Folge 32 ケーキ

「あたしブルーベリーだと思う!」

「わたしはショートケーキね」


 気づけばもう昼。

 咲乃とのキスをたっぷりした後は二人共疲れてソファーでゆったり。

 そこまでするなよって話だけど。

 だってさ、していい間柄になったわけだし。

 その前からされていたけど、オレからもしていいわけで。

 お互いの気持ちが通じ合う感覚が新鮮だったから。

 その気持ちをぶつけ合うようにしてしまって。

 どうやって終わったのか覚えていない。

 ほとんど気絶だったんだろうな。


 そこへ聞こえてくる妹たちの話し声。

 何やら当てっこをしているみたい。

 ケーキ、だよな。

 でもなんでケーキの話なんだろ。


「ああ、ずるい。ショートはずるいよお」

「だって一番好きでしょ? 当然選ぶわよ」


 ショートケーキが一番好きなのはオレもだ。

 ケーキは余程凝り過ぎていない限りどれも好き。

 でも回り回って結局ショートケーキが一番になった。


「と言いつつ、わからないのよね。二人共ショートが好きだって言ってたし」

「それよ! だからあたしはやっぱりブルーベリーにしとく」

「もう。人の話を聞いてから自信持たないでよ」

「ずるじゃないからいいじゃない。最初からブルーベリーにしていたんだし」

「そうだけど。わたしが困っちゃったじゃないの」

「カルラ、詰めが甘いわね」

「ツィスカに言われたくないわ」


 どうもオレが絡んでいそうだ。

 ん?

 咲乃が寝たふりしたままオレの袖を引っ張っている。

 何か言いたそうだ。

 耳を寄越せと?

 なんだよ、またキスの続きでもするの?


「サダメ、聞いてた?」


 キスじゃなかった。

 少しがっかり。


「二人の話?」


 聞こえないように囁き声。


「あれ、ボクたちの話だね」

「そうだろうとは思ったけど。オレ、ショートとブルーベリー好きだし」

「そうなの!? ボクはショートとチョコ。定番が一番美味しいよね」

「へえ、咲乃も定番好きか。オレ、チョコも好きだよ」

「ボクは?」

「咲乃っていつからケーキになったの?」

「今!」

「はは。咲乃がケーキだったら一番好きだな」

「やった!」


 あ、咲乃の声が大きかったから……。


「ちょっと、起きてるの? もしかして聞いてた?」


 オレは誤魔化しきれないのを覚悟で後ろから肩越しに咲乃に抱き着いた。


「さ~く~の~。ふにゃふにゃ」


 う。

 これ、咲乃にするのは恥ずかしい。

 妹なら平気なのにな。


「に・い・ちゃ・ん? な・に・そ・れ?」


 げ。

 ツィスカが怒りの声を出しているんだけど。

 ヤバいかな?


「あたしにあんまりしないことを咲乃ちゃんにしないでよね」


 あわわ。

 こ、怖い。

 今日の夜はたっぷりとヨシヨシしてあげないと。

 いや待てよ。

 今日ってまだ土曜日だよな。

 ということは、咲乃がもう一晩泊るの、か!?

 それ自体は嬉しいけどさ。

 一緒に寝るだろうしさ。

 最高かよ、じゃなくて――まずいな。


「ねえ、聞いてる? 兄ちゃん」


 起きているのがバレてる。

 だよな。

 あの妹相手に誤魔化せた試しがない。

 知り尽くされているというのも、嬉しいような悲しいような。


「はい! なんでございましょうか、フランツィスカお嬢様」

「ふふん。兄ちゃんがあたしにお嬢様って言う時はやましいのよね」

「そんな言い方しなくても」

「まあいいわ。聞いていたのよね?」

「はい」

「初めからそうやって素直にして」


 オレ、兄貴だよね?

 妹にマウントを取られるとか――あ、いつもそうだった。


「あのね」

「ツィスカ、今は内緒にしておこうよ」

「ええ? ここまで話して言わないの?」

「お楽しみよ」

「……うん、そうね」


 ツィスカって素直過ぎるよなぁ。

 可愛い。


「そういうことだから。内緒ね」

「なんだか分からないけど、分かったよ」


 としか言いようがない。

 ケーキが出されるまで咲乃にくっついていよう。

 と思った矢先に玄関から声がした。


「ただいま~」

「ただいま戻りました」


 タケルと美咲だ。

 二人でケーキを買いに?


「お帰り! 二人、起きちゃったよ」

「あらぁ、できるだけ早く帰って来たつもりでしたのに」

「お昼ご飯食べたらデザートですっ!」


 ツィスカが一番楽しみにしていたようだ。

 満面の笑みで叫んだ。



 ◇



 昼食はカルラが作ってくれたカルボナーラ。

 最近はツィスカの料理を口にしていない気がする。

 オレは料理ができないからその辺は言わないようにしているけど。

 絶妙なとろみとベーコンの焦がし具合。

 カルラは特に料理が上手。


 全員が綺麗に食べ切り、あっという間にデザートの時間になった。


「ところで、なぜケーキ?」

「そりゃあ兄ちゃんに妹以外で彼女ができたからよ」


 ツィスカ、お前がドヤ顔で言うことなのか?

 言われるこちらもなんだか恥ずかしいし。

 言っている内容が、ねえ。

 妹以外にって所が明らかにマズイだろ。

 その当事者がオレなのだけど。


「なんでもいいから食べようよお」


 こいつ……。

 とうとうなんでもいいとか言い出したぞ。

 失礼な。

 どうぜケーキにも負ける兄貴ですよ、悪かったな!


「ぷふっ。あはは!」

「なんだよカルラ、オレの顔見て笑い出して」

「だって、サダメが凄い目でツィスカを睨んでいるんだもん」


 ああ。

 心の叫びが顔に出てしまっていたか。

 カルラは本当にそういうとこによく気づくんだよな。


「せっかく買って来たんだから、そろそろ開けていい?」

「あ、タケルごめん。美咲ちゃんもありがとね」

「案を出したのはカルラちゃんだから。感謝されることじゃないわよ」


 へえ。

 カルラの案だったのか。

 オレのことならとことん世話を焼いてくれるんだ。

 いつも感謝しています。

 大好き。


「はい開けるよー、それっ!」


 タケルが開封。

 なんと、ホールのショートケーキが入っていた。


「あ、あれ? 色んな種類を買ってくるんじゃなかったの?」


 はは。

 ツィスカは少々不服そうだ。


「うん、そうだったんだけどね」


 タケルはちらっと美咲を見て話しを続けた。


「美咲ちゃんと話をしていたら咲乃ちゃんもショートが好きだって聞いてさ」

「なので、いっそショートケーキをドーンと出した方が喜ぶかなってことになりました」


 なんと優しい弟なんだ! 同じく美咲も。


「くっ。オレは、幸せ者だなあ」

「咲乃ちゃんのためでもあるんだからね。兄ちゃんだけ喜ばないでよ」

「タケル君、ありがと!」

「いえいえ、それはカルラに言ってあげて。僕は買いに行っただけだから」

「カルラちゃんありがと!」


 カルラは手を振って答えた。

 振っていない手には包丁を持っていたので少々ドキッとしたが。


「じゃあ切るよ~」


 昼間から誕生日会のような盛り上がり。

 甘いものは女子の機嫌を良くするものらしい。

 とってもにぎやかな時間となった。

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