Folge 30 取っ替え引っ替え

 ファーストキスも済み……。

 改めて考えると恥ずかしい。

 初めての彼女ができたわけだけど。

 これも恥ずかしい。

 とまあ、今は恥ずかしい真っ只中でして。

 それを冷めさせまいと咲乃はオレにくっついたまま。

 今日は起きてからずっと咲乃の感触が途切れていない気が。


「ふふ、うふふ」


 咲乃はずっとこんな調子で。

 これだけご機嫌な咲乃を見るのは初めて。

 それを求めていたわけだから叶えられているのだけど。

 オレを必要としてくれるのが家族以外にもいるんだということ。

 これって、凄く新鮮でこんなに嬉しい事だったなんて。

 そういう意味では咲乃に感謝するべきだな。

 でも、元はと言えば美咲から告白されたことから始まった。

 その美咲とは会う機会が減っている。

 一週間咲乃のフォローをしていた時はまだ見掛けていたんだ

 こうして咲乃と付き合うことになったオレが気にするべきではないのかな。

 なんだか美咲の気持ちをどこかに置いてきてしまっているようで。

 気にしてしまうオレは間違っているのかな。


「ねぇ、サーちゃん?」


 クイっと腕を引っ張られてダンジョンから生還した。


「あ、ごめん。またオレ……。」

「それは構わないんだ。その間ずっと眺めていられるから」

「そう、なの?」

「うん、そうだよ」

「話しているのに反応しなかったら今みたいに戻してくれ」

「言われなくてもそうするよ。遠慮なんてしないから覚悟してね」

「お、おう」


 とにかくかわいい笑顔を見せてくれるようになった。

 役得というかなんというか。

 たぶん、男ではオレ以外に見たことが無いんじゃないかな。

 こんなご褒美をもらってしまっていいのだろうか。


「咲乃は朝飯食べた?」

「ううん、まだだよ」

「ごめんな、妹が呼んだからだろ?」

「ご飯なんていつでも食べられるよ。それよりサーちゃんを選ぶに決まってる」


 こんなこと言われたら……。

 反射的に抱きしめていた。


「ありがと。それじゃあ次は朝飯を食べようか」

「うん」


 咲乃はオレの胸に顔を擦りつけてきた。

 そのやりとりを見ていたであろう連中。

 ドドドっと足音が聞こえてくる。

 ったく、あいつら。

 さて、朝飯を食べに一階へ降りて行きますか。

 降りて行くと、さも朝の家事をしていましたって雰囲気な妹たち。

 そこへタケルもやってきた。


「おはよう。あれ? 咲乃さんだ」

「おはよ、タケル君」

「美咲さんは?」


 ん?

 それを気にするのか?

 やっぱりあの二人は何かある......。


「連絡もらってボクが飛び出して来ちゃっただけだから、美咲は来ていないよ」

「そうなんだ」

「呼ぼうか? まだボクも連絡していないし」


 タケルは頭を軽く掻いてから咲乃にお願いした。


「それじゃお願いします。まだ話が途中だったので」


 何の話をしているんだろう。

 見掛けると大抵話し込んでいるんだよな。

 咲乃が美咲に連絡をし始めたので、オレはソファーに座った。

 タケルは咲乃が電話をしている様子をじっと見ている。

 そんなに気になるのか。

 なんだよ。

 って、オレ、なんだよ……。

 何を気にしているんだ?

 ああ、こういうの、凄く嫌だ。

 自分が嫌だ!


「サダメ、ちょっと」

「ん?」

「いいから!」


 カルラが強引に腕を引っ張ってズカズカとオレを妹たちの部屋へ連行する。

 部屋に入るとオレを投げるようにベッドへと寝転がした。


「カルラ? どうし――」


 オレが喋るのを無視して抑え込んできた。


「サダメ、ネガティブになっていたでしょ?」

「――あ」


 そっか。

 カルラはオレの考えていることに気付いたわけか。

 察するのが相変わらず早いな。


「まったく。サダメは何も悪くない人なの。いつも悪い事なんてしていないわ」


 顔が近い。

 鼻息が当たる。

 それが心地いい。


「自信持って。もっと堂々としていていいのよ。その方がわたしたちも好きだし」


 少し猫っ毛なダークブロンドの髪が垂れ下がっている。

 その毛先がオレの頬を優しく撫でる。

 くすぐったいのだけど、嫌な気にはならない。

 相変わらずこの歳とは思えない色気を出すんだな。

 毎日見ているはずなのにこの瞬間に飽きるなんてことは無い。

 寧ろもっと、そう、もっと浸っていたい。


「何があってもわたしたちはサダメの味方。それもただの味方じゃないわ」


 オレの様子に変化があると、すぐに軌道修正してくれる。

 それもたっぷりな愛で。

 弟妹に一番感謝していることだ。

 幸せ者だなって思わせてくれる。

 そして、オレの様子に気付くのが早いのがこのカルラだ。

 この子は本当に鋭い。


「サダメには、わたしだけを見て欲しいのが本音なの」

「カルラ……」

「咲乃ちゃんに落とされないで欲しいな。勧めておいて酷いでしょ、わたし」


 そのままゆっくり顔が近づく。

 久しぶりな気がする、この感触。

 カルラはいつもよりゆっくりと丁寧にキスをしている。

 オレは何をどうしたらいいのかわからなくなってきた。

 こうして妹と心をくっつけていればいいんじゃないのかな。

 こんなに優しい気持ちを貰えるのだから。


 キスが終わると頬ずりをしながら首筋に着地された。

 首筋に頬ずりをされてから鎖骨の下に軽い痛みと熱さを感じる。


「わたしのサダメ。印付けといたからね」


 ああ、キスマーク付けられたのか。

 襟元、気を付けないと見えちゃうな。

 体育の着替えの時には特に。

 カルラはそのまま胸の上に頬を下にして頭を乗せている。

 自然と抱きしめていた。

 カルラの鼓動が分かるようにしっかりと。

 それに答えるようにカルラも抱きしめてくる。

 暖かいなあ。

 これでいいじゃん。

 何か悪い事ある?

 何も悪いと思えない。

 好きな人と好きを共有しているだけだよ。

 そうして生きていければ、何も問題ないと思うんだけど。

 オレはカルラの、カルラはオレの鼓動を聴いている。

 いつもこうして互いを感じ、安心を共有していた。

 その世界へカルラは連れて来てくれたんだ。

 迷っているオレを。


 たぶん、カルラもこの世界へ入りたかったのだろう。

 今は同じ想いなんだ。

 肌のぬくもりと同時に触ることのできないぬくもりも感じる。

 この触ることのできないぬくもりが堪らなく好きなんだ。


 カルラは胸に頬を当てたままオレの肩を抱え込むようにした。

 もっとはっきりと鼓動を聴くために。

 もっとオレを感じるために。

 痛いほどカルラからの愛情を感じる。

 どれだけ流し込んでくるのだろう。

 果ての見当がつかない。

 恐怖にも似た興味と、受け取らなければならない気持ちが交錯する。

 とんでもないアトラクションだ。


「ツィスカちゃん、ああいう時はどうしてるの?」

「カルラが納得するまでそのままにしているわ」

「ツィスカちゃんも、ああしたいんでしょ?」

「もちろんよ。カルラが終わればあたしの番になるからいいの」

「そう、なの?」

「うん! 兄ちゃんは、いつでもあたしたちを受け入れてくれるの」


 おっと。

 ツィスカお嬢様の登場だ。

 毎度覗きをやっているな。

 今回は咲乃も一緒か。

 じゃあ美咲が来る頃か、もう来たのかな。

 いやいや、今は気にしない。

 そのためにカルラはこうしてくれているのだから。

 二番手も控えているけど。


「そっか。これからはボクも、その番が回ってくるのかな」

「そうね、彼女認定をした以上はしかたないわ」


 相変わらずツィスカはマウントを取りに行くんだな。

 そこがツィスカを見ていて楽しい面でもある。

 でもなぁ、その……バレる覗きってのをやめる気は無いのかな。

 分からないとこっちがヤバイ時もあるから、いっか。


「カルラ」

「わかってる、来ているわね。でも、まだ」


 カルラはまだ止められるような気分じゃないようだ。

 オレもまだこうしていたいし。

 そして、肩に力が掛けられた。

 寝たままオレを上るように胸から顔へ迫る。

 キスを軽くしてそのままさらに上ってゆく

 オレの顔に到着したのはカルラの胸だった。

 カルラはオレの顔に胸を押し付けるのがどうも好きらしい。

 本人は鼓動を聴かせるためだと言うが。

 もちろん、鼓動の源があるのだから感じられる。

 だけど、胸そのものを感じさせている時があるんだよ。

 もう……嬉しいけどさ、照れながら押し付けているから。

 甘い声も出しているし、これってさ、その……まだ午前中なんだけど。


「カルラさ~ん? そろそろ終わりにしよっか」


 ドアをトントンと叩いてツィスカが止めに入ってきた。

 このストッパーが無ければ、今までオレって何度……いや、言うまい。


「ふん! せっかく身体が出来上がって来たのに」


 カルラさん? なんてことを言い出すの!?


「だから止めに来たんでしょ? それ以上は、我慢よカルラ」


 が、我慢!?

 ツィスカさん? あなたも何を言い出すの!?


「わかっているわ、それぐらい。今はここまでしておきたかったの!」

「はい。じゃあ交代ね」

「あの、ボクはずっとこれを見せられるのかな」

「咲乃ちゃんはあたしの次だから。見ていてもいいし、適当なタイミングで来るといいわ」


 なんだよそれ!?

 オレはお前らの……はあ、もう好きにしてくれ!


 ――――好きにされたいからいいや。

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