第9話【議事録】本日の議事録をご確認ください

 惑星ゼウスは共和国の主都市で、ほぼ中心部にある。

 辺境領域からは10日程度の距離だ。


 宇宙艦隊の主力はゼウスの隣となるガス状惑星の軌道上に置かれた軍港に停泊し、そこから短艇に乗り換えてゼウスに向かう。涼井の第9艦隊の士官の大部分と下士官兵は休暇を与えられ、軍港の保養所で羽を伸ばすもの、そこから民間船でリゾートに出かけるものなど様々だった。


 涼井は正直、巨大なガス状惑星を目前に見るのも人生で初であるし、その惑星の衛星軌道を取り巻く巨大な人口物という存在に圧倒されていた。赤く渦巻くそのガス状惑星は気流の形を刻々と変え、地球よりも巨大な渦が軍港の窓から存在感を誇示しているかのようだった。

 

 艦隊の面々は見慣れている何千キロも続くオートウォーク動く歩道にすら、涼井は内心感服していた。

 思わず頭の中で工数や工期を見積もってみたが途方もない数字になりそうだった。

 

 何くわぬ表情を装いながら、短艇の座席におさまる。リリヤとバークが例によって同行していた。

 現代の地球の旅客機のような内装でシートの配置もそっくりだった。


 短艇は軍港を離れるとものの数時間で惑星間を移動し、惑星ゼウスの宇宙港に降り立った。


 英雄の帰還に詰めかけた住民たちが歓声をあげ、一方で戦争に反対する垂れ幕なども掲げられていた。

 デモ隊を機動隊が抑え込む中、大統領のエドワルドが迎えに現れた。

 

 涼井は営業スマイルを浮かべエドワルドと握手し、その様子をマスコミが一斉にカメラらしきもので撮影している。

 そのままエドワルドに導かれて涼井はエドワルドの高級車(驚いたことに車輪のある普通の車だった)の後部座席におさまった。


 運転手が静かにアクセルを踏むと音もなく加速してゆく。

 エドワルドがにやりと笑った。


「君もずいぶんと変わったな、スズハル君」

「……といいますと?」涼井は思わず怪訝そうな表情を浮かべた。

「以前は明らかにこうした場を嫌っていて、露骨に嫌そうな顔をしていたではないか」

「……記憶にございません」


 冗談と思ったのかエドワルドは哄笑した。

「文字通りな。……すまないな、戦闘中の衝撃で記憶が曖昧だったのだね。まぁあのようにしてくれると私も助かるというのは本音だよ」

「報告書を読んだがあのカルヴァドス伯爵を撃破しヘラとハデスの両宙域の返還を見込んでるそうだね。実によくやってくれた」

「恐れ入ります」

「これで私の再選も安泰だ」

「……ところで……」涼井はちらりとエドワルドの表情を観察する。

「本日は例の提案を動議として出したいと準備してきておりまして、ご検討いただけたかなと」

「あぁ……あの提案、もちろん見ているよ。私個人としては前向きにとらえている」

「ありがとうございます」

「……非常に前向きにな。まぁそのあたりは後ほど」


 車は大統領府にすべりこみ、そのまま会議室へ向かう。

 周囲を観察していると車の大半は自動運転で、運転手がいることはむしろステータスとなっているようだった。


 大統領府の会議室には、宇宙艦隊の司令官、統合幕僚本部の幕僚長、国防大臣、主要な艦隊司令官たちがそろってエドワルドと涼井を待ち受けていた。

 

 宇宙艦隊の司令長官のノートン大将は相撲取りのような体格をした初老の男で神経質そうな表情をしていた。

 幕僚長のロドリゲス元帥は細身に眼鏡の男でノートンと親しげに話し込んでいる。

 国防大臣エドガーはさきほどから何やらパソコンのようなもののキーボードを叩いている。

 その他数名の艦隊司令官たち、宇宙艦隊の高級幕僚などはじっとこちらを見ていた。

 

 もちろん涼井は全員初対面だが、向こうはこちらを知っている。

 宇宙艦隊司令長官のノートン大将が口を開いた。


「大丈夫かね、スズハル君。記憶がほとんどなく人が変わったような感じらしいじゃないか」

「ご心配ありがとうございます。記憶は確かに曖昧ですが職務に問題はございません」

「……ふむ……前はなんだか不貞腐れたようなところがあったが、ずいぶん変わったものだな」


 エドワルドが上座に座り、右手を挙げる。参加者たちは姿勢を正してエドワルドを注視した。

「今日はスズハル提督から来たる春の大攻勢への反対意見と、宇宙艦隊の廃止の動議が出ている」


 会場がざわめく。

 涼井は立ち上がり皆を見回した。

(……さぁ正念場だぞ……)

 涼井はともすれば流れ落ちる冷や汗をよそに一人一人の顔を見つめて話し始めた。

 

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