第293話 遠い想い

 治療の状況は思った以上に順調だ。

 そろそろ血液中の白血病細胞がほぼ観測不能な程度になる。

 次の段階の治療に移行する準備をはじめよう。


 まずはダメダメになっている白血病細胞をいくつか捕まえる。

 こいつの染色体を正常な細胞と比べて確認。

 2か所ほど違うのが確認できた。

 次にこの染色体がこのパターンで違うものの場所を体内で捜索する。

 うん、予想通りある特定の骨の中に確認できた。

 こいつを全滅させて、正常な骨髄細胞を増やせばいいな。

 しかもその辺は同時に多人数でかかった方がいい。

 ダメな骨髄細胞を殺す担当。

 正常な骨髄細胞を増やす担当。

 今まで通り白血病細胞を殺す担当。

 身体の異常を確認して随時措置をする担当だ。

 

「フールイ先輩、ミド・リー。先輩達と交代の時間になったら次の措置をしようと思う。今までの治療は異常で有害な細胞を減らす作業だったけれど、今度はその有害な細胞を作らなくなるようにする作業だ。一時的なショックがあるかもしれないから、その時はミド・リーに全身麻酔状態になってもらう予定。

 ただこれが成功して正常な白血球が増えてきたらほぼ治療は終わり。あとは異常な細胞が出てきていないか定期的な確認だけになるけれど、それはミド・リーだけで出来ると思う」


「つまり最終的な治療に向かう訳ね。望むところよ。ただ私自身がその治療を確認できないのがちょっと悔しいかな。専門分野なのに」

 確かにそうだよな。

 今回もミド・リーの魔法や知識を活用できればどんなに楽だっただろうと思う。

 まあユキ先輩が感づいてくれたおかげで助かったけれど。

「こっちは問題ない」

 フールイ先輩は本当にありがたい。

 一番大変な時に一緒に治療にあたってくれたのだ。


「フールイ先輩には本当に色々お世話になってしまいました。本当にありがとうございます」

 ミド・リーがそう言って先輩に頭を下げる。

 俺と同じようなタイミングで同じような事を思っていたようだ。

「私の方は問題ない。強いて言えば借りていた恩を少し返しただけだ、ミタキに」

 えっと思って俺は先輩の方を見る。

 先輩は小さく頷いて口を開いた。


「私が抱えていたのは父親という問題だった。私が小さい頃鉱山の事故で父が行方不明になった。2人とも知っている通りだ。結果として家は離散して私はこの学校に逃げて来た。

 それでもずっと私は心の何処かで不在の父を追いかけて来たんだと思う。賢者の石を追ってみたのもそうだし空間系魔法杖にまっさきに飛びついたのもそう。

 そんな私をミタキは色々助けてくれた。例えばあの整髪剤で髪型が変わって目がはっきり出た時。『もう父親と同じ目だと言って非難する人はいない』、そう言ってくれたような気がした。学園祭の時『死んだ人は蘇らない』ときっぱり言ってくれたのもそう。そして昨年にはあの空間系魔法杖で見つけた父親の痕跡を一緒に辿ってもらった。

 ひょっとしたらあの整髪料の時から私は不在の父の断片をミタキに求めていたのかもしれない。そして実際記憶はなくしたが無事に生きている父を確認できた時、私はやっと囚われていた何かから抜け出せた気がした。やっと一人で歩いて行けるような気がした。

 だから今回の手伝いはあの時までの借りを少し返しただけ。問題ない」


「そんな事があったの」

「今年の秋、学園祭の準備をしていた頃だよな。あの鉱山跡を辿ったの」

「それ以前からずっとお世話になった」

 俺自身はそこまでの事をしたという想いは無い。

 でももしそれがフールイ先輩の救いになったとしたら、それは……

 いかん、最近涙腺が弱すぎる。


「ミタキにもきっとミド・リーに対して何か想いがあると思う。治療を開始した夜のミタキの表情、あれは間違いなくいつもと違った」

 よく見ているよな、フールイ先輩。

 普段は無口な癖に。

 でもこの際だ。

 言ってしまおう。

「俺が外へ歩き出せたのはミド・リーのおかげだからさ。ずっと昔、俺がまだ初等科学校に入るより前の話だけれど……」

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