第08話 謎の襲撃者たち

 制服姿の女子生徒が、通学カバンを提げバックを肩に掛け、夜道を歩いている。


 りようどうさきである。


 ここ最近、彼女はいつも一人で下校している。

 剣道部の練習に、混ぜて貰っているためだ。練習時間後も、一人または部長のしらはなと一緒に、素振りなどをしているためだ。


 あきらはるとは、仲良くなってから共に登下校する仲であったが、最近は登校のみ一緒だ。


 治奈は冗談交じりに、寂しがっているような態度を見せるが、それは本心を隠しているだけで、本当は修行に付き合いたいのだろう。アサキのためにも、自分のためにも。

 実際は、お店の手伝いを理由に自宅待機を買って出て、すぐに下校してしまうのだが、それはおそらく、家族との時間を大切にしたいがため。

 おおとりせいの一件により、そうした気持ちが強くなったのだ。

 身近な人を守りたい、そばにいたい、戻らぬ日々を少しでも一緒に過ごしたい、という気持ちが。


 と、本人からはっきりそう聞いたわけではないが。

 でも、一緒にいれば、それくらい分かる。


「わたしと違って、本当の家族だからな。治奈ちゃんは」


 とはいえ、自分も負けていないけど。

 家族を思う気持ちは。

 しゆういちくん、すぐさん。義理の両親ではあるけれど、本当の家族以上に大切に思っている。


 でも、本当の家族以上もなにも……


「虐待、されていたのだっけ。わたしは……」


 その、本当の家族に。

 あんまり記憶にはないけれど。


 断片的、イメージ的なものは、かなり鮮烈に覚えているのだが、具体的な記憶がない。いつどこで、どうされたのか。

 刺される痛み、切られる痛み、殴られる痛み、お湯の熱さ、氷の冷たさ、呼吸の出来ない苦しさ、眠いのに眠れない辛さ、そうした恐怖や苦痛という感覚を、しっかり覚えているというだけで。


 きっと無意識に、本能がわたし自身を守っているのだろう。

 心が崩壊しないように。


 いつか強くなれたら、はっきり思い出しちゃうのかな。

 嫌だけど、強くなれているのなら耐えられるのかな。


 強くなれるのかな。

 こんな、わたしみたいな、なんでもないことですぐに泣いちゃうような、弱い女の子が。


 でも……

 明日からしばらくは、治奈ちゃんと帰ろうかな。


 剣道部のみんなも、いい加減迷惑に思っているだろうし。

 部員でもないのに、毎日のように押し掛けて。

 それだけでなく、ヴァイスタ警戒のための自宅待機を、ずっと他のみんなに押し付けちゃっているし。


 剣の練習なら、家でも出来ないことないだろうし、別にただの筋トレだっていいんだから。


 これまで付き合ってくれただけでも、剣道部員のみんなには感謝しきれない。

 特に、しらはな部長。

 遅くまで、一緒に残ってくれて。


 一昨日だったか、「筋はよくないのに、どうしてこんなに強くなった?」などと、ちょっと複雑な褒め方をしてくれたっけ。


 わたし、別に強くなったなんて思っていない。

 強くならなきゃ、っていう真剣な気持ちや焦りがあるだけ。

 でも、褒めてくれている以上は、なにかしら得るものもあったのだろう。

 そこだけは、自信を持っておこう。


 さて、そうなると、明日からはまた、治奈ちゃんと一緒に登校下校か。


 なりふり構わずもっと強くならないと、という焦りとは別に、ほっとする嬉しい気持ちが胸の中にある。

 ちょっとだけ、これまで過ごしてきた日常に戻れるようで。


 以前のように、バカバカしいことで大はしゃぎして笑い合っていた、そんな関係に戻れるのは、しばらく難しいだろうけど。


 少しずつ、頑張っていこう。

 それが正香ちゃんのためになり、成葉ちゃんのためになる。そう信じて。


 ああ、そうだ。

 名案、ってほどでもないけれど……

 治奈ちゃんのお店に、食べに行きたいな。

 広島風の、お好み焼き。

 ウメちゃんの歓迎会の際に、ご馳走になったきりで、まだ一度もお客さんとして行ったことなかったから。


 いきなりお店に行ったら、治奈ちゃんびっくりするかなあ。

 よし、帰ったらさっそくすぐさんに相談しよう。

 楽しみだな。


 そんな些細なことに、知らず微笑を浮かべていたアサキであるが、その笑顔は長くは続かなかった。

 いぶかしげな表情へと、変化していた。


 す、と左右に素早く視線を走らせる。


 気のせい、だろうか。

 空気の流れが、変わった気がしたのだが。


 いや、

 気のせいでは、なかった。

 夜気に混じって、うっすらと靄が掛かり始めていた。


 しかも、その靄は、秒単位で分かるほどに、どんどん濃くなっている。

 自然のものとは、とても考えられない。


 十秒足らずの間に、すっかり濃い霧に包まれていた。

 周囲を、まったく見通すことが出来ないほどに、なっていた。


 二、三……四人、か。


 アサキは、気配から人数を数えていた。

 そう、はっきりとした気配を、アサキは捉えていたのである。


 もう隠れる必要もない、と気配を殺すことをやめたためか、それとも単に、アサキの感覚が成長に研ぎ澄まされてきているからか。


 殺意か敵意か、単なる警戒心や嫌悪感であるか、そこまでは分からないが、とにかくそんな負のオーラをまとった、四つの気配。


 不安になりながらも、さらに気を探ろうとしているうちに、濃い霧状の空間に、うっすらと人影が浮かび上がっていた。


 それは、女性であった。

 魔道着を着た。


 正面に一人。

 左右にも、それぞれ一人ずつ。

 後ろにも、振り返るまでもないほどの、強烈な気配を感じる。


 囲まれていた。

 アサキは、魔道着を着た四人の魔法使いに、囲まれていた。


「なんの、用ですか」


 警戒心を隠さず、しかし丁寧な口調で尋ねる。

 いくら敵意を感じようとも、それだけでこちらから戦闘態勢に入るわけにもいかない。

 いずれにせよ、乱暴な言葉遣いなどしたこともないから、どうであれ咄嗟に敵対的な言葉が出てくることもなかっただろうが。


「わたしに、なにか用ですか」


 後方にまで注意を走らせながら、アサキは再び問うが、四人の魔法使いたちは、黙って立っているだけである。


 いや、

 返答が、あった。

 言葉ではなく、行動による返答が。


 右側にいた一人が、強く踏み込むと同時に、手にした薙刀をアサキの身体へと突き刺したのである。


 だが、胸を貫かれたかに見えたのは、深い霧の見せた幻か。

 アサキの身体は、既にそこにはなかった。

 間一髪、カバンを投げ捨て横に転がって、攻撃をかわしたのである。


「変身!」


 転がる勢いを利用して立ち上がると、スカートの乱れも気にせず、両手を頭上に掲げ、左腕に着けているリストフォン、魔法力制御システムであるクラフトの、側面にあるスイッチを押した。


 闇も霧も吹き飛ばしそうなほど、全身が眩く輝いた。

 かと思うと、既に制服姿の少女はおらず、そこには赤い魔道着を着たアサキが、右手に剣を構えて立っていた。

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