第104話 予期せぬ来訪者

 馬車ならまるまる一日かかる距離を、蒸気自動車は2時間程度で走ってしまう。

 幸い朝早く出たおかげで追い抜いた馬車は3台だけだったが、その代わり早く着きすぎてしまった。

 ここはウシーダ辺境伯領の中心地ドバーシ。

 買い出しをする予定だったのだが、現在はまだ朝9時前。

 市場もまだ開いていない。

 だいたいどこも9時半位からだしな。

 まずはアキナ先輩の先導で辺境伯別宅の馬車留めに蒸気自動車を停める。


「やっぱりボートより燃費はいいな。まだ石炭を2重12kgも使っていない」

「街中にそのまま来ることが出来るのも便利だよね」

 念の為に管理魔法をかけてから自動車を離れる。

「それではエビスさん、よろしくお願いしますね」

「はいかしこまりました、お嬢様」

 この屋敷は一応人が常駐して管理している。

 アキナ先輩の一家は基本的にはウージナで暮らしているが、祭りとかパーティを地元でやる際にはこの屋敷を使うらしい。

 でもそのためだけに管理人や使用人を常駐させているのも凄いよな。

 おかげで安心して自動車を置いていけるけれど。


「ここからゆっくり歩いたらちょうど市場の開場時間ですわ。それに市場はアージナにもありますし、ここでは見物程度でもいいかと思います」

「でも折角だからゆっくり回ろうよ。何か珍しいものもあるかもしれないしさ」

「そうだな。私もドバーシは初めてだし色々見てみたい」

「私もです」


 だいたいこの世界、旅行なんてそれほど一般的じゃない。

 馬車は遅いし船は日程が読めないし。

 よほどの貴族か金持ちの暇人でもない限り、旅行なんてのはあまりしないのだ。

 例外は聖地マツダス・タジアム詣でくらい。

 あれだけは一生に1回は行きたいという人が多いからな。

 その割に皆さん普段は宗教なにそれという感じだけれど。

「なら食品市場以外も一通り回ってみましょうか」

「そうしていただけると嬉しいです」

 そんな感じで歩き始める。


 ◇◇◇


 本日二度目の朝食も食べた。

 俺は米を見つけて2重12kg程購入。

 イーツクシマ産の水飴や寒天も売っていた。

「おお、うちの製品がここまで来ているんだ」

 シンハ君が何か感動している。

「相当に大量生産しているらしいよな。カーミヤでも売っていたし」

「あそこは全国からの集積地だからな。此処みたいに別の領地の普通の市場でも売っているのを見ると、何か嬉しくなる」

「他に競争になりそうな甘味も無いし、領地も隣接しているしね」

 料理に使いたいので勿論購入。


「流石にスキンケア用品までは此処に来ていないよな」

「あれがあるのははウージナとオマーチ、あとは北部のハツカイ・チーくらいですわ。一般用は未だにウージナだけで精一杯の様子ですし」

 そんな感じでのんびり市場見学兼買い物をしていた時だ。

 不意にアキナ先輩が顔をしかめた。

「別宅に私達宛のお客様がいらしたそうです。至急戻って欲しいとエビスさんから連絡が入りました」

 先程の屋敷の管理人さんだ。

 何だろう。


「アキナ先輩ならともかく、私達にはここに知り合いはいないと思うけれどな」

「私にもありませんわ。でもエビスさんが至急とおっしゃるからには、それなりの方がいらしていると思われます。普通でしたら相手の名前と用件も送ってくる筈ですので、何か不明な事情があるのかもしれません」

 相手の名前を送らない理由はいくつか考えられる。

 例えば相手が他から狙われる人物だったりとか他に知られたくない人物だとか。

 伝達魔法も保秘が完全に保たれているという保証は無い。

 魔法次第では傍受される可能性だってある訳だ。

 さて今回の場合相手の名前を送ってこない理由は何なのか。

 いずれにせよ対応はひとつだ。

「戻りましょう」

「そうですね」


 幸い屋敷からそれほど遠くない場所にいたようだ。

 6半時間10分も歩かないうちに見覚えのある屋敷へと戻った。

『戻りましたわ』

 アキナ先輩が伝達魔法でエビスさんに呼びかける。

『至急お入り下さい。客間でお客様がお待ちです。申し訳ございませんが直接客間においで下さるようお願い致します』

『わかりました』

 先輩もあえて相手の名前は訊かない。


「この屋敷は普段はエビスの他に使用人2人だけですわ。こちらに出てこないのは、恐らくそのお客様にかかりきりだからと思われます」

 つまりそれほど高位の客という事か。

 誰だろう、でも俺達は関係ないよな。

 そう思いながら先輩の後ろを歩いて行く。

 ある部屋の扉の前で使用人らしき人が1名立っていた。

 アキナ先輩の姿を確認すると軽く頷いて扉をノックし報告する。

「お嬢様がお帰りになりました」


 開けられた扉の中を見た瞬間、俺は全てを察した。

 確かにこの人なら全てにあてはまる。

 アキナ先輩やヨーコ先輩より高位。

 俺達全員の知り合い。

 そして何処にでも出没しそうな人。


 その答えは現在テーブルでお茶している。

 今日のお供はターカノさん1名だけの模様。

 そう、いたのはホン・ド第一王子殿下その人だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る