#10 分かれ道、進む先には等しく敵


 ――この度は『レトナーク・エクソシェル・グランプリ』における優勝、まことにおめでとうございます。


 見事、最優の座を射止めたエクソシェル・ヴェントを作り上げたリンジャー外殻工房には、その栄誉と技を称えるとともに当社との技術提携について進めさせていただく予定です。


 さて、レースにおける勝利には外殻工房の力の他に、もう一人立役者がいらっしゃいます。

 エクソシェルの操者ルーラーとしてコースに立ち、多くの困難を突破して頂点へと辿りついた『ワズ』様。あなたでございます。


 当社は最速であり最強の操者として、あなたの実力を非常に高く評価しております。

 ついては現在当社にて進めている、とあるプロジェクトにおいて是非その手腕を発揮していただきたく、こうしてご連絡を差し上げている次第です。


 これは基幹企業プライマリの一角たるセドニアム重工とつながりを作る好機です。

 あなたにとって何ひとつ悪い話とはならないでしょう。よろしくご検討のほどを――。



 無機質なウインドウに『派生ミッションへの継続が可能です』というシステムメッセージが踊る。

 あたしはそれを眺めながら、隣で熱心に依頼票を漁っているカウナカニカニっちに言った。


「……って感じのメールが届いたわけよ」

「へー。依頼任務ミッションってつながるようになったのね」

「前からあるって」


 正確には今作が初出というわけではなく、前作エイジオブタイタンAoTでも依頼任務からの派生ミッションは存在した。

 しかしストーリー後半の重要ミッションの場合がほとんどで、こんな初っ端で引くのは意外ではある。


「さすが最新の創世関数WGEだけある。イベント周りのゲーム性はけっこう変わってるのね。やるんでしょう?」

「それがねぇ、あんまり気乗りしなくてさ。こんなメールひとつでほいほい呼び出されるんじゃねー」

「会社から……メールで……呼び、出し……? そうね……言われたことに従うだけがやりかたじゃない……蹴れ、蹴ってしまえ……!!」

「おーいカニっち? 目だけ死ぬの怖いからやめな?」


 時折バグるというか、相変わらず妙なところに地雷があるなこの子は。


「それはともかく。せっかくの派生ミッションなんだし受けて損はないでしょう」

「くっるくるに変わるね? いや気に食わないのがさ、これあたしだけに来てんの。そりゃ走ったのはあたしだけど、カニっち抜きじゃレース勝てなかったでしょ」


 傭兵プレイヤー側の話をするなら、あれはあたしたち二人で成し遂げた勝利である。

 だからあたし一人だけ呼び出すのはフェアじゃないって思う。


 確かに登録上走ったのはあたしかもしれないけど――そんな程度のことも調べがついていないのだとすれば、基幹企業というのも大したことがないのかもしれない。

 いずれにせよあたしの心は拒否に傾いていたのだ。


 するとカニっちが依頼票をぺしっと剥がしてひらひらと振った。


「ああ、私のことなら気にしないで。しばらく出稼ぎに行こうと思うから」

「なにそれ?」


 カニっちが端末に何かを映して見せてくる。

 そこにはどこか見覚えのある形をしたエクソシェルがあった。


「ってこれ、レースの時サポートで使った狙撃用エクソシェルじゃんか」

「私がリンジャーさんからもらった報酬、これ。今は街の保管場に預けてる」

「えっ。あたし全部現金クレジットでもらったよ」

「もちろんその分クレジットは少なめ。やっぱり装備があると受けられる依頼の幅が違うしね」


 抜け目ないなぁ。

 あたしも――ってさすがにヴェントをもらうわけにはいかないか。


 実際のところリンジャー氏はかなり報酬を奮発してくれた。

 街売りのエクソシェルくらいなら軽く手に入る額があるし、欲しければ自分で探せばよい。


「でもそれ急造とはいえリンジャーさんお手製でしょ? 値段以上の価値があるんじゃない」

「バレたか。そうね、標準よりも強力。私でも整備はできるしね」


 確かに、あれ狙撃に強いし。

 後はカニっちの腕前があれば、その辺の機械生命マシンモータルくらいなら余裕で狩り倒せるだろう。

 狩りによる稼ぎとイベントと、どちらを重視するかは人それぞれである。


「しばらくブランクがあったから、鈍っていた。だからちょっと研ぎなおしてくる。その間、気が向くならイベント進めてきなさいな。それで話がこじれてきたら声をかけてほしい」

「なしてトラブルだけ顔出す気なんよ」


 前から思ってたけどコイツ結構過激派だ。

 と言って傭兵プレイヤーなんてお祭り好きなものだし、ロボットアクションシューティングでお祭りと言えばそりゃあね?


「なーんよー。あねさんビビってんのぉー? ここは進めの一手っしょー」

「だから気分の問題……っていうかお前はなぜここにいる」


 返ってきた声は明らかにカニっちと異なっていて、慌てて振り向いた。


 声が聞こえてきたはずの方向には誰も居ない。

 怪訝に思ってふと視線を下にやると、そこにちんまりとした頭があった。


「……ねぇあんた、確かダイカンズイドっていったっけね」

「やだ姐さんそんな他所他所しい~。あれだけ激しくヤりあった仲じゃない? ない?」


 聞き覚えのある声だと思った。

 会ったのはレース以来だけど、特徴的な声とウザい喋りはよく覚えている。


 ダイカンズイド、デルバート外殻工房に雇われ、レースであたしと競った傭兵プレイヤーだ。

 というか、外見についてはずっと個人用防弾装甲服パーソナルパックをつけていた姿しか記憶になかったんだけど、どうやら今日はらしい。

 しかし――。


「っていうかあんた、こんなちっこかったの」


 そこにいたのは、あたしの肩くらいまでしか背丈のない、やたら可愛らしいお嬢さんだった。

 何せあたしもカニっちも仮想躯体アバターを高身長にデザインしているものだから、対比がえぐいことになっている。


 前に見た時はそんなでもなかったような――ということはこの子、個人用防弾装甲服でものすごい厚底してたってことか。


「それで、その髪型……なに?」


 彼女を見下ろしてると頭がよく見えるわけだけど、その髪形がすこぶる変わっている。

 なんというか髪の毛をまとめた房が四方に生えていて、言うなればフォーテールという感じ。わけわかんねー。


 言われたダイカンズイドはといえば、まさににんまりとしか形容できない笑みを浮かべて。


「よくぞ聞いてくれたしぃー!」

「うん、やっぱ言わなくてもいいや」

「聞いてなくても言う! これはいままで斃した強敵の数だけまとめてんのぉー!」

「つまりこのまま遊んでたらどうなる……?」

「最終的にまったく結ばなくなるかな?」

「髪の毛って何万本あるんだっけか。いつまでやるつもりよ」


 途中がすごいキモいことになりそうな。

 なんとなく想像を膨らましていると、ダイカンズイドの可愛い顔が下から覗き込んできた。


「んでんで? 姐さん、次は基幹企業を相手にアバれんすよね! そりゃいくっしょ!」

「めっちゃスルーしてたけど姐さんってなんだよそしてなんでお前がついてくる前提なんだよ」


 わりとぐいぐい来るなこいつ。

 それとカニっち、関係ありませんって顔でカウンターに座ってくつろいでんじゃないから。

 その間にもダイカンズイドは忙しなく表情を変えている。落ち着かない奴である。


「やー! 結構な茨の道ぶっちってレースに来た人だしぃー? それにタイタニックフィギュアTF相手にステゴロがまる人についてったら、面白そうじゃーん?」

「人を機械生命マシンモータルみたく言わないでもらえる?」


 ちょっと面倒くさいし、ここで口を封じるって選択肢もなくはない。

 だがプレイヤーはどうせすぐ病院から帰ってくるリスポーンするし、したらもっとうるさくなりそうだしでいい手とも言えないか。


「! いま背筋にビクンってきた!? 死線を一本泳ぎ切った予感!」


 勘のいいガキだね?

 んー。とりあえずちょっと、釘は刺しておくか。


「いちおうだけど。ゲームプレイヤーとしては、こっちのイベントをあんたと分け合う理由ないからね?」

「あーそう来ちゃったかー。んー! やっぱ勢いだけじゃ無理なぁー」


 あ、露骨にテンション落ちてる。

 そんな寂しそうな顔しないでよ、可愛い顔の作りしやがってこいつ……仮想VRってわかっててもなんか罪悪感湧くでしょう!?

 ええいもう!


「はぁ。まぁいいわ、暇があるならしばらく付き合いなさい。確かにせっかくのイベント、放っておくのもね」

「えっ。い、いーんすかぁー!? やー一緒に遊べんのは嬉しいけど?」


 くっ、笑顔が可愛い。

 いや大丈夫、惑わされたわけじゃない。前のレースの時からして腕は悪くないし、戦力の足しにはなる。

 結果オーライオーライ。


「賑やかなことになりそう」

「他人事ねカニっち!? いいんじゃない、ゲームなんだし。あんたと出会ったように面白いことになるかもしれないじゃない」

「やー姐さん任せてよ! 存分に楽しくしちゃうっからー!」

「ほう、よく言った。じゃあつまんなかったら地下駐車場行きだから」

「それ前作の処刑場!? この街にはない可能性を推すし!」


 なんだか勢いでイベント進めることにしちゃったけど、それもまたゲームの遊び方であり、出会いだろう。

 やるからには善は急げだ。


「それじゃあダイカンズイド……面倒ね、『いどっち』。今から時間ある? さっそくイベント入るよ」

「うっす! ……いどっち? そこ取るんだ?」

「私、カニ」

「ウチがいど。これはつまり沢蟹の仕業……」

「わけわかんないこと言ってないで、さっさといくよ」


 そうしてあたしはいどっちと二人して、この派生ミッションに挑むことにしたわけである。

 楽しい戦いがあるといいけど。

 エクソシェルは十分に楽しんだ、次はTF同士のぶつかり合いくらいは期待させてもらわないとね。

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