第99話 いつか使う日のために

 結局シモンさんと俺は、その日中に動く蒸気エンジンを作る事が出来なかった。

 やはりおぼろげな記憶ではうまくいかない。

 特にピストンバルブの辺りが難しい。

 何度目かの失敗の後、ミド・リーがやってきて

「もう遅いから寝なさい」

となったのでその日は打ち止めとした。


 そんな訳で翌日。

 食事が終わって皆さんが朝風呂に入っている時から作業開始。

「このバルブ弁のタイミング調整が難しいよね」

「あとはクランク軸の強度かな。ここが少しでもねじれると全てが止まる」

「難しいよね。両側の位置を高い精度であわせないと」

 そんなこんなで試行錯誤の末、何とか動く試作機が完成した。

 蒸気機関本体は大きい筒と小さい筒をつなげたような形。

 そこから棒が2本弾み車に伸びている。

 片方は動力用のピストンで、もう片方は弁を動かすロッドだ。

 なおボイラーや復水器は別体式。

 何度も何度も作り直すから共用できる処は共用できるようにした。

 実機を製作する時に組み合わせればそれでいい。


「あの蒸気タービンより何か生物的な動きだよね。一生懸命動いているような感じに見える」

「確かにそうだよな。回転速度もゆっくりだし」

 まだまだ付け加える部分は多い。

 例えば逆転器をつけるとか、軸受け部分にベアリングを使うとか。

 ただここまで出来ればそれほど難しい事でも無いだろう。

 

「次は車そのものの設計だよね。曲がる機構を作って、ショックを吸収するものも作って」

「ブレーキも忘れるなよ」

「そうだね」

 でもとりあえず最大の課題であるピストン式の蒸気機関が出来た。

 しかし俺はここでふとある事に気づく。

「これも公にしていいか微妙な物だよな。蒸気ボートの動力部と同じで」

 シモンさんもあっ、という顔をする。

「確かにそうだね。むしろこっちの方が性能的に使いやすい気もする」

 二人で顔を見合わせ、同時にため息をついた。

「折角出来たけれどお蔵入りかな」

「うーん。難しいよね」

 二人でもう一度ため息をつく。


「でもボートと同じで1台だけ作っておくのはどうかな。そうすれば気が付いた時に色々改良できるし、いざという時はすぐ使えるしね」

 確かにそうだな。

 蒸気ボートも既にあちこち改良してある。

 最初の頃よりかなり効率は良くなっているはずだ。

 それと同様、このタイプの蒸気機関も使い続けて改良していくべきかもしれない。

 いつか必要になった時、すぐに使えるように。


「そうだな。改良するなら使いながらの方がきっと上手くいくよな」

「そうだよね」

 実際いつか必要になる時が来るかはわからない。

 緊急に必要になるなんてのはどうせろくでもない時だろう。

 戦争とか災害とかそんな場合。

 ただ運が良ければ俺達の活動できる間に蒸気機関が発明されるかもしれない。

 そうしたら思い切りよくこれらの技術を公開してやればいいだろう。

 そういう日がくればいいなとふと思う。


 さて、それでは設計を続けるぞ。

「次は逆転機の追加だ。一度止めた後、吸排気のタイミングを変える事で運動方向を反対にする。これが使えれば自動車も自在に後退が出来るし、吸排気の制御も出来るわけだ」

 拡大した概念図を描いて説明する。

「ここの部分をてこ状にして、このてこの支点部分を……」

「ご飯よ!」

 俺達の相談はミド・リーの声で中断させられた。

「もうお昼よ。ご飯がてら一度休憩したら」

 もうそんな時間になっていたか。

「残念だな。いいところだったのに」


「そうだね……」

 更に二言か三言分、シモンさんの口が動いたような気がした。

「何か言ったか?」

 聞こえなかったので尋ねてみる。

 一瞬の間の後。

「ううん、何でも無い。上へ行こう」

 シモンさんのその言葉で俺達は上のリビングへ向かう。


 ◇◇◇


「このロースト鹿肉の燻製、美味しいな」

「燻製器があった。だからやってみた」

 フールイ先輩が作ったらしい。

 それ以外はゆで卵とサラダとスープとパンという食事。

 だが美味しい。

「温泉以外にやる事があまり無いしね。他にも色々仕込んでいる途中よ」

 なるほど、上にいた連中は料理で時間を潰していたか。

「参考までにどんな物があるか聞いていいか?」

「夕食のお楽しみ」

 そうですか、はい。


「ところで2人は何を作っていたのでしょうか?」

「馬無し馬車の動力部。まだまだ模型の段階だけれどね」

「それはあのボートと同じようなものですか?」

「同じように蒸気を使うけれど仕組みは大分違うかな。だから出来上がっても当分は秘密になる。ただ必要になる時もあるかもしれないから、それまでに実用になるように使いながら改良点を出していこう」


「スポンサーには秘密かな」

 ヨーコ先輩にそう訊かれる。

「こういう存在を作っている、というのは言ってもいいと思うんだ。蒸気ボートと同じでさ。ただそれ以上の話は基本的に無し。ただし災害や特別な事態が発生した場合等は技術提供を惜しまないという形で」


「そんな報告をすると物好きな王子がまた来るかもしれないぞ」

 誰の事かはすぐにわかる。

「いくらホン・ド殿下でもそう気軽には来ないでしょう。あの方の本来の拠点はオマーチですし」

 オマーチはアストラム国の首都だがウージナからは遠い。

 ウージナからカーミヤを通ってヌクシナまで往復するくらいの距離があるのだ。

 蒸気ボート位高速の乗り物でも無いと往復10日くらいはかかってしまう。


 しかし。

「ホン・ド殿下は側近に移動魔法使いを従えているという噂があります。それくらい神出鬼没な方なのです。ですからそんな物が完成したと耳にしたら遠からずやってくると思いますわ」

 アキナ先輩が苦笑いしながらそんな恐ろしい事を言う。

「本当ですか」

「あくまで噂ですわ」

「でも私もその噂、聞いた事があるな」

「俺もだ」

 貴族3人ともその噂を知っているのかよ。

 洒落にならない殿下だ、まったく。

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