第151話 合宿初日の戦い

 翌日、授業終了後。

 研究室に来た順に荷物を積み込む。

 俺やシンハ君の荷物は例によってバッグ1個。

 2泊3日なので皆さんいつもの合宿より少し荷物が少ない。

 でもヨーコ先輩やアキナ先輩の荷物はミド・リーが入りそうな巨大なバッグだ。

 フルエさんも同じくらい。

 意外だったのがユキ先輩だ。

 俺やシンハ君と同じようなバッグ1個のみ。


「これだけで本当にいいんですか」

「必要なものだけならこんなものです」

 俺より荷物が少ない。

 俺は他に焼肉のタレとか研究メモ用のノートとかあるし。

「服なんて着ている分に清拭魔法をかければ十分です。あと水着とタオルがあれば十分でしょう。他には趣味でスケッチブックと筆記用具を入れています」

 そうなのか、でもそれなら……


 シンハ君が尋ねてしまった。

「寝るとき等はどうするんですか」

「服を脱ぐので」

 あああ、やっぱりそうか!

 俺と多分タカス君にダメージだ。

 だから俺はあえて聞かなかったのに。

 聞いたシンハ君にダメージがいかないのが悔しい。

 でも女性陣って寝る際は脱ぐ派が多いのだろうか。

 フールイ先輩もそうだったし、ヨーコ先輩も……

 いかんいかん、冷静に冷静に。

 

 荷物も無事積み終え、蒸気自動車は無事出発。

 例によって運転はシモンさんで助手が俺。

 違うのは2列目に新人3名が陣取っている事だ。

「馬車より遙かに速いのだこれは」

 ちなみに現在の時速は15離・時間30km/h

 そう言えばフルエさんも身体強化組だった。

「完全に街の外に出たらもっと速度を上げるよ。今はまだ交差点が所々にあるから止まれる程度の速さだね」

「楽しみですね。それくらい速いとどんな景色になるのでしょう」

「でもこの速さでも乗り心地はいい」

 タカス君は2列目、2人に挟まれている。

 話題を変えたところをみるに彼はスピード狂では無いらしい。

 俺は大分速度に慣れたから割と大丈夫だ。

 今は前に大きなフロントガラスがあるから風圧も無いし。


 ただ俺が余裕をみせていられるのも街を完全に出るまでだった。

 交差点が無くなり道が直線になった途端、一気に速度があがった。

 おいちょっとシモンさん待て速度50離・時間100km/h出ているぞ。

「シモンさんこれ速すぎないか」

「改造で大分安定性が良くなったしね。直線なら全然大丈夫だよ」

 俺はそうは思えない。

 横から動物でも出てこられたら事故で死ぬ。

「念のため横切りそうな動物がいるか監視しますね」

 ユキ先輩あなたは平気なのですね。

 でも暴走を助長するような言動は謹んで下さい。

「すごいぞこれ。私の全速より速いのだ!」

「ああ」

 タカス君の声が死んでいるような気がするのは気のせいか。


 ただ改造がうまくいっているのか乗り心地や安定性は確かにいい。

 ちょっとした段差でもうまく衝撃を抑えている感じ。

 シモンさんがバネの強さやダンパーを改良したからな。

 今回も俺の知らない部分まで大分いじっていたようだし。

 なんて速度と関係ない方向へ意識をそらしても怖いものはやっぱり怖い。

 仕方ない。少し蒸気圧を落としてやろう。

 そう思ったところでシモンさんが口を開く。

「この先登りがあるから蒸気圧の維持頼むね」

 先手をとられてしまった。

 仕方ない。

 なるべく前の景色を見ないようにして心を無にしよう。

 やっぱり心を無にするにはこれが一番。

 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時……


 ◇◇◇


 観音菩薩のお慈悲がここの世界に届いたのかはわからない。

 でも結果的には無事に別荘に到着した。

 途中ドバーシとアージナで買い物をしてもまだまだ外は明るい。

「楽しかったのだ」

「ああ」

 タカス君の声はやっぱり死んでいる。

 俺の気のせいではないだろう。

「さて、急いで夕食の支度ですわ」

 本日の夕食は焼肉だそうだ。

 アキナ先輩、事前にアージナの市場に肉を注文していた。

 今回は牛肉だ。

 肩ロース、ロース、リブロース、ヒレ、バラ、モモ……

 そして内臓肉がハツ、レバー、タン、ハラミ、サガリ、コテッチャンといったところだろうか。

 魔法で鑑定した結果新鮮で殺菌魔法処理もしてある。

 これなら生でも大丈夫だしモツも短時間の漬け込みで大丈夫だろう。


 シモンさんとナカさん、フールイ先輩に手伝って貰って準備開始。

 焼肉のタレや醤油代わりの煎酒はウージナで作って持ってきた。

 でもご飯を炊いたり山芋をすったり汁を作ったり切ったり薬味を作ったり肉を切ったり。

 そんな感じでやる事は多い。

 サラダも当然作っている。

 ただ俺以外のスタッフが実に優秀なのでサクサク進む。

 ぶっちゃけ料理の腕自体は全員俺より遙かに上。

 その結果半時間もしないで全部整った。

「運ぶの手伝って」

「おいよ」

 全員で夕陽の見えるあのテーブルへ全部運ぶ。

 刺身はレバ刺しハツ刺しヒレサーロイン内モモにタン刺しまで。

 焼く方はもうこれでもかという種類と量。

 なおコテッチャンとバラの一部は軽くタレに漬けてある。


「この食べ方は初めてです。どうやって食べればいいのでしょうか」

 そう言えばこうやって焼肉を食べる文化はこの国には無かったな。

 ここではもう恒例になってしまったれど。

「基本的にこっちのお皿は取った後、ここの網の上に置いて生活魔法で熱を通して下さい。タレは基本はこっちのタレです。

 こっちのお皿は主に生で食べるお肉で、タレはこっちのタレです。この薬味をちょっと溶くと辛いけれど美味しいです。

 あとこの山芋をすったぬるぬるは、このご飯の上に軽くかけて食べてみて下さい。何なら生で食べる方用のタレを少し加えてもいいです。

 ただこれはあくまでも基本ですので、タレも焼き方も好きなように工夫して下さい。自分が美味しければ正義です」

 そして夕食が始まる。

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