Folge 06 長女の告白
夕食も終わったので、風呂の準備をするところ。
これはオレの担当。
家事ができないとはいえ、風呂の準備ぐらいはね。
洗濯機の吸引ホース内の水を出して洗濯機横に巻き付ける。
浴槽の栓を抜いて残っている水を抜き切る。
それからシャワーとスポンジを使って軽く磨いてやる。
ちょっとやっておくだけでも入った時に気分良いもんね。
後はスイッチを押すだけだからオレでもできるでしょ?
「よっしゃ、こっちは完了。お湯が溜まれば入れるぞ~」
さて、一旦部屋へ戻って復習の準備でもするか。
一貫校とはいえ、成績が低いんじゃ上がれないからね。
おっと、ツィスカがいる。
「どうした、ツィスカ?」
ベッドに座ってオレを待っていたみたい。
掛布団カバーをギュッと握りしめてこっちを見ている。
「なんか力入っているみたいだけど、トイレ行きたいならココじゃまずいだろ」
あ、いつもの膨れ顔になった。
カバーを握りしめている。
何か言う前に動くのが基本のツィスカがジッと黙っている。
「何か嫌な事でもあったのか? さっきは話せなかった事とか」
膨れ顔は普通に戻ったけど、まだ何も言わないし動かない。
やれやれ。
何かあるのは確かだ。普通じゃない。
隣に座って話すのを待ってみようと思う。
――――沈黙。
頭を撫でてみる。
少し細めで見た目よりも軽くて長い髪。
撫でているこっちの手へのご褒美に思えてくる。
「どうしちゃったのかな。ツィスカが元気ないのは胃に悪いんだけど。ここにいたってことはオレに話があるってことだよな? まあ、話が無くても来ていいけどさ。せめて理由ぐらいは教えてくれないか?」
少し俯いているし、まだカバーも握りしめている。
頭も撫で続けているけど、どうにも埒が明かないな。
静かなツィスカを撫で続けているってだけなら、癒しの時間になってありがたいんだけど。
これはどうしたものか。
「そろそろ風呂も入れるようになるし、その後にでももし話があるなら聞こうか?」
ツィスカはコクっと頷いた。
言葉が出てこないけど、答えてはくれた。
「よし、風呂に入るぞ。それか二人で入る方がいいか?」
首を左右に振っている。
調子狂うな。
「わかった。じゃあとりあえず風呂を済まそう」
そう言うと、風呂場へは動いてくれるようになった。
握りしめていたカバーにクッキリと跡を残して。
無駄に広いウチの風呂場。
両親が子供は最低三人は欲しいからと、家は5LDKにした。
よって風呂場も広いわけで。
風呂は最初から全員で入るつもりだったらしい。
なのに二人共仕事でこの家にはほとんどいない。
三人の予定だった子供は四人になった。
結果的にはこの家に住んでいる子供四人全員で入っているという状況。
「兄貴が一番乗りじゃ~」
「サダメに続く一番はわたしね」
「僕も入るよ~」
「……」
「一気に入ってきたら洗えないだろ~」
「わたしがサダメの背中を流すから問題ないわ」
最初に入った三人で、何か足りなくない? と目を合わせると同時に振り返った。
「ツィスカが何も言わないなんてどうしたの?」
「そうなんだよ。オレが風呂を入れ始めた頃からずっと黙っててさ。聞いてもなかなか話してくれないんだ。心配しているんだけど」
「らしくないわね」
空いている風呂イスにちょこんと座って静かにしているツィスカ。
どうやら今日はこのままの状態になっちまいそうだな。
「そういう感じだからさ、今日はオレと二人の時間をくれないか? 話がしたいみたいなんだよ」
「僕も心配だから兄ちゃん話を聞いてあげて。今日は一人で寝るよ」
カルラは
どこか納得していないようだ。
「何があるのかわからないけど、今晩だけサダメを貸してあげる」
「オレはいつからカルラの所有物になったんだ?」
「最初からよ」
うれしいんだよな、カルラのそういう言い回し。
全て即答してくるところが、カルラの凄いなと思うところだ。
「んじゃあツィスカ、そういうことで二人は時間くれたから、後でゆっくり話を聞かせてくれよ」
コクリとツィスカは頷いた。
本当に静かだ。そういうお年頃?
女性的にいろいろあるお話か?
うわ、保護者モード全開の夜なのかなあ。
なんか緊張してきた。
「カルラありがと。代わりに背中流してあげるよ。ツィスカもカルラの後でしてあげるからな」
今は色々考えても分かるわけがないからいつも通りにしておこう。
「よし、交代」
「サダメ、前を忘れてる」
「マジで?」
「今更何よ。当然でしょ」
小学生低学年までだろ、一般的にはね、知らんけど。
藍原家にはその一般的だと思われることは適用されないらしい。
一般じゃなく藍原家だから。
「じゃ、しっかり洗ってやる!」
こうなったらカルラが困る程綺麗にしてやるぞ!
それにしてももう中学二年生か。
オレが高校性なんだから、そうだよなあ。
男子高校生が女子中学生を洗っている絵面って、とんでもないな。
ご承知の通り、兄妹だからですよみなさん!
保護者を任された兄貴の特権ですよ!
あ、カルラの顔が真っ赤になってる。
あんなこと言っておいて限界がきたか?
「それじゃ交代するか、カルラ?」
「そ、そうね。交代するわ」
「シャワーでしっかり
徹底的にやっておいてやろう。
カルラが困ってる姿は楽しい!
……可愛い。
「お待たせ、ツィスカの番だよ」
今までカルラの居た所へツィスカが座る。
「髪も洗ってやろうか?」
コクリと頷いている。
喋らないなあ。
「目をしっかり閉じてろよ~」
髪の毛まで洗ってあげるのは随分久しい。
長い髪だから洗髪用のブラシを使って丁寧に洗ってあげる。
美容師さんでもなきゃこんなことしないよなあ。
いや、美容師さんはこんな恰好ではしないか。
しっかり濯いでからコンディショナーで仕上げてボディへ移行。
カルラと同じようにしてあげる。
ツィスカは色が真っ白だから浅黒い肌のカルラとはまた違う綺麗さだ。
モテて当然だな。
「さあ終わったよ。オレも体が冷えてきたから湯船に入ろう」
「わたしたちは先に出るわ。少しのぼせたみたい」
「はいよ」
カルラと共にタケルも風呂場から出て行った。
湯船ではツィスカがスルスルっとオレの前に来る。
可愛すぎるからラッコ抱きをしてあげる。
というかどうもそれを要求されたようだ。
「今は二人になったけど、まだ話はできないのか?」
やっぱり黙ったまま。
でも喋らないだけで甘えてはくるからまだ助かるよ。
これが全て拒否られたりすると手に負えないだろう。
「今日はあの二人が時間をくれたから、どんなことでも話してくれよ」
ツィスカがコクリと頷くと、発展途上な柔らかいモノが腕に当たる。
「兄ちゃんのことは好きか?」
ツィスカは、間を空けずに大きく頷いた。
そしてオレの腕に柔らかいモノがしっかりと押し付けられる。
「ツィスカの髪は綺麗だね。兄ちゃんに髪を洗ってもらうのは好き?」
これも間を空けずに大きく頷いてくれた。
そしてオレの腕に柔らかいモノが、形のすべてが分かるほど押し付けられる。
――――ダメだ、これはクセになりそうだ。
ちょっとヤバい反応も感じてきた。
今日はこれぐらいにしておこう。
べ、別に、いつでも出来ることだし。
うん、ヤバイヤバイ。
ツィスカは風呂の後、何をするにもオレに付いて回っていた。
さすがにトイレは交代で入った。
犯人を護送している気分だよ、知らんけど。
それ以外はとにかく付いて回っていた。
勉強は最低限やっておきたいところがあったから、勉強時間はいつも通りに。
いや、ツィスカと一緒にすることになった。
そういえば、妹と一緒に勉強をするっての、やってなかったな。
妹の勉強ってどんな感じになるのかなあって期待をしていたけれど――。
めっちゃ真剣に勉強してる!
こんなに集中してやっているのかと感心した。
カッコよさすら感じるほどのデスクワーク。
成績もいいはずだ、納得したよ。
でも――――何にも話してくれねー!
ただ黙々と、淡々とこなしているんだ。
普段なら、これは見習うべきところだなって思うだけでいいだろう。
でも今は……めっちゃ心配なんですけどー!
あれから二時間。
オレ的には勉強のキリが付いた。
しかしツィスカは変わらず集中している。
いつもと違うところを見せられると、新たな魅力を発見できる。
こんな感じで授業も受けているのかな。
そりゃ先生から誉め言葉しか出てこないのが分かる気がする。
「集中してるとこ悪い。ツィスカ、オレはキリがついたんだけど、そっちはどうだ?」
親指と人差し指であと少しという合図をしてきた。
「うん、いいよ。それじゃ、先に歯を磨いてくるから」
そう言ってオレは部屋を出て台所へ向かった。
一口飲み物が欲しくてね。
するとリビングに居たカルラがどう?
という風に目で聞いてくる。
「あのままだよ。ただ、勉強は凄く集中してやるんだな。びっくりした」
「そうね。わたしもだけど、勉強はなんだか黙々とやってしまうの。その感じだといつも通りだけど、喋らないのが気になるわね」
ジュースをコップに半分ぐらい入れ、飲み干してから洗面所へ向かった。
「とりあえずゆっくり話してみるよ」
歯磨きが済んだ後、オレと入れ違いにツィスカが歯を磨きに来た。
「部屋で待ってるな」
軽く頭を撫でてから部屋へ向かう。
いつもは賑やかな家だから、こんなに静かだと四人いるのに寂しくなるな。
読みかけのマンガを進めながらツィスカを待つ。
どんな話が出てくるのか心配しかない。
だが、案外大したことないってこともありうる。
あまり身構えずにいよう。
程なくしてツィスカが部屋に戻ってきた。
白色のパジャマで丸襟。
袖口と裾口にピンクのステッチが入っている姿。
「それじゃ寝ようか?」
やはり黙ってコクリと頷いた。
電気を消して二人でベッドに入る。
「話はしてくれるか? 無理ならこのまま寝るだけでもいいけど」
ツィスカはオレに背中を向けていた。
しばらくすると、こちらへ寝返りをして潤んだ目で見つめてきた。
「兄ちゃん、あたし、なんか我慢できなくなってきたの」
ようやく声が聞けたなと思ったが、なんだか切実な言葉が発せられた。
「何に?」
――オレのTシャツ。
オレはパジャマではなくてTシャツにジャージパンツが部屋着。
そのTシャツの胸元をキュっと握って話を続けてくる。
「兄ちゃんが好きなの」
「それはいつもたっぷりの愛をいただいているからよく知っているよ?」
「違う! そうじゃないの。兄と妹じゃなく愛しているの。わかって! あたし本気で好きになっているの。恋愛の愛なの!」
――――これは。
さて――ただいま、心のキャパがオーバーしているようで、頭がクラクラする。
美乃咲さんに告白された時とは違う。
圧倒的にツィスカの告白の方が心に響いた。
オレたち四人はしっかり血が繋がっている。
でも、ツィスカの気持ちが本気なのは痛いほど分かってしまう。
苦し過ぎる。
実は時々自分も三人に恋をしているのでは? と思ったことが何度もある。
怖さから逃げるために、知らないうちに線引きしていた。
この告白を聞いて、今まで感じたことが確信になってしまったようだ。
既に気持ちがその線を越えていると知らされてしまった。
他の二人はどうなんだろう。
その前に、今目の前にいるツィスカ。
彼女とは両想いになっていることが証明されてしまったわけで。
やばい。
やばい、やばい。
やば過ぎるけど。
ツィスカの必死な表情を間近で見る。
爆発しないように固めていた気持ち。
これをツィスカの本気の愛が溶かし、爆発しろと叫んでいるようで。
もう、耐えられそうにない……です。
「ツィスカ、オレも同じ気持ちだった。でも、それに気づかない自分を演じていたらしく、他人事のように言ってしまっているけど、ツィスカがはっきり言ってくれたことでその封印が解かれたようだ。オレも言うよ、ツィスカが好きだ。ただ、オレは三人共に同じ気持ちを持っている。それは分かってくれるか?」
シャツを握る手は力を緩めない。
しばし何かを考えてから口を開いた。
「分かった。兄ちゃんはいつも三人を同じように大事にしてくれていたから、その気持ちは受け止められる。あたしのことを女として見てくれるなら、カルラとタケルはあたしの分身みたいなものだし、兄ちゃんがあたしを好きになってくれたのと同じように好きになると思う。大丈夫よ」
――――はぁ。
なんとなく自分の気持ちは分かっていた。
でも、それは言うべきことではないと、心の奥底に閉まっていた。
それが妹にこれだけ本気で言われたら。
――――いや、それでも言うべきではなかったんだろうな。
自分こそ気持ちを抑えきれていなかったんだ。
ああ、やっちまった。
でも苦しんでいる妹を見るのは辛い。
この気持ちはオレたちだけが知る、オレたちだけの話。
他の誰にも迷惑をかけることではない。
知られなければ問題ない。
質の悪いことに、肯定し始めたなオレ。
でも、ツィスカに答えてしまった以上引き返すことはできない。
今更自分も誤魔化せない。
決めた。
オレたちは先へ進むぞ。
ツィスカ――――――――。
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