第03話 どんなに残酷だったとしても

 東病棟の四階。

 四人部屋の病室であるが、ネームプレートにはみちくもと書かれているのみだ。


 患者の、双子の姉であるおうがお見舞いに訪れており、ベッド脇にパイプ椅子を立てて座っている。


 彼女の目の前、ギャッジアップさせたリクライニングベッドにみちくもが背を預けて座っている。


 預けているといっても、それは自身の意思ではなく、ただ現在そのような姿勢になっているというだけだ。

 その目には、そもそも意思の存在を感じさせる一切の光が宿っていない。


 まるで、マネキンである。

 いや、生身であることは見て分かるだけに、ある意味ではそれ以上に。


 壁を見ているが、壁を見ていない。

 仮に目が捉えていようとも、脳が認識していない。


 分かっている。

 分かっているからこそ、自分は……


 応芽は、膝の上に置いた拳をぎゅっと握ると、笑顔を意識しながら、会話を続ける。


「ほんでな、その第二中のよろずのぶって三年生が、まあオモロイ姉ちゃんでなあ。あきかずとのコントみたいなやりとりは見物やったわ」


 分かっているからこそ……

 応芽はもう一度、強く悲しい思いを胸に唱える。唱えながら、表情楽しそうに喋り続け、はははっと自分で笑った。


 話題が切れてしまい、天井を見上げながら、ちょっとだけ考え込むと、また口を開いた。

 自分とまったく同じ顔なのに、自分とまったく違う、妹の顔を、笑顔で見つめながら。


「赤髪アホ毛のりようどうさきの、チョーゼツ音痴の話な。……誰もおらん思たんかな、またひっどい歌を楽しそうに歌っとるわけよ。声を掛けたら恥ずかしそうに、『カズミちゃんがよく歌ってるから、覚えてしまってえ』とか。そしたら、どこからともなく、ドドドド土煙を上げて走ってきた昭刃が、バカヤローって令堂の顔面にストレートパンチくれてな。『そんな下手な歌あ教えてねえ』って。見本とかゆうて歌ってたんやけど……ええ歌やったわ。あいつ、乱暴で横暴で下品なバカやけど、歌だけは抜群に上手いんや。令堂やないけど、あたしもちょっと覚えたから、雲音に聞かせたるな」


 応芽は微笑んだまま立ち上がると、そっと目を閉じ、そっと、静かに語るように、歌い始めた。



「♪ 大丈夫

 私がいるから

 きみは一人じゃない

 大丈夫

 時のこの流れが

 どんなに残酷だったとしても


 大丈夫

 もし私が消えても

 きみには私がいた

 大丈夫

 きらめく星空の上から

 私はいつも…… ♪」



「夜の病室で歌うの迷惑やから、よしてもらえますー?」


 ドアから覗くナースの声に、我に返った応芽は肩を震わせ飛び上がった。


「すすすみませんっ! ほんまにすんません!」


 着地ざまにドアの方を向くと、ぺこぺこ何度も何度も頭を下げた。


 ナースが去った後も、しばらく恥ずかしそうに突っ立っていた応芽であるが、やがて、静かに雲音へと顔を向けた。

 優しく微笑んだ顔を。


「大丈夫、やから……」


 一歩二歩と歩み寄ると、腕を伸ばし、妹のやわらかな身体に覆いかぶさって、抱き締めた。


「お姉ちゃんのこと、信じてええよ」


 耳元で囁く。


 雲音の瞳は、なにも捉えてはいなかった。

 ただ、前を向いているだけ。

 ただ、微かな息遣いが聞こえるだけだった。


 分かっている。

 そんなこと。

 だから……


 ぎゅ、とより強く、応芽は、妹の身体を抱き締めた。




 大丈夫

 時のこの流れが

 どんなに残酷だったとしても……

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