第07話 黒い魔法使い一人と

「お、おい、どこ、行っちまったんだよ、アサキは」


 カズミは、あたりをきょろきょろ、アサキの消えた壁へと近付いて、手のひらで叩いた。


「別に、次元を越えたとかじゃなく、隣の部屋に移動しただけだよ。誰にも邪魔されないためにな。……好きなんだよ、さいとうは、あの部屋で戦うのが」


 楽しそうに説明しているのは、黒に青ラインの入った、スカートタイプの魔道着、やすながやすである。


 なお、斉藤というのはさいとう

 アサキと共に壁の向こうに姿を消した、白スカートの魔法使いである。


「そこで斉藤は令堂和咲を殺し、ここであたしはお前ら全員を殺し、それぞれが、あたしらこそが最強の二人であることを、証明するってわけだ」


 手の指を組み、こきぱきと鳴らすと、唇の片端を釣り上げた。


「はあ?」


 カズミは、手を翳した自分の片耳を、黒スカートの魔法使い、康永保江へと向けた。


「耳遠くなったのかなあ。誰が最強で、誰を殺すってえ?」


 強気で、気怠そうな、カズミの笑み。

 不安や恐怖も当然ありつつ、それ以上に、見くびられていることが我慢ならないのだろう。


 黒スカート、康永保江は、親指を立ててカズミへと向ける。

 その親指を、今度は自分の首に当て、ぴっ、とかっ切る仕草を取った。


「殺ってみやがれ! あんまり舐めんなあ!」


 二本のナイフを取り出し構えたカズミは、怒気満面、身体を飛び込ませた。

 にやり笑みを浮かべている、黒スカートの魔法使い、康永保江へと。


 右のナイフを振り、左を振り、それは風を起こし、空気を切り裂いた。

 目にも止まらぬ早業である。


 だが、ただ風を起こし空気を切り裂いただけであった。

 攻撃が楽々見切られ、かすりもしないのである。


 残像を残しつつかわした黒スカートの魔法使い、康永保江は、回り込んでカズミの側面から足を蹴り上げて、強引に空中へと浮かせた。

 浮かせたその足を掴み、円弧を描いて床へと叩き付けた。


 ぐあっ、

 遠心力で床へ落とされた、カズミの呻き声。


 黒スカートの魔法使いは、まだ足を掴んだまま。

 ぶん、ぶん、

 とカズミの身体をハンマー投げの要領で振り回すと、壁へと勢いよく放り投げた。


 ぐじゃり、

 壁に激突して、肉の潰れる不快な音。


 カズミの身体が、ではない。


「治奈!」


 驚いて叫んだのは、カズミである。


 そしてカズミを抱きかかえ、壁との間で潰れているのは、治奈であった。

 投げられたカズミが壁に打ち付けられる寸前、治奈が間に入り、受け止め、代わって自らがその勢いにぐしゃりと潰されたのである。


 カズミを下ろした治奈は、がくり膝を着いた。


「思い切り、全身を打ったけえね」


 ぐっ、と呻き、顔をしかめると、後頭部をおさえ、さすった。


「助かったよ、治奈。つうか無茶すんな。酷い目にあったフミちゃんを、誰が抱き締めてやるんだよ」


 苦笑しながらカズミは、腰を少し落とす。

 二本のナイフを、構え直した。

 そして、黒スカートの魔法使い、康永保江を、ぎろり睨んだ。

 むしろ心地よさげ、

 という反応、表情に、睨み付ける顔がさらに険しくなった。


 ぎりり、歯を軋らせる。


「確かにこの女、信じられないくらい強い。……プライドがとか、そんなんどうでもいい。みんなで、同時に攻めっぞ」

「最初からそうすべきでしょ」


 万延子は苦笑しながら、カズミの横に立った。

 両手の木刀を、正眼に構える。

 薄青色のスカートと木刀、そしておでこに掛けた青白ストライプの巨大メガネが、なんともアンマッチであるが、まるで気にせず、真剣な表情である。


 銀黒の髪と魔道着の嘉嶋祥子も、小さく頷くと、二人と肩を並べた。

 トレードマークともいえる、柄のない巨大戦斧を、構え直した。


 床を蹴っていた。

 カズミ、祥子、延子の三人が。

 全員、まったく同じタイミングで。

 誰が合図をしたわけでもないのに。

 ぴったり揃った呼吸であった。


 だが、次の瞬間には、床に張っていた。

 三人も、床に打ち付けられて、苦悶の表情でのたうち回っていた。


 別段、特殊なことが起きたわけでもない。


 まず、康永保江が、自ら一歩を詰めて、延子の握る木刀を、側面から蹴った。

 それにより、ぐんと曲がった木刀の先端が、蹴りの力をもって、カズミの腹部へとめり込んだ。

 康永保江の、木刀への蹴り足は、そのまま反発を利用して、万延子の顎へと後ろ回し蹴り。

 斜め上へと、顔を首からねじ切るような凄まじい打撃にのけぞった延子の、腹を蹴り飛ばす。

 蹴られた延子の身体が飛んで、祥子へとぶつかった。

 祥子が混乱しながらもらぐっと力を入れて堪えようとしたところ、黒スカートの魔法使いは、上から頭を押さえ付けて、足払いしつつ床に顔面を叩き付けた。髪の毛掴んで少し起こすと、また叩き付けた。


 と、ただそれだけである。

 それだけであるが、あまりにも速く、あまりにも力強かった。


 いまの、一瞬の早業により、倒れている三人。

 先ほど、カズミを庇って身体を打ち付け、まだうずくまっている治奈。


 四人の魔法使いを、見下ろしながら、


「お前ら、いくらなんでも……弱過ぎねえか?」


 黒スカートの魔法使い、康永保江は、ちょっとつまらなそうに、頭を掻いた。

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