第106話 現実維持のコスト
「それでこの蒸気自動車についてはあの蒸気ボートと同じように、当分は設計も存在も公表しない予定です。殿下もそれで宜しいでしょうか」
途中、アキナ先輩がズバリと俺が気にしている事を口にする。
「ああ。今はそれが賢明な判断だと思うよ」
あっさりとホン・ド殿下は了承した。
「基本的にはこういった事項は考案者の意思を尊重するつもりだ。無論そうも言っていられない場合もあるかもしれない。その際は協力して貰うことになると思うけれどね。今はまだこの便利な乗り物が無くても大丈夫だ。あるともっと便利だなと思うのは確かだけれどさ」
彼はそう言って軽くため息をつく。
「僕自身はのんびりとやりたいように出来ればいいと思うのだけれどね。でも周りの状況がそれを許さない場合もある。
例えば西のスオー国がここ数年軍馬の改良に力を入れていて、既に我が国よりひとまわり大きく体力のある馬を繁殖しつつある。国の東は現在は小国の乱戦状態。だがおそらく10年程度後にはリョービ帝国が他の小国を併合してまとまる方向へと進むだろう。南のイーヨ国は現在は穏健派のアーキヤ・マが国王だが、次代のマーツオ・カシキ皇太子は好戦的な性格と聞く。
僕ら王家はこういった変数を常に考慮に入れなければならない訳だ。その為には当然自分の手元にある変数も色々把握しておかなければならない。殺伐とした現実だけれどね。王家の一員として投げ出す訳にもいかないしさ」
殿下が言っている事は俺達でも理解できる現実だった。
この世界での魔法や技術はそのまま国力に直結する。
そしてその国力を防衛するのは結局のところ軍事力だ。
幸いアストラム国そのものは気候も良く、資源にもそこそこ恵まれていてこの国だけで何とかやっていける環境にある。
でも他国がそうかと言うと決してそうでも無いわけだ。
そんな国に生まれた国民は貧しいまま我慢するべきだと言うべきだろうか。
豊かな国は生活水準が同等になるまで貧国へと援助をしろと強制すべきだろうか。
どんな力で強制すれば動くだろうか。
この世界にそんな答えは存在しない。
例えば南のイーヨ国。
ここはイングソック教による神権政治体制だ。
自由が無い暗黒国家と批判するのは簡単だろう。
でも国土の大半が作物が育たない乾燥地域で大河の氾濫原だけが農業可能なあの国では、そんな体制でないと国民を養えなかったのかもしれない。
自由もコストだから、きっと。
だから何処が悪いなんて絶対的な答えはない。
正義もまた相対的な存在。
自分にとって正しい事こそが正義なのだ、きっと。
「そんな訳で更に質問するよ。あの蒸気船はその気になれば同じ物を量産出来るらしいけれど、この馬無し馬車についてはどうなのかな」
「これについては難しいですね。一番ネックになるのはタイヤです」
俺は正直なところを答える。
「現在は
「その辺は本来の君の知識ではどうやって作っていたんだい」
「ゴムという材料がありました。それを硫黄と炭等で強化したものを材料に、同じように鋼の細線や布等をかぶせて作っていいました。でもこの国にはゴムという材料がありません」
「それはミタキ君の知識では何処で得られる可能性がある材料なんだ?」
「存在するとしたら南の異国です。この国より遙かに暑く雨が多い気候の国。そういった場所に育つ樹木の樹液を集めて加工すると、良く伸びて変形しやすいが、変形してもすぐ戻るという特殊な性質を持つ物質になります。ただ同じような性質の樹液が出る木がこの世界にも存在するかどうかはわかりません」
「なるほどね」
彼はうんうん頷く。
「つまりその辺を解決しないと、これより遙かに遅いか震動が酷いものしか作れない訳だ」
「そうなります」
「よくわかった。ありがとう」
殿下は大きく頷いた。
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