第06話 喧嘩もしたよね いっぱい笑ったよね

 激痛ではあったが、とにかく魔道着が庇ってくれた。

 袈裟掛けにざっくり切られた肌が露出しており、また同じところを狙われたら一巻の終わりだ。

 でも、というかまだ死んでいない。

 戦えている。

 戦える。

 劣勢ではあったが。

 圧倒的なまでに、押されていたが。


 アインス、ツヴァイ、ドライ、黒服三人が振り回す白い光の剣を防ぐのがやっとの、どうしようもない状況。

 最初に会った時のシュヴァルツよりも、劣化コピーである彼女たち一人ひとりの方が強いのではないか。

 そうであれば、つまりシュヴァルツは現在もっと強大な力を手に入れているということになる。


 何故というのも、段々と分かってきた。

 最初は単にシュヴァルツが、至垂の時と同じようにヴァイスの存在を取り込んだからだろう、と思った。

 でも、どうやら違っていた。

 アインスたちと刃を合わせるたび、なにか思念というべきものが流れ込んで分かるのだ。


「シュヴァルツがヴァイスを取り込んでいるから、というよりも、むしろ……」


 激しい戦いの最中、カズミはふと独り言を発していた。


 その独り言が、予想もしない事態を呼んだ。

 不意にここにいない誰かの声が聞こえたのである。正確には、思念が声として頭の中に響いたのである。


 そこから先はいうな。


 という、誰かの声が。

 それは威嚇なのか、単なる不快の意思表示か。カズミはアインスたちを相手に劣勢を必死に防ぎながら、きょろきょろと見回し、そして叫んだ。


「てめえの思い通りには、させねえんだよ。!」


 ヴァイス、白い服を着た少女の名である。

 シュヴァルツに身を貫かれて、連れ去られた、少女の名である。

 現在アサキが助けようと追っている、少女の名である。


「よそ見とは愚かな」


 アインスの声と同時に、投げられた光の剣がカズミを貫いていた。一本ではない。ツヴァイからも、ドライからも。三方から三本の剣が。

 だが、そこにカズミはいなかった。くしゃり潰れて地に落ちたのは、魔道着の上に羽織っている袖なしコートだけだった。


 カズミはどこ?

 上であった。


「させねえって……」


 コートを脱いだカズミが、彼女たちの頭上から落下しながら、


「いってんだよ!」


 ツヴァイの頭部を蹴った。

 その反動で飛び、今度はアインスの胸を蹴り、


「ヴァイス!」


 着地し足を踏み込みながら、ここにいない白服の少女の名を叫びながら、ナイフでドライへと切り付けた。


 反撃は、ここまでだった。

 そもそも魔力を込めた一撃で頭を貫いても死ななかった相手である。

 奇襲だろうとも致命傷など与えられようはずもなく、その奇襲を凌がれてしまってはもう打つ手がなかった。


 アインスの右手から放たれた真っ白な光球が、カズミの身体を突き抜けた。

 細胞崩壊の激痛に、ぐ、と呻いた瞬間、ドライとツヴァイの白い光の剣が、カズミの胸から、背から、打ち下ろされる。


 青い魔道着を切り裂かれたカズミは、白目を剥いて膝を落とし、地に崩れた。


「他愛もない」

「まあ、無駄ではなかったが。微々たるものではあったが」

「では合流し、今度こそりようどうさきを……」


 黒服の三人は、倒れているカズミへと背を向け歩き始めた。


「合流して、アサキを、なんだって?」


 三人の背後に、カズミが立っていた。

 ズタズタに切り裂かれた青い魔道着から覗く胸や腹の切り傷から、じくじくと血を滲ませながら。


「てめえらが、シユヴアルツだかヴアイスだかに、自分から取り込まれてやってチンケなパワーアップをして、今度こそアサキを殺すってか?」


 がくり、カズミの膝が崩れ掛けるが、なんとかこらえ踏ん張って、ナイフを握り直した。


「もう理論上の計算値は上回っている。念には念を入れて、というだけのことだ」


 アインスが、静かな口調で答える。


 カズミは、小さなため息を吐くと、


「そうか」


 傷だらけの顔に微笑を浮かべた。


「はは、こりゃあ楽でいいや。……ここであたしがお前らを倒すことが、アサキを守ることになるんだから」


 その笑みの後、その言葉の後、場をしばらく支配したのは静寂であった。

 なにを返すことも出来ずに、三人は黙ってしまっていたのであるが、やがて、アインスがおもむろに口を開いた。


「わたしたちに感情があったならば、ここで大笑いしていたのだろうな」


 皮肉であろう。

 身のほど知らずに対しての。

 だが、カズミはそれを受けても、ただ笑みを深くするだけだった。ちょっと照れたような、笑みを。


「よせやい。あたし、お笑い芸人なんかじゃなく……アイドル歌手に、なりたかったんだぞ」


 この場において誰も予期し得ないことをカズミはいう。

 それだけでは、なかった。


「♪ ララ なにげなく過ごした ラララ きみと夏過ごした ♪」


 歌い始めたのである。ほしかわの、「きっとほしになって」を。


「♪喧嘩もしたよね いっぱい笑ったよね 短い青春なんかじゃなかったんだよ ♪」


 歌いながら、カズミはみんなのことを思い出していた。


 おおとりせいへいなる

 よろずのぶら、第二中の死んでいった仲間たち。

 仮想世界の中で、いまも生きているであろう仲間たち。

 ぐろさと先生や、しましよう

 兄貴と、弟。たった二人だけの肉親。


 歌いながら、笑顔を輝かせながら、カズミはみんなのことを思い浮かべていた。


 疑似人格の生体ロボットなおかつそのコピー、といえどもさすがにこのカズミの態度には面食らったようで、黒服の三人は呆気にとられていた。

 といっても、ほんの数秒であったが。

 あらたな白い光の剣を作り出して、それぞれ右手に強く握ると、楽しげに歌っているカズミへと一斉に飛び掛かった。


 カズミはようやく歌うのをやめて、後ろへと飛のいた。

 もう、笑みは消えている。

 そして、拳をぎゅっと握り、真顔でいう。


「アサキ! お前の力、使わせてもらうぞ!」


 青い魔道着を着た身体が、真っ白に輝いた。

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