第1話 ファントゥナの花
この白い花はファントゥナの花。
ここウージナ近辺の何処にでもある雑草だ。
でも俺の鑑定魔法はこう反応した。
『ここアストラム国ではファントゥナと呼ばれる多年草。地球上でのシロバナムシヨケギクと極めて近似した種で、胚珠部分にピレトリンを含む』
シロバナムシヨケギクって、要は除虫菊だよな。
そう思って気づく。
この世界には虫除けの薬というものは存在しない。
木の葉や枝を燻して煙で虫を追い払うなんてことはあるけれどそれ位だ。
蚊とかハエとかが少ない訳では決して無い。
ハエは虫取り瓶等で駆虫したりもするが蚊は不可能。
なので蚊が多い季節はカヤのような網の中で寝る事になる。
でもこれは結構不快だ。
風通しがとっても悪い。
しかも中に蚊が入られるともう大変。
ならばこの雑草扱いの花で除虫剤が作れるのではないか。
そう思ったら蚊取り線香なんて物が頭の中に思い浮かんだ。
かつての俺が調べたらしい製造方法も同時に思い浮かぶ。
これなら出来るかもしれない。
他に必要な材料も木の粉とかで集められないものは無い。
これを作れば売れるかもしれない。
ただでさえ温暖なこの国は蚊とかハエは多いのだ。
うちの商会で売って貰えばいい儲けになるだろう。
うまくいけば特色の無いうちの商会のスター商品になってくれるかもしれない。
そんな訳でファントゥナの花の群生地を調べたり、粘着剤になるタブノキの粉の代用になる木を探したりした。
でもそこでネックになったのが俺の体力。
前世ほどではないにしろ俺は体力が無い。
歩く休む食べる寝る、それ以外の運動をすると身体が拒絶反応を起こすのだ。
登山だの荷物運搬だのなんてとんでもない。
だがそんな俺にはちょうどいい相棒がいる。
貧乏子爵家の息子であるシンハ・クシーマ君だ。
こいつは自他共に認めるアホだがなかなかいい奴。
そして体力を売るほど持っている。
ついでに言うとクシーマ家は本当に貧乏らしく、昼飯も結構悲惨だったりする。
廃棄寸前の非常食用固パンとかさ。
一方うちは商家だから売り物にならない食糧とかはしょっちゅう出る。
餌付けじゃないけれどそんなパンとかペーストとかを奴と分けて食べたり、お互いテスト対策で勉強を教え合ったりしているうちに、何となく友情が目覚めてしまったのだ。
そんな訳で人間として正反対の性能ながらもよくつるんでいたりする。
体力面での不足は彼に頼る事にしよう。
いざとなれば奴は身体強化魔法も使えるしさ。
そんな訳で今日はファントゥナの花を採取しにやってきた訳だ。
「すまんが俺はちょっと疲れた。採取の方は宜しく頼む」
「無理するなよ。水でも飲んで休んでろ」
申し訳無いけれどそうさせて貰う。
何せこの丘に登ってくるだけで既に体力の限界だ。
それでも前世に比べれば大分ましだけれど。
そんな訳で俺が一服している間に、白い可憐な花はシンハの手によってむしられていく。
一面の白い花畑が一面のただの雑草畑になった。
そして彼の担ぐ麻袋はぎっしり重そうだ。
ちなみに袋は交易に使う特別製のもので頑丈で大きくて重い。
俺ならこの袋の中が空状態でも持って歩いたら間違いなくバテる。
「こんな物でいいか」
「ああ充分だ。ありがとう」
帰りは下り坂だから少しだけまし。
何とか辿り着いた俺の家、今は使っていない蔵の中にむしろを敷いて採ってきた花を広げる。
「これをどうするんだ」
「そこはまだ秘密だ。あとファントゥナの花を採取してきた事は他には秘密な。この花の価値がばれると大変だから」
「ああわかった。でもただの雑草だと思うけれどな」
そんな訳でシンハ君と別れる。
さて、この蔵には今広げた
○ ファントゥナの花
の他、
○ 粘液が多い木の枝と葉
○ 渦巻き状の溝を掘った木の板
○ かつて茶を入れるのにつかった茶箱
○ 石臼
○ ボウル(球の方じゃなく容物の方)
が置いてある。
これが俺の集めた蚊取り線香プロジェクトのアイテムだ。
今は4月後半だが、本格的な夏を迎える7月後半までには商品として大々的に売り出したい。
逆算すると1ヶ月以内に試作品を完成させないとならない訳か。
でも俺の前世の記憶が大丈夫、余裕だぞと告げている。
工程も全て頭に入っている。
まずは材料の花とか木の枝とか葉がカラカラに乾燥してからだけれども。
さらに言うとファントゥナの花が咲くのはこの時期が主。
季節外れに咲くことも無いとはいわないけれど。
だから今回、俺はシンハに頼んで採れるだけ採ってきた訳だ。
これだけあれば今年のシーズン分は足りるだろう。
そしてこれが売れはじめた後、他が作ろうと思っても材料の花は咲いていない。
はじめるにはちょうどいい季節だった訳だ。
あとはこいつらを乾かして、粉にして、混ぜて水で練って渦巻き状にして乾かして……
完成がとっても待ち遠しい。
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