第03話 どんなに残酷だったとしても
東病棟の四階。
四人部屋の病室であるが、ネームプレートには
患者の、双子の姉である
彼女の目の前、ギャッジアップさせたリクライニングベッドに
預けているといっても、それは自身の意思ではなく、ただ現在そのような姿勢になっているというだけだ。
その目には、そもそも意思の存在を感じさせる一切の光が宿っていない。
まるで、マネキンである。
いや、生身であることは見て分かるだけに、ある意味ではそれ以上に。
壁を見ているが、壁を見ていない。
仮に目が捉えていようとも、脳が認識していない。
分かっている。
分かっているからこそ、自分は……
応芽は、膝の上に置いた拳をぎゅっと握ると、笑顔を意識しながら、会話を続ける。
「ほんでな、その第二中の
分かっているからこそ……
応芽はもう一度、強く悲しい思いを胸に唱える。唱えながら、表情楽しそうに喋り続け、はははっと自分で笑った。
話題が切れてしまい、天井を見上げながら、ちょっとだけ考え込むと、また口を開いた。
自分とまったく同じ顔なのに、自分とまったく違う、妹の顔を、笑顔で見つめながら。
「赤髪アホ毛の
応芽は微笑んだまま立ち上がると、そっと目を閉じ、そっと、静かに語るように、歌い始めた。
「♪ 大丈夫
私がいるから
きみは一人じゃない
大丈夫
時のこの流れが
どんなに残酷だったとしても
大丈夫
もし私が消えても
きみには私がいた
大丈夫
きらめく星空の上から
私はいつも…… ♪」
「夜の病室で歌うの迷惑やから、よしてもらえますー?」
ドアから覗くナースの声に、我に返った応芽は肩を震わせ飛び上がった。
「すすすみませんっ! ほんまにすんません!」
着地ざまにドアの方を向くと、ぺこぺこ何度も何度も頭を下げた。
ナースが去った後も、しばらく恥ずかしそうに突っ立っていた応芽であるが、やがて、静かに雲音へと顔を向けた。
優しく微笑んだ顔を。
「大丈夫、やから……」
一歩二歩と歩み寄ると、腕を伸ばし、妹のやわらかな身体に覆いかぶさって、抱き締めた。
「お姉ちゃんのこと、信じてええよ」
耳元で囁く。
雲音の瞳は、なにも捉えてはいなかった。
ただ、前を向いているだけ。
ただ、微かな息遣いが聞こえるだけだった。
分かっている。
そんなこと。
だから……
ぎゅ、とより強く、応芽は、妹の身体を抱き締めた。
大丈夫
時のこの流れが
どんなに残酷だったとしても……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます