第01話 どうして……

 炎のごとき輝きを放つ、鮮やかな赤に、みちおうは全身を包まれている。

 纏うのは、真紅の魔道着。

 りようどうさきのために特別開発されたクラフトを、奪い取ったものである。

 右手には剣の柄を握り、その切っ先を軽く床に付けている。


 向き合っているのは、本来その魔道着を着るべきだったアサキである。

 中学の制服姿だ。

 奪われたため、ではない。

 もともと真紅の魔道着には興味ない。

 着慣れた魔道着へと変身しようとしたところ、応芽にクラフトを破壊されたのである。


 アサキは、困惑していた。

 応芽がなにを考えているのか、まったく理解が出来ないのだ。

 どうして、なんのために、こんなことをするのか。


 いつもは、髪の毛を横に流して、おでこを出している応芽であるが、現在だらりと前髪が下がっており、目が隠れてよく見えない。

 きっと、おかしみを必死にこらえている、そんな目をしているのだろう。

 何故ならば、口元に、まさにそんな感じの笑みが浮かんでいるからだ。

 おそらく感情を隠すための、しらじらしい笑みが。


 応芽は、ゆっくりと口を開き、ぼそり、言葉を発した。


「殺しはせえへんよ。でもまあ、手足を全部ぶったぎられるくらいは、覚悟しといてな」


 あえてであろうか、その爽やかな口調は。

 強く歪めた、口元は。


「ウメちゃん……」


 対峙しながら、アサキは、震えた声を出した。


 自分に危害を加えてこようとしていることを、恐怖したわけではない。

 むしろ、応芽のその狂気が、応芽自身の内面へと向かうことが、恐怖であり、また、寂しくて、悲しくて、その気持ちが声の震えとなっていたのである。


 応芽は、アサキの気持ちに気付いていないのか、それとも知って満足を深めたか、そのまま言葉を続ける。


「でもな、安心してええよ。腕の一本や二本なんて、ほら、ヴァイスタになれば、すぐ生えるやろからなあ。そいで、役割を果たしてもろた後は、ご褒美に、苦しませずすぐ楽にしてやるわ」


 おかしそうに、ふふっと笑い声を出した。


「昇天したら、そのままおおとりの待っとるとこにでも飛んでいけばええ。大鳥も喜ぶやろ。まあ、そんな世界が、もしもあればやけどな」

「ふざけてせいちゃんの話をするのはやめて!」


 アサキは、声を裏返らせ、怒鳴っていた。

 怒っていた。

 だが……


 きっと演技だ。

 本当のウメちゃんは、優しいんだ。

 こんなこと、いうはずがない。


 と、そう信じているからだろうか。

 すぐに力のない表情になり、俯きがちに視線を落とすと、表情と同様に力のない声で言葉を続ける。


「正香ちゃんのことも救いたい、って、ウメちゃん、そういっていたくせに……」

「せやから、状況が変わったからゆうとるやろ。なんべんもいわすなや。脳味噌がアホなんか」


 応芽は、ふふんと鼻で笑った。


「なにが……なにが、どう変わったというの?」


 アサキは、ぼそり小さな声で尋ねる。


 なにがどうであろうとも、正香ちゃんの尊厳を傷付けていいことにはならないけど。

 でも、抱えていることがあるのなら、それを知りたい。


 もちろん、ウメちゃんだって、本心からそんなことをいったわけじゃない。そんなことは分かっている。

 いえないというのなら、なんでもいいから、こうして言葉を引っ張り出すしかない。


「あたしはもともとな、お前らの誰かをオルトヴァイスタにしてやるつもりで、潜り込むため転校の話を受けたんや。妹を救うためにな」

「え……」


 驚きつつも、あまりショックではなかった。

 ここでこうして向き合っているうち、無意識に色々なことを想定していたのだろう。

 聞きたくなかった言葉であることには、違いはなかったが。


「でもな……誰も死なせることなく、くものことも助けてやる、方法を見つけてやる、と、そう思うようにもなっていった。お前らとバカなことしとるうちに、仲間として、かけがえのないものになっていたからな。って、これは前に話したはずやな」

「聞いた」


 アサキは小さく頷いた。

 超ヴァイスタ云々は初耳だけど、「お前らがどうなろうとも、かなえたい夢がある」とは聞かされていたことだ。


「そのために、メンシュヴェルトの情報も得ようとしたって」

「せやな。それはしように邪魔されて、失敗したんやけどな」


 しましよう、リヒトの魔法使いである。

 銀黒の髪、銀黒魔道着の、少女だ。


「でも何故なんかな、理由は分からへんのやけど、その後あっさりとぐちのおっちゃんが見せてくれたんや。祥子を人払いして、あたしにだけな。なにを知ったか、知りたいか?」


 数秒の後、アサキは頷いた。

 正直、あまり興味はない。メンシュヴェルトやリヒトの極秘情報など。

 でも、自分と応芽とのやりとりは、ここで自分が頷かないと進まないと思ったから。


「臨床結果からの魔法係数、ヴァイスタやザーヴェラーが出現する時の、結界に対する波動曲線。その他の研究データ、そこからくる考察などの記録。……あたしも幹部の娘で、小学生の頃から組織におったから、それを理解する最低限度の知識はあった。そして知ったんや。やはり、新世界に行くしか雲音を助けられない。超ヴァイスタを作るしか、そこへ行く術はないと」

「そんな話、信じられないよ」


 自分から知りたいといっておいて、否定した。


 係数云々が分からないのは当然だが、どうであれその、導き出された結論が理解出来るものではない。


 そもそも、新しい世界や超ヴァイスタなどという、見たことのないものどころか、既に何度も戦っている通常のヴァイスタのことすらも、いまだ現実感をもって受け入れられていないところがあるくらいなのだから。


 親友を一人、いや二人、失っているのにも関わらず。

 だからこそなのかも知れないが。


「否定すんのは勝手や。けど、ほんならその根拠を……」


 真紅の魔道着が、本来の持ち主であるアサキへと、一歩踏み出し近付いた。


「出してみ!」


 語気を強めながら、応芽はさらに一歩踏み込み、同時に、握る剣をぶんと真横へ振るっていた。


 反射的に身をよじりながら、半歩退いたアサキの、制服の胸元を、切っ先がかすめた。


 そのままの流れで、返す剣を振りかぶった応芽は、瞬時に柄を両手に持ち変えて、スイカ割りの要領で叩き下ろしていた。

 先ほどの発言通り、アサキの腕を一刀両断にして不思議のない、鋼も砕けよといわんばかりの、躊躇のない激しい振りであった。


 受け止めていた。

 アサキは、その攻撃を。

 丸腰、クラフトを破壊されて、魔道着も武器も呼び出せない、いわば生身の状態であるというのに。


 アサキの両手に、なにか輝く物体が握られている。

 いや、物体ではなく、光の粒子であった。


 黄金色に輝く、光の剣。


 なかば無意識にも似た咄嗟の判断で、非詠唱魔法でエネルギー体の剣を作り出して、応芽の攻撃を受け止めたのである。


「根拠なんか、ないよ」


 アサキは、じりじりと押し返す。

 応芽の剣を、輝きを濃縮させた、光の剣で。


「否定が、出来なきゃあ、ウメちゃんを救っちゃいけないの?」

「なにをわけの分からへんことを! 寝ぼけとるんか!」


 救うという言葉に、見下されたと感じたのか、応芽は険しい表情で怒鳴りながら、剣を再び打ち下ろした。


 アサキは、両手にしっかり握った光の剣を、斜め下からすくい上げて、応芽の攻撃を弾くと、とっと小さく跳躍して、後ろへと距離を取った。


 眩い輝きを放っていた光の剣の、その輝きが鈍くなって、手の中から消滅したかと思うと、がくり、アサキは肩を落とし、よろめいた。

 片足を前に出して自身を支えると、顔を上げて、きっと睨む視線を応芽へと向けた。


「武器がないから代用品ってわけか? 発想にちょっとだけ驚いたけど、たいしたもんでもないし、いまので大きく魔力を消耗したようやな」


 はあはあ肩を上下させているアサキを見ながら、応芽は楽しげな笑みを浮かべた。


 そう、応芽のいうとおり、魔法で作った光の剣など単なる代用品だ。

 生産と維持に魔力を消費してしまう。

 通常の武器を魔力強化エンチヤントさせた方が、よほど効率的。だから魔法使いたちはみな、物理的な武器を持ち、それに魔力を込めて戦うのだ。


 クラフトが壊されて、魔道着のみならず武器も呼び出せない状況であり、是非もないことではあるが。


「でもまあ褒めてやるで、令堂和咲。クラフトなしで、よくそこまで魔力を制御出来とる。ほなこっちも、遠慮なくいくでえ!」


 喜悦に満ちた声と共に、応芽が剣を構えてアサキへと飛び込んだ。


 応芽の、猛攻が始まった。

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