第06話 守りたいなら強くなれ

 座ったはいいが、偉い人と一対一で向かい合って、なんとも気持ち窮屈。ではあったが、やがて、少し躊躇いながらも、彼女の方から話を切り出した。

 まだ心は全然落ち着いていなかったけど。


「あ、あの、どうしてこちらへ?」

「質問を返すようで失礼だが、みちおうって、知ってるよね?」

「え……」


 急にその名前が出たことに、アサキはびくりと肩を震わせた。


 当然、知っているに決まっている。

 共に戦う仲間なのだから。

 リヒト所属の魔法使いであることも、本人から聞いて知っている。

 でも、知っていることは内緒のはず。

 彼女がリヒトのメンバーであると自白したことは、我々だけが知っている秘密のはずだ。


 まさか、カズミちゃんが……


「ああ、彼女本人から謝罪の報告を受けたんだ」


 顔色から、事情を読み取ったようで、だれとくゆうはさわやかな表情で答えた。


「そう、だったんですか」


 ……カズミちゃん、ごめん。

 友を疑ってしまったこと、アサキは胸の中で謝った。


「うん。ならば隠すこともなく、君たちの前に出ていってもよかったんだけど、とはいえ本来ならば、君たちはそれを知らないはずだろう? だから、メンシュヴェルトの葬儀の際には、わたしは必ず一般参列なんだけど、今回もそれを崩せなかったんだ」

「すみません」


 知らないはずの情報を知っていること、アサキ自身に罪はないはずであるが、このようにいわれてしまうと、とりあえず謝るしかない。


「いや、うちの慶賀が勝手に喋ってしまっただけだから」


 うちの、慶賀。

 魔法使いとして、ヴァイスタと戦う仲間であることに、変わりはないというのに、あらためてそういわれると、距離を感じて、少し寂しい気持ちになってしまう。


 今は、そんなことよりも……


だれさん、慶賀さんは、その件で罰せられたりするんですか?」

「いや。戦う仲間として情が沸くのも当然だし、特に罰するとか、そういうことはしないよ。厳重注意はしたけどね」


 その答えにアサキは文字通り、ほっ、と胸を撫で下ろしていた。


「安心しました。慶賀さんは、大鳥さんのことを助けたくて、でも誰に相談も出来なくて、かなり苦しんだと思うので」

「そうなんだ。時間があれば、彼女のことも直接会って元気付けたいところだけど、まあ大阪本部の定例会でも会えるから。……だから、今日はなによりも、君に会っておきたかったんだ」


 そういうと至垂徳柳は、そこそこ整った顔に、ニヤリと野生的な笑みを浮かべた。


「さっきから気になっているのですが、何故わたしなんですか?」


 この学校の魔法使いに会ってどうするのか、それは分からないけれど、順番としては、治奈ちゃんや、カズミちゃんからではないのか。普通に考えて、若輩のわたしなんかよりも。


「一人で、ザーヴェラーを、一撃で倒したとか」


 至垂徳柳は、チャンバラごっこみたいに、両手に構えた透明な刀をざっと振り下ろしてみせた。


「い、いえ、そんな……一撃、なんかじゃないですし、それに、みんなが命がけで戦ってダメージを与えてくれていたから、出来たことです。運がよかっただけです」


 そう。

 謙遜じゃなく、事実。

 みんながいたから、なんとか倒せたんだ。

 成葉ちゃんや、正香ちゃんが……

 頑張ってくれて……

 でも……

 もう……


 アサキの顔が、どんどん暗くなっていく。


「亡くなった二人のことを、考えていたでしょう?」


 からかう風でもなく、ただ単に思ったから口に出したという感じに、至垂徳柳が尋ねる。

 野太い声なのに、ちょっと女性っぽくもある、妙に艶のある声で。


「はい」


 別に隠す必要もない。

 アサキはきっぱりと返事をし、頷いた。


「優しいんだね。いいことだ」

「ありがとうございます」


 褒められた気はしないし、自分のことをそうだと思ってもいないが、褒められた以上は形だけでも礼をいうしかない。


「でも優しいだけじゃ駄目だな」


 落としはすぐにきた。


「分かってはいます。それに、わたし自分のことを特に優しいとは思っていません。単に気が弱いだけです」

「気が弱かったら、一人でザーヴェラーなんか倒せない」


 だから一人で倒したわけじゃない。


 わざわざ、声には出さなかったが。

 そんなアサキの心の声など聞こえるはずもなく、リヒトの代表は言葉を続ける。


「もしも興味があるなら、一度リヒトにきてみなさいよ」

「リヒトへ、ですか?」

「東京と大阪に二つ拠点があるだけの小さな組織だけど、だからこそ東京なんかは、支部と研究所と訓練場が同じ場所にあって便利だから。研究棟には、メンシュヴェルトの職員もたくさん入っているよ」

「そうなんですか?」

「合同出資の開発施設だけど、リヒトの敷地内にあるんだ。面白い武器や防具、実験なんかも見られるよ。訓練場だけでもいいし、時間あれば遊びにくるといいよ」

「はい。機会があれば、是非お願いします」


 アサキは、小さく頭を下げた。

 興味はないが、角を立てる必要もない。


「守りたいなら、強くならないとね。色々なこと、知っておかないと。それが覚悟にも繋がる」

「強くならなければということは、常々痛感しています。わたし、泣き虫で、おっかなびっくりで、みんなの足を引っ張ってばかり。役に立たなきゃ、とは思っているんですが、なんの役にも立てていない」

「いいんだよ。泣き虫でも、おっかなびっくりでも。そこから生まれる強さもある。なにをもって強いとするかは、人によって考えは異なるし、なにが強さの源になるか、つまりモチベーションも人によって異なるものだ。たぶん君は、心の奥にはしっかりとした答えがあって、だから一人でザーヴェラーも倒せた。別に魔力が成長したから、ではない」

「そうでしょうか」


 反論したかったわけでもないし、同調したいわけでもない。

 ただ言葉が出ただけだ。

 そうですねでも、別によかった。


 至垂徳柳は、アサキの言葉に額面反応して、言葉を返した。


「分からない。強さなんてものは、曖昧だからね。それを求める者ほど、何故なのか、真理の直前になって言葉遊びを始めてしまうから、分かりっこないんだ」


 よく分からないけど、でもなんだか分かるような気がする。

 真理を求める者ほど、直前になって言葉遊び。


「でも、うちにくれば、強さを知ること、考えること、きっかけにはなると思うよ」


 ピピピピピ

 至垂徳柳のリストフォンから、アラーム音が鳴った。


「ではそろそろ、わたしは行かないと。令堂さん、機会があれば、今度はもっとゆっくり話そう。樋口さん、須黒さん、令堂さんとの話の場を作ってくれてありがとう。令堂さん、それじゃ」


 至垂徳柳は立ち上がると、またアサキへと右手を差し出した。


「あ、は、はいっ」


 アサキは何故だか慌ててしまい、腰を少し浮かせた状態のまま手を伸ばした。


「では、お車まで送ります」


 校長は、先回りしてドアを開けた。


 二人が部屋を出て、階段の方へと姿を消した後も、しばらくぽわんと呆けた顔のアサキであったが、


「なんでわたしなんかに、会いにきたんだろう」


 不意に、呆けた表情のまま小さく口を開き、疑問の言葉を呟いていた。


「さあ」


 須黒先生が、首を傾げる。


「非詠唱の特異能力者だから、って感じでもないようだし、リヒトへの引き抜きを考えているようにも思えなかったわ。……さっきね、軽く会話した時に、ちょっとカマをかけてみたのよ」

「え」

「そしたらね、『令堂さんとまだ話したことはないけど、たぶん彼女は、メンシュヴェルトの暖かさの方が向いていると思いますよ』って。そういう雰囲気での方が、力を発揮出来るだろう、って」

「それじゃあ、なんのために……」


 ウメちゃんがいたり、葬儀の件があったりで、東葛地区を訪れ滞在していたからとはいえ、何故、わざわざわたしなんかに……


 まさか、のんびりお茶を飲むためでもあるまいし。泣き虫魔法使いを笑いにきたわけでも、友達を失って悲しんでいる女子生徒を慰めにきたわけでもないだろうし。


「やっぱり、ザーヴェラーの件かなあ。あれ、かなり轟いてるからね、噂があちこち。一目、見ておきたかったんじゃない? ああっと、わたしも至垂さんの見送りに行かなきゃあ。じゃあ、令堂さんは教室に戻ってていいわよ。お茶そのまま、片付けなくていいから。お疲れさまでしたっ」


 そそくさと須黒先生が出ていき、部屋に一人、アサキが残った。


 ソファの前にぽつんと立ったまま、リヒトの所長が自分に会いにきた理由を色々と考えてみるが、そもそも、こうした組織の内情についての基礎知識がまったくないので、なんにも考え付かなかった。


 お茶を片付けると、教室に戻った。

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