Folge 68 同棲強制

 美乃咲家のアパートはすぐ近く。

 角を二つ程曲がれば着く。

 普通に歩いても時間はかからない。

 それなのに気持ち早歩きで向かっている。

 二人だけでいることが可哀そうになってしまうんだ。

 着替え部屋を整頓するか。

 そして完全にウチで住んでもらう方が心配しなくていい。

 今回の様に、家に帰らなければならない時しか帰らない。

 それなのに、いつもいる存在となった今。

 少しいなくなるだけで堪らなく会いたくなる。

 あの二人に何か刷り込まれたのかと思うほどに。


「来たよ!」

「サダメちゃん! 早かったですね」

「近いからな。美咲は大丈夫か?」

「え? 必要なものを揃えていただけですから」

「何も無かったなら良かった。咲乃はどんな……」


 美咲が指し示す必要も無く、咲乃の姿は目に入った。

 正に寝落ちしていて、スヤスヤといい寝顔だ。

 なんで両手を枕に寝落ち出来ているんだか。

 まるでお姫様じゃないか。


「えっと。ベッドに寝かせるか?」

「咲乃の荷物も私が適当に用意するので、その間だけでも」

「わかった」


 妹と同じようにお姫様抱っこで運び、ベッドへ寝かせる。

 眠り姫のはずだが、両腕が首を抱えて来た。


「つ・か・ま・え・た!」


 そのままグイッと引っ張られる。

 ベッドとオレで咲乃をサンドウィッチ。


「ちょ、おい、咲乃!? 寝ていないのかよ」

「寝てたよ。サダメの声がしたら起きた」

「オレが起こしたのか。そりゃ悪かった、じゃ!」


 離れようとしたが、強烈なロックが掛けられている。

 以前に味わったものに近い。

 これはもう、咲乃の必殺技にしてもいいんじゃないかな。


「あのな、明日の用意の途中なんだ、分かっているだろ?」

「だって、傍にサダメがいないからさ」

「オレのせいじゃないよね、それ」

「サダメは悪くないけど、いないからつまらなかったんだ」


 嬉しい事を言ってくれて有り難いんだけどな。


「行くのは明日だぞ。それにもう夜だ、早く寝ないといけないし」


 話しを聞いてはいるようだけど、力を緩める気はないらしい。


「はあ、わかったよ。今からすることで納得しろよ」

「何するの?」

「いいから、約束をしな」

「ボクが嫌になることじゃないなら約束する」

「オレは嫌な事をする気が全くないんだが」

「だから好き。それなら約束するよ」


 その言葉を聞いて、思いっきり唇を重ねた。

 濃厚に。

 ……めっちゃ恥ずかしいのを我慢しながら。


「ぷはっ。あ、あ、あ……はい……約束します」

「じゃあ約束して欲しいのは、もう荷物をウチへ全て持ってこい」

「え? それって」

「もう藍原家に住んじまえってこと、わかったな!」


 姉妹が目を合わせてから落ち着かなくなっている。


「そんなの、言うこと聞くに決まっているよ」


 首に回した腕の力が抜けた。

 鍵を開錠したので美咲にも確認をする。


「荷物を全部持って来ればいい。家はそのままにしてさ」

「サダメちゃんがいいなら何も異論は無いですよ」

「よし。咲乃だけじゃ嫌だろ」


 美咲にも咲乃にしたことをする。

 恥ずかしいのを我慢して――ここ大事! テストに出る。


「はい! 今までとほぼ変わりはしないけど、完全にウチに住め。以上!」


 ああ恥ずかしい。

 でもこいつらと話しを早く済ますにはこれが一番だろう。

 もう、今更だし。めっちゃ手に汗かいているけどね!


「今すぐ全部は無理だし、ウチのスペースも作らなきゃだけど」

「……サダメって、優し過ぎない?」

「初めて会ったあの日の感覚。あれは間違っていなかったわ」

「はいはい。ウチへ帰るぞ」


 もう、これでいいさ。

 オレの精神衛生上必要な事なんだ。

 心配はできるだけしたくないんだ。

 平和でいたい、そして賑やかに過ごしたい。

 オレの都合を押し売りしているかもしれないんだよな。

 こういう事をした後に沸き上がる、反省や後悔に似た感覚。

 これは弟妹に浄化してもらわなければならない。

 ――――帰ったら甘えよう。

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