#8 狙撃兵による精神的巨人殺し講座


「……命中」


 スコープに捉えた、タイタニックフィギュアTFの巨体が傾く。

 その足元をヴェントを纏ったワズが駆け抜けてゆくのが見えて、私は口元に笑みを浮かべた。


 ここはレース会場から少し離れたところにある、廃ビルの屋上。

 壊れかけで若干傾いていることを除けばレースコースを広く見渡せる絶好の狙撃ポイントである。


 レースを走るワズと、それを外から支援する私。

 敵がTFを持ち出すことをわかったうえでぶっ潰す。それが私たちの作戦。


 銃口から硝煙をくゆらせたままの銃をリロード。

 エクソシェルよりも長大な銃身を構えなおし、バカでかいスコープを覗き込んだ。


 TFはもう体勢を立て直して動き出している。

 分かっていたこととはいえ、思わず舌打ちの出そうな防御性能だ。

 今使っている銃火器だって対機械生命ライフルのなかでも大物、エクソシェルが用いることのできるほぼ限界火力だというのに。


 高出力の動力を積み、電磁流体装甲EMFAによって完全に護られたTFを、単発の火力で撃破することは不可能に近い。

 いかにしてそれを突破するかこそが対TF戦の肝ともいえるところなのだけど。


 思えば前作でも、敵としてTFが出現するような依頼は高難度として知られていた。

 図らずも自主的に難易度ヘルの依頼に首を突っ込んだわけである。


「だからこそ面白い」


 どうせなら楽しまないと。


 敵TFは今もエクソシェルの追撃に躍起である。

 狙撃の存在は把握していても、何の問題もないと言わんばかりの動き。


 なるほど、先の一撃でこちらの火力は知れたのだからさもありなん。

 あの程度の威力では蚊に刺されたようなもので、TFが破壊されることなんてありえない。

 自分は一方的に破壊するだけの蹂躙者であると確信している――。


「そこがあなたの油断、付け入る隙」


 現状、無敵に等しいTFだが弱点はある。

 それは巨兵操者タイタニックルーラーにとっては基礎ともいえること。

 至るまでの道のりは簡単ではないけど、不可能とまではいえない。


「ここから先、あなたには何もさせない。そこで無様に踊りなさい」


 距離、角度、動作の速度、彼我の位置関係。

 狙撃はエイジオブタイタンAoTの必修科目。嫌でもその言葉の意味を思い出してもらう。


 ――敵TFがサンダリングディスカスを振り上げる。

 落下予測位置に銃撃。二の腕から火花が散り、着弾の衝撃が攻撃の軌道をそらす。


 ――業を煮やした敵TFがエクソシェルを蹴り飛ばしにかかる。

 残った軸足に銃撃。巨人が膝カックンをくらったかのようによろめく。


 ――立ち上がった敵TFがエクソシェルを追いかけ走り出す。

 頭部トップタレットに銃撃。まっすぐなんて走らせない。


 ただただ、ひたすら、執拗に、徹底的に敵TFの行動を阻害し続ける。


 今この時、レースと妨害というこの状況でしか成立しえない戦い方。


 あのTFの操者はどこまで理解しているのだろうか、ここが自身の強みを殺すキルゾーンだということを。

 開けた場所での機動戦闘となれば、狙撃で狙いきることは不可能。

 だが敵TFはレース参加者を狙わなければならないゆえに、この狭い場所から動けない。


 さらに、おそらくは味方を巻き込む危険性を減らすための近接特化ビルドという選択。

 ゆえに離れて撃たれる心配もなし。


「特化ビルドはハマれば強力な分、想定外に弱い。安易に選ぶと……こういうことになる」


 確かにエクソシェルの火力ではTFは破壊できない。

 でも、ひたすらに行動を邪魔し続けられたら?


 普通の神経をしていればイラつくだろう。

 いつの世だって反動硬直による行動キャンセルは最高にゲーマーから嫌われる。


 知っているし、だからこそ徹底的にヤる。

 ここから先は何ひとつとして思い通りにはいかせない。

 リンジャー工房の借りを、後悔するくらいたっぷりと思い知らせてあげる。



 その時、ビルの下に設置してあるセンサーが自身の存在と引き換えに情報を送ってきた。


 ――多数のエクソシェルの反応を検知。


 おでましである。

 私たちが外に支援を置いたように、他のチームだって戦力を準備していたことだろう。

 こちらはさっきからずっと派手な狙撃をしっぱなしなのだ、どんな馬鹿だってここに兵を差し向ける。


 もちろんそんなことは予想済みだし、簡単に邪魔をさせる気もない。


「ワズ、敵接近。ポイントβに移動。五秒カバー」

「りょっか!」


 個人通話プライベートをいれ、返事も待たずに飛び出す。

 事前に張り巡らせたワイヤーを伝って隣のビルへ。


 向こう側についたらすぐさまワイヤーを切り離し、簡単に追ってこれないようにする。


「安心して、私はまだ三か所の狙撃ポイントを残している。鬼ごっこもすぐに終わっちゃあつまらないでしょう?」


 宣言通りきっかり五秒後、敵TFへの狙撃を再開。

 敵TFの慌てた様子が目に浮かぶよう。


 エクソシェル部隊を差し向けて、これで煩わしい狙撃が止むと思えば期待外れ。

 残念、そう簡単には許さない。


 次の場所への移動経路を確かめつつ、攻撃を続ける。

 同時に敵TFの動きを観察する。――そう、遠くから見ている私だからこそわかることがある。


「……TFが狙っていない奴がいる。つまりあなたが犯人よ」


 ワズに個人通話を入れたところで、またセンサーが断末魔を上げた。

 すぐさま次の狙撃ポイントへ移動。鬼ごっこは続く。



 ――三か所目の狙撃ポイントを放棄し、新たな廃ビルへと飛び移る。

 ここがラスト。

 さすがに追いかけてくる奴らもかなり苛立ってきたらしく、さっきなどがむしゃらにロケットを撃ち込んできた。


 もちろん攻撃されることも考慮した位置取りをしているので私は無事。

 ご苦労様。


 スコープの向こうにいる敵TFもかなり動きが荒くなっている。


 ふふ。あの様子では操縦席の操者ルーラーは相当頭に血が上っていることだろう。

 絶対的に有利なはずなのに、なぜエクソシェル程度にこうまで梃子摺らせられるのか。


 さらにはレースはもう終盤。

 あなたが勝たせたいチームはちゃんとトップを走っている?

 そんなことはないでしょう。

 何故なら先頭を走っているのはうちのヴェントとワズだから。


 そら、残り時間が少なくなってきた。

 生まれた焦りがどんどんと膨れてゆく。


 必殺の攻撃は邪魔をされてばかり。

 狙いは合わずエクソシェルには逃げられっぱなし。


 戦闘能力に圧倒的な差があるばかりに。

 力を過信して、力尽くばかり狙うから。


 苛立ちに任せるほど、動きが荒くなってゆく。

 攻撃は大振りに、無駄にコースごと吹っ飛ばすかのように。

 エネルギーを浪費して武器をぶん回して。


 あなたの使うサンダリングディスカスは確かに強力な近接武器。

 無敵ともいえるEMFAを突破するためのもの。


 でも、エクソシェル相手に使うには完全に過剰。

 力を見せつけたかった? 威嚇にしたってやり過ぎた。


 強力な威力と引き換えに莫大なエネルギーを喰らいっぱなし。

 苛立ちと焦りに挟まれて、エネルギー管理なんてかなりおろそかになっているんじゃない?


 ――だからこそ、待ち望んだ時がやって来る。



 サンダリングディスカスを振り上げたまま、TFがわずかに身震いした。

 直後、背面の装甲が勢いよく開く。

 せり上がるように露出してきたのは、膨大な熱を放つ、真っ赤に焼けた


 『オーバーラジエーション』、これはそう呼ばれている。


 使い過ぎにより余剰エネルギーが枯渇した場合、TFは強制的に動力炉を全力稼働させ回復しようとする。

 でもTFに積まれた動力炉はあまりに強力すぎて、全力稼働時には冷却系の性能を超える熱を発生させてしまう。

 ゆえに装甲を強制開放して炉心から直接排熱する必要がある――という設定。


 ようするにエネルギー管理を失敗した場合のペナルティ。

 そしてTFの死亡原因、堂々の第一位。


 何しろ今なら無敵のEMFAも役立たず、弱点が丸見えなのだ。

 エクソシェルの火力でも十分に倒しうる。どれだけ慌ててももう遅い。


「ワズ、はじまった」

「うーん、ちょっと無茶な作戦かと思ったけどハマるものねぇ」


 構成にもよるが、オーバーラジエーションが解除されるまでたいていは三〇秒ほどかかる。

 決着までには十分な時間――。


 だというのに、またも無粋な来客がセンサーに引っかかった。

 さすがに狙撃ポイントは在庫切れである。


「ごめんワズ。敵が食らいついてきた。こっちはもう後がない」

「オッケー。カニっち、最高の仕事だった。後は任せてよ」


 個人通話の向こうでワズは笑っていることだろう。

 そうとういいテンションしているようだ。


「お願い。じゃあレース後に」


 レースの決着まで手伝えないのは心苦しいが、それも織り込み済みのことではある。

 ワズが走者で私はバックアップだから。


「残った仕事はあなたたちを片付けることだけ」


 四回も廃ビルを登らされて苛立っている追跡班の諸氏。

 先に謝っておこう。

 最初からここをラストにするつもりだったから、ちゃんと仕込みは済んでいる。


「手始めに、起爆」


 ズン、と重い音が階下から響いてくる。

 ついでに悲鳴が混ざっていた気がするが気のせいでもない。


「せっかくだから準備時間を目いっぱい使って作ったトラップタワー。存分に味わっていってほしい」


 さぁはりきって吹っ飛ばそう。

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