第08話 見て学べ

 自由落下により、りようどうさきの身体が、どんどん降下していく。


「ぬぐううう」


 力んだ、変な呻き声を発しながら。


 本来ならば、飛翔魔法の発動強度を弱めてゆっくりと落下していくのであるが、誤って、弱めるどころか完全解除してしまったのである。

 初めて実践で飛翔を使うということや、出だしのつまづきにすっかり気が動転して、つい。


 異空といえども、基本的な物理法則は同じで、一度重力に引かれ始めたら、地が引き寄せようとする力は物凄く、ぐんぐんぐんぐん加速がついてしまっていた。


 まるで、透明な巨人の手に、がくんがくん揺さぶられているかのようで、あらたに飛翔の呪文を発動させる余裕など、微塵もない。


 飛翔を弱めて、ゆっくり降下しているカズミたちを、


「ぐぬううううううううううう」


 気持ちの悪い呻き声を出しながら、あっという間に追い抜き、落ちていった。


「アホかお前は!」


 すれ違いざまに、カズミから、痛烈な一言でぶった切られた。


 そんなこといわれましてもおおお!


 風圧で、ぐちゃぐちゃぶるぶるの、とんでもない顔になりながら、胸の中で叫ぶアサキ。


「でで、でもっ、こ、こ、この勢いを利用すればああああ」


 そこまではっきりと発音出来たわけではないが、とにかくなんとかかんとかそんな感じの声を発すると、ぎりりぎりりと根性で腕を動かして、両手に握っている剣を頭上へと振り上げた。

 しかし、空気抵抗が想像を絶する凄まじさで、振り上げただけで腕の骨が折れそうだ。


 高く飛び上がり過ぎて、遥か眼下に小さく見えていた、ザーヴェラーの背中が、いまや相当に大きくなっている。


 ひひ、必殺っ!


 風でぶるぶる震えるみっともない顔で、せめて心の中にだけでも勇ましく気合を入れ、ぐんぐん迫るザーヴェラーへとついに切り掛ろうとしたその瞬間、


 ガッ、


 虚しくも、殴られ吹っ飛ばされていた。


 ザーヴェラーの背中から、不意ににょろにょろと触手が生えて伸びて、それに襲われ容赦のない一撃を横殴りに浴びたのである。


 事前に打ち合わせてから行動すると、必ずといってよいほど最初に失敗するアサキであるが、またまた今回も、豪快なまでのつまずきであった。


「アサキちゃん!」


 まだ上昇途中であった治奈が、すすーっと軌道を修正して、隕石のような勢いで墜落してくるアサキの身体を、なんとか受け止めようと試みる。

 しかし、治奈の指の先をするりかすめて、びゅんと通り過ぎて、


 どどおおーーーーーーーーん!


 地に大激突。

 凄まじい爆音と土煙が上がり、ぐらぐらと地が揺れた。


「いたたた……」


 地面がえぐれにえぐれて、巨大なアリ地獄といったすり鉢状になった底で、アサキが腰を押さえながら、よろよろと立ち上がった。


 魔道着のおかげだろうか。

 あの、隕石の墜落に勝るとも劣らない大激突でも、なんともなかったのは。


 いや、

 なんともなくは、なかった。


 アサキは、くっと息を漏らすと、顔をしかめ、左腕で右腕を押さえた。

 落ちた衝撃で、痛めてしまったようだ。


「我ながら情けない。……まずは治さないとな」


 独り言をいうと、治癒魔法の呪文を非詠唱。

 掴んでいる右腕に、エネルギーを送り込んだ。

 と、その瞬間、また顔を歪めて、うぐっと呻いた。


 本来、治癒魔法は心地よく感じるものであるのだが、急ピッチで治そうとすると、肉体に無理が掛かって、激痛が生じてしまうのだ。


 でも、泣き言なんかいっていられない。

 みんな、頑張っているんだから。


 苦痛に顔を歪めながら、ゆっくりとその顔を上げ、遥か上空へと視線を向けた。

 傷を治している間は、どうせなにも出来ないのだ。ならば、カズミたちの戦い方を勉強しよう。そう思ったのだ。


 ぶん、

 ぶん、

 ザーヴェラーが、赤黒い光の弾丸を発射している。

 ゆっくりと落下しながら迫ろうとしているカズミたちに対し、寄せ付けまいと攻撃しているのだろうが、みな、ふわふわと頼りなげに見えはするものの、器用に、横へ前後へ、座標を変えて避けている。


 なるほど、

 自由自在に飛べれば理想だけど、それでは魔力が保たない。

 だから、最初に遥か高くまで飛び上がっておいて、あとは落下速度を抑えたり、姿勢制御や移動などに魔力を使うわけか。

 だから、武器にもあらかじめ魔力を込めておく必要があるんだ。一つの系統の魔法を発動中に、もう一系統の魔法は唱えられないから。

 治奈ちゃんたちの説明が、ようやく実感出来たよ。


 戦いは、遥か上空で行われているため、みんな、アサキからはほとんど豆粒のように見える。


 豆粒の一つであるカズミが、ようやくザーヴェラーと同じ高度まで降りたようで、左右のナイフで伸びる触手を斬り付けつつ、巨大な背中の上に飛び乗ろうとしている。


「よし、いけっ、頑張れカズミちゃん!」


 地上からアサキが応援する。


 しかし応援も虚しく、カズミは、触手に足を払われて、空中へと弾き飛ばされてしまった。

 諦めていったん離脱、ということか飛翔魔法を解除したようで、地上への自由落下を始めた。


 まだ上空では、成葉、正香、応芽も戦っている。カズミ同様、巨大な背中のどこから生えて伸びるか分からない触手に、かなり手を焼いており、なかなか飛び乗れないでいる。


 さて、飛翔魔法を解除して落下を始めたカズミであるが、地面へと、ぐんぐん加速をつけて、みるみるうちにアサキの視界へと大きく飛び込んできた。

 なんか、叫び声を張り上げながら。


「アアサアアキイイイイイイイイイ!」


 どおおんっ、重たそうな音とともに、土煙巻き上げ着地したカズミが最初にしたこと。

 アサキの頭を、ぽっかん殴った。


「いたっ!」

「出だしっからアホなことやってんじゃねえよ! 笑わせる時は笑わせる、真面目にやる時は真面目にやるの! ケジメをつけろ!」

「真面目にやってるよお!」


 怪我するわ、カズミに殴られるわ、ボロクソいわれるわ、不満げに唇を尖らせるアサキである。


「まあ、練習してなかったなら仕方ねえのか。でも、ぶっ飛び過ぎだよ」

「ごめん、速度の調節がまったく分からなくって、あんなに飛び上がってしまうなんて思わなかったんだ」


 中途半端な魔力の込め方をして、途中で落ちても痛そうだなあとか思ってしまったし。


「お前、魔法力だけは無駄にでっけえからな。あんな飛べるのは凄えけど、コントロール覚えろよ。ほんと豪快にバカをやらかすやつだな」

「次はちゃんとやるよ。……いまね、戦い方を見ていたんだ」


 アサキはまた、上空を見上げた。


「戦い方? ヴァイスタと同じで破壊してもすぐ再生しちまうんだけど、数撃ちゃ当たるで、まずは弱いところを探すんだよ」

「さっきもいってたよね」

「最後は力押しになるけど、なんとか弱点を攻撃し続けて、浮力をもいで、地上にぶち落として、で、とどめを刺す。これが現時点でのザーヴェラーの倒し方だ。はっきりいって、めっちゃ効率は悪いんだけど、魔道着のファームが格段に上がるまでは、この方法で戦うしかねえんだ」

「うん」


 カズミの説明に、アサキは頷いた。


「じゃ、また行ってくっかんな。腕、早く治しとけよな」

「分かった」


 地に置いた二本のナイフに、再びエンチャントを施したカズミは、再び飛翔魔法の呪文を詠唱、再びぎゅんと凄い速度で飛び上がった。

 再び、ザーヴェラーの待つ上空へと。

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