がる青空、身体に染み渡る風、図鑑でも見たこと無い鳥の発する鳴き声、地面の草から香る見舞いの花なんか比肩対象にならない命の香り、ジャンプしたら身体がフワリと浮き、着地すると足が痺れる衝撃が走る!
さぁ、朝が来るまで、この夢が醒める迄の束の間を思い切り遊ぼう!!
走り、走り、走り、走る。
無軌道に、滅茶苦茶に走るから転ぶ。そして転ぶと痛い。しかし、病気で鍛えられた痛覚の前では苦痛とは呼ばない。寧ろ嬉しい。走って転んで痛い。これが出来るのは夢でも嬉しい!!
走って転んでを繰り返すうちに草原が終わり、人が造った道に出た。
アスファルトではない。土の地面、道の両端に溝がある。馬車が通った道だ!!
今回はファンタジー系か昔系か!!上等!!さぁ、行こう!行く先は動物の世界か昔の世界か、はたまた新機軸の系列の夢か!?
立ち尽くす僕の目の前に広がっていたのは、村だった。
予想通り、ファンタジー系で昔系だった。
藁葺き屋根に白い漆喰か土の壁。井戸があって街灯は無い。人は洋装。
それだけなら洋風の昔系というだけなのだが、其処ら中で幾つもの黒い靄がそこらを駆けまわり、空を舞い、洋装の人々が逃げ惑う所為でファンタジー系の悪夢になった。
四足で駆け回る狼のような形の靄、空を飛ぶ鳥のような靄、軽業師宜しく其処らをアクロバティックに跳ねる靄。三体の靄が暴れまわって村を襲撃していた。
暴れる黒い靄がぶつかった家や井戸が砕ける。どうやら実体はあるらしい。
抵抗する人々は農具を手に靄に殴り掛かる。しかし、靄は農具をすり抜け人々を吹き飛ばす。なんだ?さっきは実体が有ったのに…。
暴れ回る黒い靄。逃げ惑う人々。物の砕ける音と人々の悲鳴が混ざり合い、不協和音が頭をぐちゃぐちゃに壊す。
「なんだよ………夢まで、こんな地獄なのかよ!!」
叫ばずにはいられない。久々の自由有る夢だと思ったのに。
最近は夢にまでチューブが追いかけて来て、機械の心音が耳に響く。久々の、唯一の逃げ場まで病魔は蝕むのか?
「クソ!!あー!!もういい。起きよう。これは夢だ!!悪い夢!!理解したら夢は醒める。夢研究の成果だ!!」
夢の地獄から現の地獄へ。楽しか無いが向こうの方が馴れてるだけマシだ。
「………………。あれ?」
悲鳴と破壊音の合奏は止まない。砕けた壁の欠片が土埃になった所為なのか空気の臭いが気持ち悪くなってきた。
「なんだよ、何でだよ!?」
立ち尽くし叫ぶ。
そんな中、目の前を逃げていた子どもが転んだ。
気付いた狼の靄が子どもに突撃する。
「危な…」
夢の産物の子どもを突飛ばし、靄に突っ込む。ぶつかった瞬間、頭が揺れて意識が世界から離れて行く。体が軽くなり、ビー玉みたいに転がっていく。
まぁまぁ痛いな。そしてこれもリアルだ。
最後に思ったのはそんなことだった。
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