第178話 現実逃避の夜

 シャクさんとターカノさんが帰った後。

「何だかなあ」

 シンハ君はそう言ってため息をついた。

 奴の言いたい事はわかる。

 俺も全く同じ気分だ。


「まさか襲われるとまでは思わなかったよね」

「此処へきたのがまずかったのだろうか」

「それはないでしょう。他の場所で合宿をしていてもいずれ起こったと思われます。むしろ機会を作った事でシャクさん達も防衛しやすかったと思いますわ」

「そうですね。何処で狙われるかわからないより、場所だけでもわかったほうが楽でしょう」

 そう、ここへ来た事自体は間違いじゃ無い。

 でも取りあえず話題を変えよう。


「ところで猪魔獣オツコトはどうした?」

「そうだ、内臓肉部分を洗わないと。殺菌殺虫した後ざっと洗って氷温状態で風呂場で水漬けしていたんだ」

「私がやっておく」

「私もみてみる」

 フールイ先輩とミド・リーが見に行く。

「本体の方は湖から出ている川の滝壺で吊してあるよ。獣の嫌う香草を周りに撒いておいたから明日朝で大丈夫だと思う」

 処理はひととおり終わっている訳か。


「参考までにどれくらいの大きさなのかしら」

「冬に討伐した大猪魔獣オツコトヌシよりは大分小さいかな。それでも25150kg位あるのが2頭だよ」

「何気に大漁だな」

「ユキ先輩とミド・リー先輩の生物魔法が洒落にならないのだ。猪魔獣オツコトだけを見えない位遠くから判別して魔法で誘導してくるのだ。捜索、発見、誘導、倒すまで全部魔法で自動なのだ。あんなの見たら普通のハンターはやる気を無くすのだ」

「あまり大きいのでは無理ですけれど、今回のもの位なら何とか出来ます」

 相変わらず反則な方法で狩りをしていたようだ。

 でもミド・リーと同レベルで生物魔法を使いこなせるのって大人の専門職位なんだけれどな。

 ユキ先輩もやはり色々と出来る人なんだろう、きっと。


「そう言えば猪魔獣オツコトが材料に欲しいって言っていたけれど、何に使うんだ?」

「スペアのタイヤを作っておこうと思ってさ。まだ大丈夫だと思うけれど念の為。タイヤの構造も色々新案を考えているしね。あと蒸気自動車の新型も作ってみたいかな。ピストン式じゃなくてタービンとモーターを使って。実際に作って今のと性能を比べてみたいしね」

 シモンさんは更にオーパーツを作ってしまう模様だ。

 でも電気式の自動車もちょっと興味はある。

 それにシモンさんには既に蒸気式電気自動車に必要な知識を持っている。

 蒸気タービンとか発電機とかモーターとか作っているしな。

 研究室に帰れば独自製作出来るだろう。


「ミタキ、モツの下処理終わった。肉祭りの準備お願い」

 フールイ先輩の声。

 さて、それでは肉祭りの準備をしてくるか。

 いずれソーセージも作るだろうから腸の塩漬け等もやっておこう。

「今行きます」

 俺は席を立ちキッチンの方へ。


 ◇◇◇


 今回はモツの冷製にタカス君が新たなレシピを色々加えてくれた。

 例えばスジ肉に熱を通した後冷やして油を取り、トマトを中心とする夏野菜と香味野菜で仕上げたスープ。

 スープというか実際はゼリー状態。

 冷たくて酸っぱくて肉の味が濃いけれど油がなくさっぱりしている。

 他にも肉の冷製用に野菜とニンニク等を刻んで油と酢であえたソースが美味い。

 動けないユキ先輩の分はアキナ先輩が取って渡していた。

 何か2人を見ていると先輩だけれど何か微笑ましい。

 やっぱり2人とも好きなんだなと感じる。

 俺以外の皆さんはどう見ているのだろう。

 タカス君に微妙に邪念入りの視線を感じたのは気のせいだろうか。


 まあなんやかんやで食べ過ぎて皆さん個室へお帰りになっている。

 フルエさんが現場で倒れタカス君に抱えられて個室送りになるのは前回と同じ。

 身体強化をかけたアキナ先輩もユキ先輩を抱えて部屋へ。

 今夜は動けないから面倒を見るそうだ。

 人間色々な関係がある模様。

 だから放っておく事にする。


 さて、独りになるとやはり午前中の襲撃事件の事を思い出してしまう。

 シャクさん達は今はまだ気にしなくていいとは言っていた。

 でも国境付近とは言え他国に侵入してまで来たのだ。

 それなりに事態は悪い方へと進んでいるのだろう。

 シャクさん達の弁によると今までの予測よりも早く。

 あと5年もすれば俺達も高等部を卒業。

 研究院に入っていなければアキナ先輩もヨーコ先輩もシンハ君もユキ先輩も軍にいるはずだ。

 貴族の子弟はまず軍に入ることが義務とされているから。

 後に官僚になるにしろ、貴族子弟の場合は最初5年は軍だ。

 そうなると嫌でも戦争と関わらざるを得なくなってくる。


 ただ今の俺に出来ることは正直何もない。

 起こらないで欲しいと思うだけだ。

 ホン・ド殿下等はそんな事態を防ぐため色々動いているのだろう。

 その姿勢をタカス君は焦りと表現したけれど、きっとそれは間違っていない。

 ただ今の俺には何も出来ない。

 蒸気ボートとか蒸気自動車とか魔法杖とか色々作ってはいる。

 でも新兵器なんて戦争を防ぐのに役立つわけじゃない。

 場合によっては戦争を早める理由にすらなってしまう訳だ。

 技術を手に入れるため、もしくは技術が広がって戦力が向上する前にという事で。

 ひょっとて事態が予測より早まっているのは俺のせいかもしれない。


 よし、考えても仕方ない事は現実逃避しよう。

 例の漫画はまだ読みかけだったな。

 灯火魔法強、対象この部屋、実行!

 ちょっと寝る前に読書することにしよう。

 

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