第65話 知っていた
ふと思い出す。
アキナ先輩が言っていたな。
フールイ先輩は父親を蘇らせるために賢者の石を錬成しようとしていたと。
とすると今の俺の回答は残酷だったのだろうか。
でも、だとしたらどう答えればよかっただろう。
考えても考えても正しい答えが浮かばない。
ならばせめて何か気が軽くなるような台詞でも言えればいいのだけれど。
そう思った時だ。
「不思議だ」
小さな、抑揚のない声でそんな台詞が聞こえた。
「何が不思議なんですか」
思わずそう聞いてしまう。
「悲しくもないし驚いてもいない。死んだ人間は生き返らない。そうきっぱり否定されたのに」
先輩の声は相変わらず小さくて抑揚がない。
感情がわからない声だ。
俺はどう反応したらいいのかわからず、ただ黙っている。
しばらく沈黙の時間が続く。
フールイ先輩は何を考えているのだろうか。
何か声をかけた方がいいのだろうか。
でも何と言えばいいのだろうか。
そして。
「そうか、既に気づいていたのか。死んだ人間は生き返らない事に。だから悲しくない、きっと」
先輩はそう、つぶやくように言った。
ほんの少しの間の後、先輩は続ける。
「アキナ先輩に聞いたかもしれない。私が賢者の石を求めていたのは父を生き返らせるため。父は私が10歳の夏、いつも通り家を出て行って戻らなかった。入っていた山が崩れて行方不明と聞いた。それきり」
先輩の台詞は相変わらずつぶやくような口調。
俺に聞かせるというより自分自身に語りかけているという感じに聞こえた。
俺は黙って先輩の話を聞いている。
「家はバラバラになった。母は次第におかしくなり、そして私を遠ざけた。髪や顔が父に似ていると言って。だから私は髪を伸ばした。前髪で目線を隠したりもしてみた。目元が特に父に似ているらしいから。
結局私は家を出た。親戚の間を転々として、この学校の寮に落ち着いた。奨学金をとって研究院までの生活を確保した。だから今は問題ない」
悲惨な話をただただ淡々と先輩はつぶやき続ける。
「父を生き返らそうとしたのは、父の存在が幸せだった記憶に結びついているから。今思うときっとそう。でも本当はわかっていた。死人は生き返らない。過ぎた過去には戻れない。わかっていたけれど無視していた。目を背けていた」
そこで先輩は俺の方を見る。
「今はっきり気づいた。ありがとう」
この台詞だけははっきりと、間違いなく俺に向けて言ったとわかった。
「俺は出来ないと言って、後は黙って聞いていただけですよ」
実際俺は礼を言われるような事は何もしていない。
「でも出来るかもしれないなんて嘘は言わなかった。黙って話を聞いていてくれた。
それにこのことを認められるようになったのもミタキのおかげ」
「それこそ俺は何もしていませんよ」
先輩は首を横に振り、そして右手で軽く髪をかき上げる。
「例えばこの髪。短い時に父親に似ていると言われたので伸ばしていた。目が父親に似ているから髪で隠していた。でも髪はあのトリートメントで変わった。ブラシで髪自然に整った。思い切って髪型を変えたら世界が明るく見えた。
それにミタキが来てから色々楽しい。人と一緒に石鹸を作るのも楽しかった。旅行にも行った。美味しい物も食べた。
今は毎日が楽しみ。これもミタキのおかげ。
だからこそ今は素直に色々認められる。きっと」
「俺は自分勝手に色々やっているだけですよ」
「でも私は楽しい。皆も同じ。だからありがとう」
ここまで言われたらもう否定とか謙遜しない方がいいだろう。
「こちらこそそう言って貰えると嬉しいです。ありがとう」
だからありがとうで返す。
「お礼にミタキがして貰いたい事があったら何でも言って欲しい。出来る事なら何でもする」
おいちょっと待った先輩。
この2人きりの
さっきまでの会話にふさわしくない邪念が思い切り出てしまうぞ。
今の髪型の先輩は可愛いし綺麗だし体型はもう間違いなく魅力的だし。
この世界にゴムは無い。避妊は魔法で……って!
これ暴走するんじゃない俺の妄想!
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