第04話 死闘続く! オヤジ vs 応芽

 片や、アウェイの調理場に慣れたか、鼻歌交じりに手際よく焼いていくおう


 片や、カープ最高おおお、などとわけの分からないことを叫びながら、ヘラをさばいていくひで


 そして数分後。

 またテーブルに、二つの皿が並んだ。


 それぞれの上には、切り分けられた、広島と関西の血と汗と魂とプライドの結晶が乗っている。

 いや関西の方は、鼻歌ふんふん気楽な感じだっであったか。


「で、では、親父さんのからな」


 何故か上ずっているカズミの声。

 表情も意外と真面目だ。

 さすがに、次の評価が友人一家の命運を左右すると思えば、自然、気持ちも引き締まるのだろう。

 お祭り気分で騒いでいたけど、それはそれとして。


「美味しくなあれ、美味しくなあれ」


 治奈が、父の皿の上に、かざした左右の手のひらを、ぐるぐる回して、必死に念力を込めようとしている。


「やめんか治奈! わしのは究極、これ以上は美味くなりようがないわ」

「そうだよ治奈。わざわざ『勉強やらない菌』や『下品な駄洒落菌』を振り掛けてどうすんだ。親父さんを信じろって。……よし、それじゃあ食うぞお」


 カズミたちは、父の皿へと箸を伸ばし、それぞれ小皿に取り分けて、口へと運んだ。


「ん」


 一番最初に表情の変化が出たのは、アサキだった。


「美味しい! さっきのウメちゃんのに全然負けてないよ!」


 ぱあっと花開いたような笑顔を見せるアサキ。

 勝負どうこうではなく、単純に美味しいものへの感動だろう。


「いやいや、勝ってるだろお確実に。久々だけど、やっぱり美味いわ。さすがプロ。さすが親父さん」


 手放しで褒めるカズミ。


「どうじゃい」


 俗にいうドヤ顔で、得意がっている秀雄。

 歴にして数十年というベテランのプロなのだから、中学生に勝って当然、という理屈はさておいて。


「さ、味勝負のラストは関西女のだな。同じのをまた食べても仕方ない気もすっけど。どうせ親父さんの勝ちだろし」


 カズミは、面倒くさそうに、小皿に取り分けた。


「食べていえ、って、さっき明木治奈がゆうとったよな」


 これからプロの料理人と比較されるというのに、腕を組んで余裕綽綽といった表情の慶賀応芽である。


「そうだよカズミちゃん。勝負なんだから、まずは食べてみないと。いただきまあす」


 アサキが先陣を切って、つまんだ一切れを口に入れた。

 入れてほとんど咀嚼せぬ間に、その顔が驚きに変化していた。


「どういうこと? さっきのよりも、さらに美味しくなってる!」

「え、え、嘘だろ。飽きて逆なら分かるけど」


 カズミも、慌てた仕草で一切れ口に放り込み、そして、絶句した。


「ど、どれっ、わしにも味を見させてみんか」


 ぐいぐいガツガツ、秀雄が肘で割り込み入る。

 心なしどころでなく、完全に声が上ずっている。

 まあ、彼女らの反応に、そうもなるだろう。


「じゃあこれ食べていいよ、お父さん」


 史奈が、自分が取って食べようとしていた一切れを、父の口へと運んでやった。


 口に入れ、咀嚼を始めたその瞬間、明木秀雄の目が、かっと見開かれていた。

 かっと見開かれたその瞬間には、天井に頭をぶつけそうなくらいにまで、高く高く跳んでいた。


「弟子にして下さいっ!」


 いわゆるジャンピング土下座で、床に頭を擦り付けていた。


「広島のプライドどこいったああああ!」


 大怒号の治奈を、すっかり力を無くした目で見つめながら、秀雄はゆっくりと立ち上がった。


 秀雄のその弱々しい態度、オーラに、治奈の肩もがくりと落ちた。


「……ほうじゃ、看板、たたもう。……ほうじゃ、わし、さすらいの旅に出よう。もうヘラなど持たん」


 秀雄、すっかりうつろな表情で、入り口へと向かってふらふら、ふらふら。


「うちも、一緒じゃけえね」


 治奈も、同じくうつろな顔で、父にぴたりと身体を並べた。


「どこへ行こうかの。北かのう。広島も大阪もない世界へ」

「そがいな楽園、この世にあるのじゃろか」

「探すんじゃ」


 ガラリとガラス戸を開けて、出て行こうとする父娘。


 だが、それを呼び止める声が。


「ちょい待ちや! 家族養わにゃあかんやろ!」


 止めたのは、応芽である。


「ほじゃけど、負けちゃったし。……親娘二人で」


 振り向いた治奈は、潤みまくった涙目で微笑を浮かべながら、鼻をずずっとすすった。


「しかも、わしらのホームグラウンドで」


 真似したわけでもないだろうが、秀雄も涙目で鼻をすすった。


 二人のそのぶっさいくな顔に、長いため息を吐いた応芽は、ショートの髪を手のひらを当て撫で付けながら、爽やかな笑顔を見せた。


「……初めて広島風ちゅうのを食ったんやけどな、なかなかのもんやったで。特に親父さん。好みはそれぞれや思うけど、技量的にはあたしより遥かのレベルや。……ただ、あんたらなあ、負けてなるかっちゅう感情を挟み過ぎなんや。生地もそばも泣くで」

「ほ、ほいじゃあ」


 秀雄のぶっさいくな鼻水まみれの顔が、ぶるぶる震えながら、さらにぶっさいくに歪んだ。

 手も、ぷるぷると震えている。


 隣の治奈も、おんなじような顔で、やはり身体を震わせている。


「別に勝ったとは思ってへんよ。……今度、ちゃんとした広島のお好み焼きってのを食わせてな」

「ありがとーーーー!」


 治奈、父を真似たかはたまた遺伝か、歪みまくってぶっさいくになっている、鼻をだらーん垂らしたままの顔で、応芽の胸へと抱きついていた。


「ふあああああああ! 鼻かめやああああ!」


 肩を掴んで引き離そうとするが、治奈はうっうっ呻きながらもがっしりしがみついており、全然離れない。


「しかしさっきの、負けてなるかという感情を挟み過ぎて、アサキのバカなんかに、バスケでボロ負けしたやつの台詞とは思えねえなあ」


 ははっ、とからかい笑うカズミである。


「じゃかましい! あたしもあれで反省したんや! 大人になったんや!」

「でも、不思議です。どうして二回目の方が、美味しかったのでしょうか?」


 大鳥正香が、小さいながら通る声で、そっと疑問を口に出した。


「ああ、そ、そうだよね。さっきカズミちゃんもいってたけど、同じのだったら慣れちゃいそうなのに、それがさらに美味しくなってるんだもん。びっくりしたよお」


 アサキの、なんだかぽわんと、幸せそうな顔。

 まださっきの味が、忘れられないのである。


「ああ、それな。お前らいう通り、続くと評価落ち気味になるやろ? せやから、少し手を加えたんや」

「どんな?」


 成葉が尋ねる。


「鉄板に残ってたソースの、焦げた部分を、マヨネーズかけてさらに焦がして、具の中に混ぜ込んでみたんや。普段からこれやと、しつこくてあかんけど、すぐさまの二枚目やから、こういう味変もええかな思うてな」

「おーっ、関西人のくせに気遣いが出来てんじゃんか」


 褒め、肩を叩くカズミ。

 いや、褒めてるようで褒めてない。


「アホか。関西人は気遣いとおおらかさで出来とるんや」

「どこがおおらかなんだか。……しかしウメッチョ、お前、料理はほんとすげーんだな。あたしん家と同じで、貧乏だから料理してるくちだろ? なのに、あたしなんて全然料理が上手にならなくって、いつも兄貴たちにクソミソいわれてるのにさあ」

「ちょい待ち、誰が貧乏やゆうた? なんや、その勝手な決め付けは」

「えっ、違うの? だって一人暮らしだろ? 料理の手際が妙に慣れてる感じだったし、見た目も、顔も胸もなんか貧しいからさあ」

「か、顔も、胸も……貧しいだあ?」


 応芽の指先が、ぷるぷる震えている。

 怒りやその他、色々な負の感情がまぜこぜになった、そんな顔で。


「もおお、やだなあウメキチくんはあ。この小梅太夫はさあ。このあたくしが、そんな酷いことを、歓迎会の主賓にいうわけないじゃないのよお」


 天使のように、可愛らしく笑ってみせるカズミ。

 まったく似合ってないが。


「ゆうたやろ! いまはっきりゆうてたやろ! ……ええわ、もう」


 料理以外のところであれこれ叩かれて落とされて、応芽がぶすくれていると、そのすぐ背後から、成葉のすかーんと抜ける邪気のない声が。


「そういやこれってえ、ウメにゃんの歓迎会だったんだよねえ」

「せやから、ウメにゃんいうなゆうとるやろ! ウメって略すな!」


 ぶすくれついでに不満をぶちまける応芽の叫び声、を完全無視で、今度はアサキが、


「そうだよねえ。歓迎会だというのに、おウメちゃんが料理バトルとかやっているから、わたしてっきり、示し合わせの余興なのかと思ったら、本気の勝負だったんだもんなあ。びっくりしたけど、面白かったあ」

「せやから、ウメやめい! 頭に余計なの付けるな! おウメとかいうと、お婆ちゃんみたいやろ!」

「可愛いと思うけどなあ、おウメちゃんって。……って、あれええっ?」


 突然、素っ頓狂な声を出すと、アサキは、なんだか難しそうな表情になって、小首傾げて腕を組んだ。


「アサキさん、どうかしましたか?」


 正香が尋ねる。


「そういやあ、わたし歓迎会なんてやってもらったかなあ、って思って」

「ああ……」

「記憶を遡ると、ヘマしてケーキおごらされたりとか、プロレス技をかけられたりとか、そんなのしかないぞお」

「け、計画通りじゃ。もう一人増えよったら合同でって思っておったから」


 治奈が笑いながら、ぱたぱた手首を返した。


「そ、そ、そうだよ、わ、わ、忘れる、わけが、ないじゃあん」


 成葉が、アサキの背中を叩いた。

 ごまかすように、ばしばしちょっと乱暴に。


「よおし、そんじゃついでにアサキの歓迎会だーーっ!」


 カズミがぶんと腕を振り上げた。


「おーーっ!」


 治奈たちの態度に、なんか変だなあといった表情を作りつつも、アサキも一緒になって腕を振り上げた。


 と、ふとアサキは気付いた。

 そんなみんなの顔を見ながら、応芽が、なんとも暖かく柔らかい微笑を浮かべているのを。


 笑みの理由は分からないけど、その表情の可愛らしさに、アサキまでもが幸せな気持ちになりそうだった。


 視線に気が付いたか、彼女はびくり肩を震わせると、咳払いして、自分の焼いたお好み焼きの切れ端を、手掴みで口に放り込んだ。

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