第02話 殴られれば痛いんだ。悲しければ悲しいんだ
「無事だったのは、結界に触れたのが
淡々と説明するヴァイスの声に、アサキは、真上を向いていた顔を下ろした。まだ涙ボロボロ、えっくひっくとしゃくり上げながら、ヴァイスの顔を見て口を開く。
「わた、わたしには、
知った者が生きているという歓喜に、泣きじゃくっていたアサキであったが、インターバルを挟むと再び天を見上げて、今度は悲しげな大声で泣き喚き始めた。
わんわんと大声で、文字通りの号泣である。
心から辛く悲しい気持ちが込み上げていたからだ。
仮想世界を現実と信じ、生きている者の生を喜ぶほどに、殺された義理の両親のことが、より以上に現実であると認識されて、思い知らされて、どうしようもなく悲しい気持ちになってしまっていたのだ。
なお号泣を続けるアサキであるが、
「……聞こえとるの? フミ、フミ! ねえ、お姉ちゃんの声、聞こえとる? フミ!」
不審げな治奈の大声に、はっと我に返っていた。
必死に叫び、妹を呼び続ける友の姿。その態度の理由に、すぐに気が付いた。妹の、史奈の声が、聞こえなくなっていたのだ。
「フミ! フミ! 聞こえておるなら返事をして!」
いくら治奈が大声で呼び掛けようとも、もう彼女たちの頭の中に史奈の声が届くことはなかった。
それどころか、ガジャアと不快な雑音さえ聞こえてきたので、彼女たちは素子反応を拾おうとする意識のスイッチを切った。
戻るは静寂。この人工惑星に空気はなく、本来の音という意味ではもとから静かであったが。
「うちの声も、ちゃんとフミに届いのたじゃろか」
治奈は泣き出しそうな顔で、白い衣装の少女ヴァイスの顔を見る。
たったいままで会話をしていたばかりだというのに。自分の脳内だけのことではないか、などと不安なのだろう。
「届きましたよ。といっても、妹さんはおそらく夢の中でしょうけど。……治奈さんは、妹さんにとても愛されていたんですね」
「何故? あ、いや、絆は最強じゃよ、うちの家族は」
声が届いたことが、愛されていることとどう関係するのかを、問おうとしたのだろう。
でも、言葉の裏にちょっと不快な要素を感じ、はぐらかしたのだ。
「こちら側にとっては、ただの素子反応ですが、向こうの世界では夢の中や、深層心理といった無意識下でのみ、現実世界と接触することが出来るのです。正夢とか、神託が、とか、そういった具合にね。そうした世界観の設定ではあるため、基本は片方向。会話など双方向の通信をするためは、向こう側に、ある程度の強い思いが必要なのです。思いの強さといっても、量子配列に基づく疑似感情への方向性の作用であり、そういう意味では本人の資質や努力とはまったく異なるものですが」
「難しいな。思う気持ちが強い、というところだけ受け取っておくけえね。……そがいなことよりも、その『設定』ってい……」
「その『設定』とか『疑似』とかいうの、やめてくれないかな」
治奈の言葉に被さったのは、アサキの声。おそらく同じことをいおうとしたのだろう。
大きくはないが、明らかな怒気を孕んだ、震える声だった。
「わたしたちは、わたしたちの現実を必死に生きてきたんだ。
一呼吸、アサキは続ける。
「この気持ちが、偽物なはずがない! だって、そうでしょ? わたしたちがそう思うというだけでなく、実際に、本物の世界を、作ったんでしょ? 痛みを感じる、身体や、心を、作ったんでしょ? 怖いものを怖いと感じる、心を作ったんでしょ? なら、生きているんだよ。……殴られれば痛いんだ。悲しい目にあえば涙が出るんだ。辛い思いなんか、したくないんだよ。悲しい思いなんか、したくないんだよ。人を信じて、繋がって、笑って、恋愛して、普通に、生きたいんだ! 生きてきたんだ! 偽物なんかじゃない!」
声を裏返し、叫んでいた。
知らず熱く語ってしまい、はあはあ息を切らせながらアサキは、驚きにはっと目を見開いた。我に返った途端に、気持ち萎んで弱気な表情。おずおずと申し訳なさそうな上目遣いで、ヴァイスの顔を見た。
「ごめん」
小さく頭を下げると、赤毛がふさり揺れた。
「ヴァイスちゃんにいっても、仕方のないことなのに」
「いえ、こちらこそ謝ります。……わたしは、これまでたくさんの仮想世界を見てきた。でも、わたし自身は、ずっとこんなところにいるから……現実にたくさんの人に囲まれて生きたことなんてないから、あなたたちがどれだけ必死な気持ちであるのかを、本心から理解することは出来ないんだ。本当に、ごめんなさい」
ブロンド髪の少女も、小さく頭を下げた。
「あ、いや、その、いいんだよ。謝らないで。わたしの方こそ、自分の立場からだけでものをいってた。ヴァイスちゃんにも色々とあることを、全然考えもせずに。ごめんね」
そういうと、ようやくアサキは笑みを浮かべた。
激しく泣いた後であり、まだ目が真っ赤に腫れているため、ちょっと変な感じであったが。
「仲直りが出来たのは、まあいいんだけどよ。でも、なにをすりゃあいいんだろうな。あたしたち。この、世界で」
カズミが腕を組んで、ぼそり呟いた。
と、その瞬間、身体が浮き上がっていた。
巨人の手に襟首を摘まれて引っ張られるかのように、突然、垂直に、浮上していた。
カズミだけでなく、四人全員の身体が。
「そろそろ戻りましょう」
白い衣装の少女ヴァイスが、手の中にある小さな機器のスイッチを押したのである。
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