【第二.五週】トムソンの末路

 トムソンは船団を撃破された。

 しかも離脱については戦艦アンダストラの艦長が指揮をとることで成功した。


 完全に面目を失ったが、銀河商事という、かつて伝説の男アサミが起こした企業の伝統によってトムソンはとにかく報告だけはしようと惑星ドゥンケルに向かった。


 戦艦アンダストラは傷つき物資補給もする必要があったため、銀河商事の影響力の強い惑星の宇宙港に停泊させ傭兵艦隊ヤドヴィガの陸上要員に警備を任せた。

  

 開拓宙域はまともな民間船の航路はないため、開拓船や物資の輸送船がついでに乗客を乗せるケースが多い。傭兵艦隊ヤドヴィガのクルーの若干冷たい目に耐えられなくなった彼は1人で移動することにして、ぼろぼろになったスーツの上からすっぽりと開拓民風の植物繊維のマントを着込んだ。


 そうして惑星ドゥンケルの方面に向かう貨物船シードラゴンに乗り込んだのだった。貨物船シードラゴンはみるからに古く、つぎはげだらけの船体だった。


 昇降タラップを他の開拓民や乗客と一緒にトムソンはふらふらと登った。

 貨物船の船長と乗組員が外国の貨幣か、物を受け取って乗客を乗せる。

 乗客を乗せるのは殆どボランティアのようなものだから格安だ。


 鼻の穴にタバコを詰めた典型的な開拓民あがりの船長は気さくに意気消沈した様子のトムソンにも話しかけ、酒のボトルをぐぃっと押し付けてきた。


 貨物船シードラゴンは古く、まともなシートもないため、機関室付近の空き部屋に乗客たちは集まって思い思いにマントを敷いたり、寝袋を出したりして転がっていた。


 おそらく元は弾薬か何かの保管室だったらしく、部屋の隅のほうには古びた機関銃弾の空き箱が置いてある。

 トムソンはマントにくるまり酒を呷った。

 

 安い酒だ。

 どこかの開拓惑星で密造された酒なのだろう。品質管理もされていない。

 しばらく何も食べていなかったトムソンは急にアルコールをいれたせいか、思わず床に嘔吐した。


「おじさん大丈夫? 病気なの?」

 開拓民の少女がトムソンに雑巾のような布を差し出した。

 トムソンは虚ろな目でそれを受け取り自分の吐しゃ物を拭いた。


 その少女はぼさぼさの髪をした見るからに貧困層の開拓民だった。

 

「大丈夫だよ、礼を言うよ」

 トムソンは普段なら無視をするところ、思わずお礼の言葉が出たことに自分自身でも驚いていた。

 少女は何も言わずに壁際の老婆の傍にいって座った。

 その老婆と少女の2人で乗り込んだらしい。


 トムソンはそれよりも自分自身の運命に思いを巡らせていた。

 海賊惑星ランバリヨンに続いて、惑星エールで撃退され多数の船艇を失った。

 しかもエールでの戦闘は独断専行だ。会社に何の報告もしていない。


 当然、ロンバルディアは怒り心頭だろう。

 叱責くらいで済むとは思えなかった。

 左遷……にしても実質的に辺境の辺境であるこの開拓宙域がすでに左遷されているようなものだ。

 

 しかし銀河商事は拠点を開拓宙域に移し戦艦まで密造しているような企業だ。ただの左遷ではなく消されたという噂のある社員も1人や2人ではない。

 傭兵艦隊ヤドヴィガも内戦などに関わるなどかなり黒い噂があった。

 

――殺されるかもしれない


 その思いは胃からこみ上げるような恐怖となってトムソンを震え上がらせた。

 数日経ってもその思いは変わらず、しかし会社にしがみつくしかない彼はどうしようもなかった。


 ある日、トムソンは貨物船シードラゴンの乗客サービスであるスープとパンを受け取り、その合成肉だらけのスープにパンを浸して食べていた時だった。

 貨物船シードラゴンが重力制御の枠を超えて激しくきしみ、揺れた。

 一瞬制御自体がなくなり壁にたたきつけられそうになったほどだ。


 灯りが消え非常灯がつく。

 非常ベルのようなものが鳴り響いて鼓膜を叩いた。


 ばたばたと乗組員が走り回っていた。

 乗客たちはその様子に怯えていた。


 船長が駆け込んでくる。

「皆さん! 賊です! 賊徒が出ました!」

 

 トムソンは口をゆがめた。

「海賊なら問題ないだろう。付近のヤドヴィガとか呼べば……」

 

 船長は頭を振った。

「あんた開拓宙域は初めてか? 海賊なら問題ない。最悪物資を渡せばいいんだ……うちは銀河商事の物資なんざ積んでないしな。協力会社でもない」船長は続けた。「今出たのは海賊の不文律も守らない賊徒だ。ヤドヴィガ? 金にならないこんな船助けにくるとでも?」


「何が起きてるの?」 

 トムソンに雑巾をくれた少女が怯えた目で船長を見た。


「大丈夫だよ。おじさんたちはいま回避行動をしている……うまくすればどこかの海賊が助けにきてくれるさ」

 船長が安心させるように、にっこりと笑う。

 そして彼はあたふたと船橋に戻っていった。


 それから数刻はきしむような揺動が続いた。

 あの少女は老婆にすがっていた。


 そして突然静かになった。

 次の瞬間、今までにない激しい振動、揺れ、衝撃が一度に起こりトムソンはふっとんだ。猛烈な煙があがり非常ベルがけたたましく鳴る。


 気が付いたらトムソンはあの老婆と少女をかばうような姿勢で寝転がっていた。背中が痛い。激しく壁に激突したらしい。

「ありがたや……」

 老婆が拝むように言う。


「いや……」

 ばたばたと走る音、銃撃音が聞こえた。

 火薬の爆ぜる音。 

 こういう船内でなら使える簡易で安い火薬式の銃だろう。


 もうだめだ。

 そう思った時、小柄な人物が飛び込んできた。

 意外にも清潔感のある見た目の女性だが、帝国軍の軍服のようなものを着ている。


「もう安心だ! 貨物船シードラゴンは、アタいらレゼダ海賊団が保護・・したよ!」

 彼女が大声をあげる。

 そうだ、見覚えがある。海賊姉妹のアイラだ。


(保護?)

 煙がもうもうと上がる中、船長がやってくる。彼は旧式の拳銃を手にしていた。


「いやぁ姐さん助かりましたよ! 賊徒は黒旗の連中と同じで容赦ない……開拓民の皆さんが危ないところでした」

「まぁ手間賃はもらうよ」

「いつも通りでいいですな? じゃ物資の一部を……」


 アイラはにっと笑うと開拓民たちにガッツポーズを見せ、去って行った。

 トムソンはそれを茫然と見送った。


 開拓宙域のことを何ひとつ知らなかったのではないか。

 トムソンは物価が安い開拓宙域を見下し、共和国などと同水準の給与を受け取り、高額の保険金で利益を出し、開拓民を搾取する商売ばかり考えてきた。


 船長が彼に言ったことが頭から離れない。「開拓宙域は初めてか?」と言ったのだった。


 貨物船シードラゴンは襲撃は受けたもののレゼダ海賊団が救援に来ることで難を逃れた。そのままシードラゴンは惑星ペールという開拓宙域の中でもさらに辺境の地に降り立った。

 老婆と少女はトムソンに感謝していた。

 しかし彼はどこか虚ろな表情でそれを聞き流し、そしてふらりと宇宙港から立ち去った。その後彼が銀河商事に戻ることはなかったのだった。





 

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