第09話 素晴らしき家族のコミニュケーションかな

「そうだよなあ、転校初日だもんなあ。誰だって、変なカッコで槍を構えて走ってる女の子の幻覚くらい見るよなあ。って見るわけあるかあ!」


 などと自分の言葉に突っ込みを入れながら、窓を開けてベランダから室内に入ると、


「おお、これが噂のニャンコたちかあ」


 義母のすぐが床に四つん這いになって、頭を低くして、子猫の入っている箱を間近に覗き込んでいた。


「ああ帰ってたんだ。おかえり、直美さん」

「うん。飲んでて遅くなっちゃった。ごめんね、食事すぐ作っちゃうから待ってて」

「分かった。ところで、『噂の』ってなあに?」

「ん? ああ、そうそう、あきらはるさんて、すっごいいい子だねえ」

「えっ」


 アサキは、びくっと肩を震わせた。


 どうして知っているのか、という疑問もあるが、先ほど彼女に似た幻影を見てしまったことが大きいだろうか。


 思わず振り返って、窓から外を見てしまう。

 角度的に、三階の部屋の中から下の道路など見えやしないというのに。


「なんで治奈ちゃんのこと知ってるの?」

「おお、もう名前で呼んでるんだ。……ジョギング後にね、たまたますぐそこにお好み焼き屋さんを見付けてね。入ったら、そこが彼女の家でさ、色々とお話しちゃった。娘をくれぐれもよろしく、っていっといたよ」


 その言葉に、アサキはほっと胸を撫で下ろした。

 単純に、どうして知っているのかが分かったから。


「自分の面倒くらい自分で見るよ、子供じゃないんだから。……ああ、そっか、それで治奈ちゃんから猫のことを聞いたんだ。……飼い主が見つかるまでの間だけなんだけど、いい?」


 おずおずと、遠慮がちにアサキは問う。


 直美はニコリ笑って、


「いいもなにも、せっかく助かった小さな生命だ、いまさら捨てるわけにいかないじゃん。もし見つからなければここで飼うしかないけど、結構かわいい顔をしているから、どっちもすぐ見つかりそうだね」

「ありがとう。頑張って探すよ。治奈ちゃんも知ってる人に聞いてみてくれるって」

「うん。ところでさ、学校はどうだった?」


 直美の問いに、アサキはちょっと考え込むようにして、口を開いた。


「不良っぽい男子とか、そういうのもまあいるといえばいるんだけど、それ以上に親切そうな人が多くてさ、上手くやれそうかな」

「ならよかった。でも、また挨拶で失敗したんだって?」

「ええーーーっ! ひょっとして治奈ちゃんが喋った?」

「うん。全部聞いた。書いた名前が小さくて消そうとしても消えなくて、黒板消しを裏表反対に持ってたとか」

「もう。そんな余計なことまでいっちゃうんだなあ、治奈ちゃんは!」

「でもよかったじゃん。そうだというのに初日から打ち解けることが出来て。これまでは、その最初の失態を後々まで引きずってしまってたのに」

「打ち解けた、かどうかは分からないけど……でもまあ、悪くはない感触だよ。これから大丈夫なのかなあ、みたいな不安は全然ないよ」


 アサキは柔らかく微笑んだ。


「それはなによりだ」

「教室では窓際の席になったんだけどね、そこから手賀沼が見渡せて、眺めがとってもいいんだ。沼っていうとさ、なんか濁った汚いイメージあるじゃない? 周囲が鬱蒼としてたり。だけどね、青くてキラキラ輝いていてとっても綺麗なんだ」

「へえ。そんな素敵な眺めだと勉強に集中出来なくなりそうだけど、でも学校に行くのは楽しくなりそうだね。……あたしも変装して偽って女子中学生をやり直してみようかなあ」


 さらりととんでもない無茶をいう直美。


「いやあ、無理すぎだって。せめてあと二十歳若けれ、うあっ!」


 アサキはびくりと身をよじらせた。

 脇腹を思い切り人差し指で突っつかれたのだ。


「せめてもなにも、二十も若ければリアルに小学生二年か三年だよ!」


 ずんずんずんと、アサキの脇腹を突っつき続ける直美。


「うぐっ、は、初めて知った衝撃の事実!」

「知らんわけあるか!」

「うにっ! いたたたたっ、もう、反撃だあ!」


 アサキは身をよじらせつつさっと腕を伸ばし、両の人差し指で義母の脇腹へ、ぐさり突き刺した。


「いっ! やり返すなあ!」


 二人の突っつき合いは、いつしかくすぐり合いへと変化していた。

 生まれて間もない子猫すら呆れてしまいそうなほど、無邪気に笑いながらソファの上で身体を絡み合わせてお互いをくすぐり続けていた。


「おー、仲いいなあ。素晴らしき家族のコミュニケーションかな。おれも混ぜろ」


 いつの間にか帰っていたりようどうしゆういちが、まるで競泳スタートのように戦場へとダイブしてきた。

 だがしかし、


「殿方厳禁!」


 女性二人の足裏を顔面に受けて、あえなく撃ち落とされるのだった。

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