第03話 転校生も魔法使い

 先ほどからフェンス越しに、屋上からののどかな町並みを見下ろしていたみちおうであったが、


「愚問やな。……そらあ必然に決まっとるやろ」


 フロックコートみたいな制服で、くるりスカート翻して振り向くと、五人の顔を見ながら小馬鹿にするかのような笑みを浮かべた。


「必然やとすると、導き出される結論はただ一つやろ。アホでも分かるこっちゃ」

「つまり、お前も魔法使いマギマイスターってことか」


 あきかずの言葉に、慶賀応芽は顔に浮かべた笑みを強めた。


「つうかこの話、おっちゃん、ここの校長から聞いてへんの?」


 笑顔から、不意に訝しげな表情になり、声を低くして尋ねる。


「そがいな話、うち一回も聞いとらんけえね」


 あきらはるが、ちょっと間抜けな大声を出した。間抜けというか、不満げというか情けないというか。


「ナルハもだよお。だから、なんだかんだ偶然このクラスに入っただけかと思ってたあ」


 へいなるの声が続く。


「わたくしは、必然とは思いましたが、単に、他のクラスには問題児が多いから均等にしようということかと考えていました」


 淡々と述べるのはおおとりせいだ。


 問題児呼ばわりされて、ああ?と片目を見開き凄む応芽であるが、


「いやいやあ、それは変だよお!」


 アホ毛、いや赤毛の、まあアホ毛も生えているから間違ってないが、アサキがすっかーんと抜けるような声を出した。


「だって、カズミちゃん以上の問題児なんかいないでしょーーー」


 上手い指摘をしたつもりなのか、赤毛でアホ毛の少女が得意げな顔をしながらそういった瞬間、


「ははは、いい度胸だねえ君い」


 さっと伸びたカズミの手に、がっしり胸ぐらを掴まれていた。

 そんでもって、ぐいーーーーーっと締め上げられいた。


「ぐ、ぐるじっ、ガ、ガズビぢゃん問題児じゃだいっ! 優等生だっ!」

「遅えわあ、こんクソボケがあ!」


 叫びながらさらに力を込めて締め上げると、アサキの顔がみるみるうちに青くなっていく。


 慶賀応芽は、聞こえるような大きなため息を吐くと、どんと足を踏み鳴らした。


「自分ら、主賓を無視して三文芝居みたいなコントに走るんいい加減にしとけや! なんやなんや、魔法使いは仮の姿で、実は単なるお笑い集団か!」

「誰が主賓だよ誰が。エジプトのシュフィンクスみたいな顔をしやがって」


 お笑いといわれたことに腹を立てたか、カズミはアサキの首から両手を離すとぎろりん慶賀応芽を睨み付けた。


「ねえカズミちゃん、シュフィンクスってなあに?」


 スフィンクスなら知ってるけどお、と真顔を寄せて、真剣に尋ねるアサキ。

 ……せっかく、首締め解除してもらったばかりだというのに。


「うるせえな! 勢いで口から出ただけで、そんなもんいねえよ!」


 ボガッ。


「あいたあっ!」


 やはり、こうなった。

 カズミが全身全霊の力を込めて、アサキの頭部をぶん殴ったのである。


「話を戻しますが、校長はどうして慶賀さんのことを秘密にしていたのでしょうか」


 正香が、誰にともなく問う。

 真面目な話をしたかったのだろうが、後ろでアサキが屈んで頭を抱えてウオオオオと激痛に呻いており、台無しであった。


「なんでじゃろな」


 さっぱり分からんわ、と両腕を広げてみせる治奈。


「分かったあ! いつもみんなでゴリラゴリラいってるから、きっとナルハたちのことが嫌いなんだよ」(大正解!)

「はあ? 子供じゃあるまいし。単に話をするタイミングの問題じゃろ」(残念、不正解!)

「でもよ、新人だったらアサキのバカがいるのにな」

「そうだあ!」


 アサキはやけくそ気味に右腕を突き上げた。

 自虐なのかなんなのか。


「人事の経緯はよお知らへんけど、その新人が足を引っ張りまくったりしとって、その埋め合わせちゃうの?」


 慶賀応芽は、口を押さえながら、にひひっといたずらっぽく笑った。


「ガーーーーーン!」


 アサキは両手で頭を抱えながら、昭和な擬音を発し、ガクリ跪いた。


「頑張っているのにいいいい!」

「そうだぞお。うちのアサキっちゃんは、期待の成長株なんだからな。バカなとこは残念ながら一生直らないだろうけど、それはそれとして」

「カズミちゃあん、それ褒めてるのかけなしてるのか分からないんだけどお」


 ぬーっと立ち上がって、情けない顔をカズミへと寄せる。


いちきゆうかなあ」

「ど、どっちが一でどっちが九なのお?」


 ちょろと鼻水の出た顔を、さらにぐーっと寄せるものだから、その鬱陶しさにカズミが切れた。


「っせえなああ! さらりいっただけの台詞に、真剣に食い付いてこなくていいんだよ!」


 両手でアサキの首を掴むと、そのままガクガクと揺さぶった。


「アホちゃうのか、自分ら」


 慶賀応芽は、ふーっとまたため息を吐いた。

 腕を組んだまま、しかめた面を彼女らへと向けて、また口を開く。


「あのな、さっきの新人どうこうゆうんは冗談や。そんなんで首を締め合うなやボケ。……おっちゃんのゆうことにはな、経験豊富な三年生が卒業して二年生だけで戦力がガタ落ちしとるから、ってのが大きな理由らしいねんで」

「はあ? 二年生だけで戦力がガタ落ちいいいい?」


 カズミは、アサキの首を掴む力にぎゅぎゅぎゅーーっと力を込めた。


「ぎゃーーー! なんでぞででわだしの首を締べるのおお?」

「うるせえな。掴みやすい首があるからだよ!」


 首締め映像を背景に、

 慶賀応芽のいったことや、カズミの不満そうな態度、それがどういう意味なのかを説明しよう。


 まず、去年の天王台第三中学校所属の魔法使いは、三年生と一年生だけというアンバランスな構成であったということ。


 今年度になり、三年生は卒業していなくなり、治奈やカズミたちは一年生から二年生に上がった。


 新一年生に適合者がいなかったということもあり、現在は二年生だけである。


 高校生になった魔法使いは、通う高校と自宅という二つの守備テリトリーを任されることが多いのだが、しかし今回の卒業生たちの自宅テリトリーがことごとく隣のエリアであるため、治奈たちは二年生だけで戦うことを余儀なくされているのである。


 卒業していった昨年度の三年生が、非常に優秀な魔法使いであったため、校長には現在の戦力がことのほか頼りなく思えてしまう。

 ということなのだろう。

 りようどうさきという新戦力程度では、とても払拭出来ないほどの。


 普段は、「さすが」「ここの二年生は一騎当千」などと持ち上げているくせに、実際には頼りなく思われていたとなれば、カズミでなくとも不満に思うのは無理のないことだろう。

 もちろん戦力が多いに越したことはないが、それはそれとして。


「つうか関西女、お前だってその頼りない二年生だろうが。それとも留年してんのかあ?」


 と、これはさすがに、イチャモンもはなはだしいところであろうが。


「しとらへんわ留年なんか! あたしは特別なんや! 小学生の頃から組織ギルドにおって、ヴァイスタを倒すための特殊訓練を受けてきたんやからなあ。自分ら下民どもとは格が違うんや!」


 慶賀応芽は腕を組んだまま、ふふんと鼻を鳴らした。


「エリート様ってことかよ。なんかムカつくな、変な前髪のくせしやがって、このオデコ女。……でも、どうせその代わりに勉強が出来ねえんだろ?」

「そ、そんな話はっ、今は関係ないやろ……」


 慶賀応芽の声が、だんだん元気なくなって、語尾が完全に風に消えた。


「ごまかしたよね、カズにゃん」

「おう、ごまかしたな」


 成葉とカズミが、お互いの耳に口を近付けてぼそぼそこそこそでもはっきり聞こえるように。


「しゃあないやろ! ずうっと訓練訓練で生きてきたんや! なんやもう、どいつもこいつも腹立つわあ! 特にこの物騒な顔をした女があ」


 慶賀応芽は、びしっとカズミの顔を指さした。


「ぶ、ぶ、物騒な顔の女だあ?」


 ぴくぴくっ、とカズミの頬が痙攣した。


「カズにゃん、当たってる、当たってるから怒らないでえ!」


 成葉が横から、抱き着きなだめる。


「ああ、当たってんなら仕方ねえか。……はあ?」


 ギロリと睨み付けるカズミ、成葉は離れながら、笑ってごまかし視線を受け流した。


「ま、いくらエリートのあたしとはいえ、ヴァイスタの集団に対して一人ではよう戦えへんからな、とりあえずのところ、よろしゅう頼むで、みんな」

「こちらこそよろじぐう」


 アサキが、なんだかしまりのない顔でえへへえと笑った。

 首絞めから解放されたばかりなので、まだ顔が青い。


「足手まといにならへんよう、せいぜい頑張ることや」

「とかなんとかいわれてっぞお、アサキちゃんよお」


 カズミはそういいながら、アサキの肩をぽんぽん叩いて慰めてやる。


「お前ら全員にゆっとるんや」


 アホか。とでもいいたげに、慶賀応芽は鼻で笑う。


「はあ? なんだあ?」


 カズミは、ぎりり歯を軋らせると、ニヤついている転校生の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。


「触んな!」


 バシリ、と荒く手を払われてしまう。


「上等だよ、てめえ!」


 激しく足を踏み鳴らすと、カズミは、頬をひきつらせながらもニヤリ笑みを浮かべた。


「な、仲良くしようよお」


 すっかりおろおろしてしまっているアサキ。


 そんな言葉など焼石に水の、一触即発といって過言でない雰囲気が出来上がってしまっていたが、


 だがしかし、その雰囲気は実にあっさりと収束することになる。

 リストフォンの振動バイブレーシヨンによって。


 ブーーーーーー

 ブーーーーーー


 全員が左腕につけているリストフォンが一斉に振動、共鳴して空気が気味悪く震える中、それぞれの画面に、地図が表示された。


 この近くに、ヴァイスタが出現したのである。

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