第09話 万延子 vs ヴァイスタ

 異様な光景である。

 一教師の暮らす低層マンションの一室で、粘液に包まれた白く巨大な怪物と、木刀を握った一人の少女とが、相対しているのだから。


 少女は、我孫子第二中の魔法使い、よろずのぶである。

 身を覆うのは、上下ともが水色の魔道着。


 現在、魔道着のデザインは多種多様で、ある程度は自分の好みで選ぶことが出来る。だが機能性を考えると、だいたい似たり寄ったりになる。多いのが、下半身はスパッツで、靴は軽量スニーカーだ。


 ところが彼女、万延子が着ているのは、上こそは最近主流のぴっちり型だが、下はふりふりの付いたスカートである。

 バトン片手に、夢と希望のハッピーパワーで、相手の闇を浄化して戦う、そんなアニメチックな魔法使いの出で立ちといえばよ良いだろうか。


 これは、我孫子第二中の、部隊創設時からの特徴だ。軽そうな外見や言動とは裏腹に、個々の戦闘能力が抜群に高いため、東葛地区の魔法使いを語るに必ず名の挙がる中学校である。

 ただ、最近はもっぱら、非詠唱とザーヴェラー殺しのりようどうさきがいる我孫子第三中が、話題独占中であるが。


 話が横に、それにそれてしまった。

 マンションの一室にヴァイスタがいることが異様なのに、なおかつ、相対する魔法使いの姿がメルヘンチック過ぎて、異様により拍車をかけているということだ。


 そのメルヘンチックな魔法使い、格好が色々とちぐはぐだ。

 まずはその、スカート型の魔道着。

 そして、おでこに掛けた、青白ストライプのオシャレ巨大メガネ。

 さらには、手にした武器。

 木刀である。

 柄もグリップもない、土産物屋に売っているようなシンプルな木刀を、正眼に構えている。


 背景、構図、服装、仕草、これらに違和感を覚えずに、なにに覚えろというのか。


 我孫子第二中は、言動のチャラチャラ感とは反対に実質重視で、洋剣など金属製武器を使用しているのだが、延子一人だけが木製武器。繊維のある物質の方が気を流しやすい、という理由で、彼女なりの実質重視だ。

 頼りなくも見えてしまうが、実際この木刀で彼女は、さすがは東葛地区を代表する戦闘部隊のリーダー、といった活躍を見せるのである。


 といっても、現在のところは、その実力を十分の一も発揮出来ていなかったが。


 生身で武器も持っていない令堂和咲と昭刃和美を、背後に庇いながらであるため、全力で戦えないのだ。

 それだけでなく、長い木刀を存分に振るうには、部屋が狭すぎるというのも理由であろう。

 初めに少し、コツンとつつき合ったきり、白い巨人とは牽制しあう感じに膠着してしまっていた。


 だが、そのじりじり削り合う雰囲気に、守られているカズミが切れた。


「ああもう、イライラすんなあ。……だったら、あたしが隙を作ってやらあ!」


 カズミが奮起、叫ぶが早いか床を蹴るが早いか、前へ躍り出てヴァイスタへと飛び込んだのである。


「キバちゃん! 無茶はやめ……」


 延子の制止も間に合わず。

 待ち構えていたわけではないだろうが、飛び込んできた獲物へと、ヴァイスタは、白く長く巨大な腕を、二本束ねて叩き下ろした。


 かわしていた。

 予期していたのか、単なる野生の勘か、カズミは、横へ小さくステップ踏んで、かわしていた。

 そして、白く太い足の、間へと、身を小さく床を前転し、巨体の背後へと回り込んだのである。


 回り込んだ、とはいえ、カズミは武器も魔道着もない生身である。

 ヴァイスタとしては、無視しても問題はなかったのではないか。

 いや、無視すべきだったのである。


 カズミの仕掛けたアクションに、ヴァイスタは身体を半身にして、後ろを振り返ろうとした。

 正面への警戒も、怠ってはいないのかも知れないが、僅かながらの隙が生じたのは事実。

 その僅かな隙だけで、第二中魔法使いのリーダーには充分だったのである。


「はあああああああ」


 腹の底から、低い声が絞り出されている。

 木刀を両手に握りしめたまま、気を高めているのである。

 体内で、魔力を練り上げているのである。


 延子の全身が、青白く光った。

 次の瞬間には、その輝きが腕へと集まって、握る木刀へと染み込んでいく。根本から先端へと、きらきら粒子が進み、伸びて、青白い輝きに覆われていく。


 エンチャント、つまり魔力による武器性能強化だ。


 通常は、手のひらにエネルギーを集めた後、武器へと密接させた手を滑らせて、全体へと魔力を送り込む。照射したところが一番エネルギーを帯びるので、均一に強化させるためだ。

 ところが延子の場合、武器の根本を握ったままで、あっという間に全体を強化させてしまった。これは前述した通り、木刀が気の伝導効率に優れた素材だからだ。延子が得物として選ぶ理由だ。


 一瞬にしてエンチャントを完了させた延子は、軽く膝を曲げて床を蹴ると、スカート姿の可愛らしい魔道着を、豪快に、ヴァイスタへと飛び込ませた。


「おおおおおおおおお!」


 飛び込みながら、雄叫び張り上げながら、岩をも微塵に砕く勢いで、太く長い木刀を、突き出していた。

 微塵の躊躇もない、激しい突き。くちゃり、と熟したトマトを踏み潰すような音と共に、先端が、突き刺っていた。

 白く、ぬるぬるとした、巨大な腹部へ、深々と。

 背中へと、突き抜けた。


 ヴァイスタの、動きが止まっていた。

 軽微な振動すらもなく、写真よりも静かに、ぴたりと、静止していた。

 エンチャントで強化した、木刀の一突きが、真っ白な怪物に致命傷を与えたのである。


 ぶちゅりくちゅり、グロテスクな音を立て、延子は木刀を引き抜いた。


「いやあ、助かったよお、キバちゃん。魔道着も着てないのに、勇気あるねえ」


 額の汗を袖で拭うと、部屋の隅に、まだ転がり倒れているカズミへと手を差し出した。


「魔道着がないんだから、あとは勇気しかねえだろ」


 カズミは、差し出された手をパシリ弾いた。

 かと思うと、返した手でしっかり掴んだ。


「ごもっとも」


 延子は、華奢でふりふりスカート、アイドル魔法少女みたいな見た目を裏切る力強さで、カズミの身体を引き起した。

 もう一方の手を、致命傷を与えたばかりのヴァイスタの腰へと当てると、


「イヒベルデベシュテレン」


 昇天の呪文を唱え始めた。


 と、その時である。


「うわああ!」  


 部屋のドア近くに立っていたアサキが、驚きに悲鳴を上げたのは。


 近くに待機していた集団なかまなのか、魔力を食らおうとふらふら吸い寄せられたのか分からないが、破壊されている玄関から、あらたに一体のヴァイスタが入ってきたのだ。


「ま、まだっ、外にいました!」


 アサキは、部屋の奥にいる延子たちに知らせ叫ぶ、

 と同時に、さっと身を低く屈めた。

 屈めた瞬間、寸前まで顔のあった空間を、ぶんっ、と白く太い物が突き抜けていた。


 ヴァイスタの、腕であった。

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