嗤う磁器人形

回転饅頭

序幕

 千葉、南房総の海岸沿いの別荘。応接間で旨そうにパイプを吹かしながらにやつきながら薬師寺暢彦やくしじのぶひこは目の前で恐縮したような顔で上目遣いにこちらを見るどじょう髭の男を一瞥した。


「取引成立だな」

「はぁ、しかし、本当に宜しいんですか?」


 からからと高笑いをしながら前に身を乗り出し、手許にあった玉露をくいと飲み干すと薬師寺は言った。


「厭ならいいんだぞ、それならそちらからは一切何も買わんからな」

「滅相もございません。今をときめく流行作家の薬師寺先生にはお世話になりっぱなしで……」

「ならよかろう、何が不満なのだ?」


 薬師寺の前には磁器人形ビスクドールがちんまりと座っている。それはまさに煌びやかなドレスに身を包んでいる、西洋人の美少女を模した美しい磁器人形である。


黒柳紫苑くろやなぎしおんなら儂もよう知っておる。価値も凡人なんかよりも知っている。その遺作ともあれば尚更。貴様あれか?よもやを信じてはいないか?」

「いやぁ……」

「莫迦莫迦しい。儂はそんなオカルトには踊らされないぞ」


―その磁器人形には穏やかではない噂が囁かれていた。妖しげな笑みを浮かべるその磁器人形は、所有者を呪い殺すという噂が。

 蠱惑的な笑みを見たどじょう髭の商人は、改めて黒柳紫苑の作品を見て背筋を凍らせるような思いがした。


―薬師寺が死んでも、私のせいではなかろう


 薬師寺は満足そうにパイプをふかす。空中に揺蕩う煙に背を向けるように商人は立ち上がり、深々と薬師寺に頭を下げた。

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