第01話 モノトーンの記憶

 ちらちら糸くずが入り込む、古いフィルムを映写機で映しているかのような、汚い白黒映像である。


 明治時代の洋館を思わせる古風な洋間に、一人の女性が倒れている。


 目をかっと見開いたまま。

 口は半開きで、瞳孔が完全に開いている。

 頭から血が流れており、その血がどろりと床に広がって色を変え、染めている。


 映像は、自分視点であろうか。


 自分、よりも少し前に、頭半分ほど背の高い少女が立っており、身体を震わせている。

 その少女は、元は可憐で可愛らしいであろう顔を、獣のようにぐしゃぐしゃに醜く歪めながら口を大きく開いて、目の前にいる大人へと飛び込んでいく。

 右手のナイフを、闇雲に振り回しながら。


 次の瞬間、少女が横殴りに吹っ飛ばされていた。


 目の前に立つ大人の、返り討ちを受けたのだ。

 右手に握られているハンマー、これで頭を一撃されたのだ。


 このような凶悪な鈍器で、小さな子供が殴られて、どうしてたまろうか。

 少女の身体は、既に床に倒れ血みどろになっている女性へと、重なり合って崩れた。


 ハンマーを持つ大人の足が、ゆっくりと角度を変えて、こちへと向いた。




 叫び声。




 限界まで、目を開いていた。

 跳ね起きて、

 両の手に、シーツを手繰り寄せ、ぎゅっと掴み、喉の奥から呻き声を発していた。


 はあ、はあ、

 乱れる呼吸。


 大きく肩で呼吸をしているうちに、少しだけ落ちつくと、小さくため息を吐き、すーっと深呼吸をした。


 おおとりせいは、長い黒髪の中にある端整な顔を、ふと窓の外へと向ける。


 我孫子あびここうやま地区の平凡な田園町並みを見ながら、そっと胸を押さえると、もう一度小さなため息を吐いた。


 落ち着いたといっても、まだ呼吸は荒い。苦しい。

 当たり前だ。

 こんな夢を見てしまったばかりなのだから。


 以前は、年に一回くらいだったのが、今年になってから頻度が多くなって、ここ最近は一週間に一回は見てしまう。

 しかも今回は、映像がかなり鮮烈だった。生々しかった。


 またしばらく、具合が悪くなりそうだ。

 心と身体の調子が。


 母と、姉が、むごたらしく殺される夢。

 時折、今回のように鮮明に見てしまうことがあるが、仕方がない。


 だって、夢の内容は事実なのだから。

 自分が体験したことなのだから。



 十年前。まだ自分が幼い頃のことだ。

 母の不倫を疑った父が、逆上してハンマーで殴り殺してしまったのだ。

 さらに姉を殺したところで、父は我に返り自殺。


 母と姉の死については、正香は自分の責任だと思っている。

 父の死は、自業自得というものであろう。妻を信じられないどころか殺めてしまったのだから。あまつさえ長女までをも。


 何故、自分の責任と思うかであるが、ただ怯えているだけで戦わなかったからだ。守ろうとしなかったからだ。

 なんの罪もない母と姉が、殺され掛けていたというのに。


 自分はまだ四歳であり、仕方のないこととも分かってはいる。

 忘れなければならないということも、分かってはいる。


 そう。忘れなければ、前に進めない。

 でも、自分を自在にコントロール出来るくらいなら、こうして悩まない、あんな夢など見ない。


 今回の夢のように、否が応でもたまに思い出してしまい、正香はその都度、最悪な精神状態の底の底まで落ち込むのである。



 窓から視線を戻し、今度は机の上に立てられている写真を見る。

 つい先日の、学校での合宿時に撮影した、なるはるなどみんなと写っている写真。


 その横には、もう一枚写真が立て掛けられている。

 十年以上も前の、母と、姉と、自分と……

 そして……


 びきん、と頭の中にヘラを突き刺され掻き回されたかのような激痛に、正香は頭を抱えて、くぐもった呻き声を発し、襲う苦痛に顔を歪めた。

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