第30話 新たな扉

「な、ナーノ!助けてくれっ!!」


おや?どうやら僕の存在に気付いたらしい。


「…まずは…コリカンさん、あなたのその祝福ギフトを何とかしてからにしましょう?」


「な…ナーノ?」


コリカンの声がむなしく響いた。


とりあえず、オズヌさんの足の下のヤツは放っておいて…牢の中に押し込められている隊長さんとリーリスさんに視線を移す。


「『なんだぁ?コイツ…変わった髪の色してるな。』」


「『亜人か…売れば高値が付くぞ。』」


アホの一つ覚えみたいにその台詞を吐く隊長さんとリーリスさん。

実際、操られてる状態だから、限りなくアホと言って良い状態なんだけど…


でも、まぁ、まだ捕らえられて数日だから、そこまで弱っていないご様子で何よりです。

怪我も大してしてないみたいだし…


「状態異常回復っ!!」


「隊長!!」


僕は、普通に両腕から回復魔法を放つ。

すると、憑き物が落ちたようにその光を浴びた二人の表情が変わる。


「ナガノちゃ~ん、ゴメンっス!!あの時蹴っちゃって~~!!大丈夫だったスかぁ!?」


リーリスさんが泣きそうな、きゅ~~ん、って感じの表情顔で謝り出す。


「大丈夫っす、気にしないでください!」


落ち着こうぜ、お兄さん。

…クールなエルフ族のイメージが崩壊するから、泣く時、顔から出るもん全部出すなよ。


「隊長っ!!」


「…ふー…」


リーリスさんが子犬属性全開でキュンキュン謝って来るのに対し、隊長さんは自分の不甲斐無さに怒りでも覚えているのか…


重い…おもた~い、ため息をゆっくりとひとつ吐き出す。


うわぁ…眉間の皺が…

そのうち顔面にフォッサマグナでも出来るんじゃねぇか…って深さになってるぅ…


いや、別に、僕が怒られてる訳では無いんだけど…

全身全霊で醸し出す「不機嫌ッ!」って言うオーラが怖ぇよ…!!


「隊長、状態異常回復はあまり長時間効かないから、先ずは俺に【簒奪】の使用許可を!」


「……エルヴァーン・ジョウ」


隊長さんは、牢の鉄格子の間から右手でエルの鼻先に触れると短く、一言。


「《許可する》。」


その言葉には、何か大きな力が籠っていた。


ゆっくりと、エルの毛皮が鼻先からゆっくり尻尾にかけて…光りながら膨張したような錯覚すら覚えるように輝く。


狼モードの時は両目とも金色だったはずのエルの瞳の片方が真紅に染まる。


そして、ゆっくりとその瞳をオズヌさんの足の下で抑え込まれているコリカンのヤツに合わせた。


「な…何を…?」


「…我は奪う。汝が神のハーレムの王!削ぎ落せ!神の鱗片【簒奪】!」


エルの声に呼応するように、周囲の魔力が、さざめく。


うおぉ、何か中二病っぽい!!


そして、光り輝く赤い宝玉の様なものが、コリカンの野郎の胸元から現れ…



ぶりー!



?!


突然、クイズ番組で回答を間違えたようなシュールな音が響きわたった。


「……。」


「……?」


えーと…何?今の…


さっきの「ぶりー!」と言う音と共に赤い宝玉みたいなものは、シャボン玉のようにぷちん、と弾けて消えている。


ふと、エルを伺うと、困ったように目を泳がせている。


これは…もしや…?


「…た、隊長…もう一回、許可…おねがいします…」


やっぱり!

…どうやら、一回で【簒奪】の祝福ギフトは成功しなかったらしい。


ま、まぁ、ほら、確か…成功率4割だもんね?

がんばれ、エル…!


結局、【簒奪】が成功したのはさらに2回失敗し、4回目のスキルを放った時でした。


きっちりと赤い玉が「宝玉」としてエルの口の中に納まる。


それをエルが咥えた瞬間、内区に入ったあの時と同じような薄~いビニールを破ったような感覚が襲う。

コリカンの野郎の祝福ギフトが剥ぎ取られた、と言う確証を与えてくれたのは牢の中の男性陣の声だった。


「!?う、動ける…おおおおおおお!?自由だ、自由だぞ!?」「あー、あっ、ああっ!!本当だっ!」「マジか!?」


最初は誰の呟きだったのか…

さざめきは瞬時に爆発する。


「おい、俺たちは何もしていない!だから、ここから出してくれっ!!」「俺は無実だ!!」「腹減ったよー!」「一体何だったんだ!?」


気持ちは分かるけど、これだけの狭い空間にぎゅうぎゅうに押し込められている男性陣が一斉に騒ぎ出せは結構うるさい。


「…っち…」


エルの奴が我慢できない、とばかりに赤い宝玉を吐き出すと、狼の姿から人間の姿に戻る。


あ、きっちり耳を押さえてる。


「え…これは?…どうなっているんだ??」


コリカンの野郎は、この男性陣の様子に困惑した顔で目を見開いている。


「どうなってるもクソも、お前さんが操ってたんだろう?」


「…お、オレ!?な、何の話だよ!?

誤解だっ!!!オレは、そんな事していないよっ!?」


オズヌさんにそう言われて、泣き叫ぶように否定する。


「…フン!ふざけるな、貴様、自分の祝福ギフトを知らないとでも言うつもりか?」


「お、オレの…祝福ギフトとコイツ等には何の関係があるって言うんだ!?

しかも、何なんだお前!?狼が人に?」


「フン、俺様の事より、貴様【ハーレムの王】だろう?」


自分の能力をエルの口から告げられ、ぎょっとした様子で目を泳がせる。

しかし、沈黙は何の解決にもならないと悟ったのだろう。


「そ、そうだけど、それと『操る』って一体何の関係があるんだよ!?」


「何の関係って…だって【ハーレムの王】のスキルって他人を操ったり、

お気に入りの子に自分にとって都合の良い行動を無理矢理取らせたり、

邪魔な男性陣にチンピラみたいな行動を取らせたりする能力でしょ?」


僕の言葉に、オズヌさんに踏みつけられたままのコリカンが目をむいて驚きの声を上げる。


「ナーノ、違うよ!き、君までおかしくなってしまったのかい!?」


「いや、おかしくなっているんじゃないよ!

むしろ、僕はこっちの性格が普通ですっ!

それに、僕の名前はナーノじゃなくてナ・ガ・ノ。中島長野!」


「な…なかじま…ながの?」


「そ。元日本人。異世界転生って分かる?」


「!!!」


その様子なら異世界転生、という概念を理解しているみたいだ。


「あと、こっちのエルも転生仲間だよ。」


「…フンッ…」


僕とエルを交互に見ては、目を白黒させていたコリカンだったが、

まるで、自分が無実であるかのように言葉を垂れ流す。


「だったら、分かるだろ!?オレの祝福ギフトは……

その、オレが可愛いな、と思った子が……その……

オレの所を好きになって…愛してくれる能力であって、

別に操ったりしている訳じゃ無いんだよ……!」


「いやいや。一方的に君から『かわいいな』と思われた他人が、

理由も無しにどうして君に惚れるの?」


「だから『操っていた』とでも言いたいのかい!?

それは違うよっ!!

オレは、ただ、オレのありのままを愛して欲しかったから!!

あの時、女神様にそう頼んだだけだよ……!

女神様が『無条件に周りから愛されるよう』にしてくれたんだ……!」


「僕、その…『ありのまま』とか

『無条件に愛される』って言うのがキモチ悪くてあんまり好きじゃないんだよね。」


だってさ、人に好かれようと思ったら、絶対に努力は必要じゃん?


言葉に詰まるコリカンの視線を合わせるべく、僕はしゃがみ込んで言葉を続ける。


「そりゃね、僕だって『人から好かれたい』って気持ちは分かるよ?

だって、僕が女神さまにお願いした祝福ギフトは【回復魔法】だもん。」


「回復魔法?……な、何で、そんな普通で地味な……?」


普通で地味とか言うな。

普遍的に人気があるから独創性が欠如しているだけだよ。


「怪我をして痛かったり、病気で苦しかったりした時に、

サッと治してあげたら喜ばれるじゃん?

まさに『人に好かれよう』とするための技能みたいな物でしょ?」


オズヌさんを助けた時は、咄嗟だったから、あの時点ではそこまで計算できていた自信はない。

けれど、後々冷静に考えれば「瀕死の状態から助けているのだから、悪いようにはされないだろう」と言う思惑が無かったとは言えない。


「そう言う『打算』も込みで【回復魔法】を選んだんだよ。」


「それなら、俺だって、ナガノを『仲間』にしたのには『打算』が無いとは言えないな。

コイツ、割とお人好しだし、常識や金銭感覚は無いが、頭の回転自体は悪くない。

ある程度きちんと面倒見てやれば、見返りがあるだろうって思ったから『仲間』にしたんだ。」


オズヌさんがあっさりと告白する。


ですよねー。

僕は、人間関係のスタートは「ギブ・アンド・テイク」だと思っている。

「テイク・アンド・ギブ」じゃ無いんだよ。


「打算なんて……そんなの汚いだろ!?」


「汚くないよ。むしろ、それが普通でしょ?」


「でもそんなのズルいよ!卑怯だよ!」


「ズルいだと?

……フン、貴様も、ナガノも……俺様もそうだが、あの女神が俺たちに与えた祝福ギフトって言うのは

『手段』をすっ飛ばして『結果』を得る能力だ。

それこそ、卑怯なくらいにズルい能力だろう?

何を言ってるんだ?」


エルの言葉が妙に鮮やかに聞こえた。


あぁ、あまり考えてみなかったけど、言われて見ると確かに。


僕の【回復魔法】だって、本来の医療における経過とか、完治のメカニズムとか、その辺をすっ飛ばして「回復されたと言う結果」だけが現れている。

そう言った意味では、「何で好かれるのか分かんないけど、結果的に愛されている」ヤツの能力と同じ穴のムジナだ。


「それの何が悪いんだい!?最善の結果を最短で得られるなら…その方が良いだろう!?」


「フンッ…バカかお前。数学の文章問題で『数式』は書けないくせに『答え』だけ正解だったとして、マルが貰えるのかよ?

『答え』だけを見ていると、その途中で真実を見失うかもしれないだろ?

だから異世界人おれたちはこの世界を学んで、それから能力を使うべきだ。

そうしないと異世界人おれたちも世界も不幸になる。」


ちらり、と僕を見るエルの目が「おまえもな」と言っているような気がした。

そっか。コイツの強制ギアスにはそんな意味があったのか……


「うん。それは、僕にも言える事だから、常に気を付けて行かないとな~……」


僕のつぶやきが聞こえたのか、エルは照れたように小さく頷いた。


「フン……隊長からの受け売りだけどな。

それで、コリカン、貴様の能力による『結果』と、それに至る過程で歪まされた真実がこの状況だ。」


「…それは」


そう言ったっきり、コリカンのヤツも黙り込む。

その沈黙を破ったのはオズヌさんだった。


「『異世界人』とやらの苦悩は良く分からんが……」


そう前置きして言葉を続ける。


「お前さん…

愛して欲しいとか言ってるけどな?

そもそも、愛は欲しがるものじゃねーぞ?」


オズヌさんの呆れた声が薄暗い牢に響いた。


「『この人が笑っているだけで自分は嬉しい』とか

『この人の幸せを望む』とか

『この人の事を考えると温かい気持ちになる』とかって言う感情が『愛』であって、

『自分を一番好きでいて欲しい』とか

『自分を受け入れて愛して欲しい』とか言う感情の事じゃねーんだぞ?」


もふもふのキーウィに愛を諭されて思わず絶句するコリカン。


「……そ、そんな…。」


もしかして、「相手から愛情を搾取できるように働いた」結果、祝福ギフトが『操る』方向性になっちゃったのかな?


「…だったら…オレ…どうすれば…」


みるみるうちにコリカンの両目に涙が溜まってゆく。


「…もしかして、コリカンさんは『無自覚』だったんデスかね?」


「無自覚?」


今まで静かにやり取りを聞いていたレイニーさんの疑問に首を傾げる。


「ええ。あの、コリカンさんって男性と女性以外の高位の鑑定士に自分の能力を見て貰った事が無いんデスかねぇ?」


「フン、男性と女性以外ってわけが分からんぞ、レイニー。」


エルのヤツが肩の小鳥にツッコミを入れる。


「あれ?あぁ、スイマセン。…ちょっと、目の前がフワフワして…

えっと、あの『ヒトのカタチをしてない人』って意味なんデスけど…」


「「ヒトのカタチをしてない人!?」」


思わず、僕とエルの声がハモる。


「つまり、俺やレイニーみたいな獣型の人って意味だろ?」


「あ、はい。…そうデス。」


オズヌさんがすかさずフォローを入れる。


「…で、どうなんだ、坊主?」


オズヌさんが足の下に声をかける。

しかし、コリカンはふるふる、と首を振って、心当たりが無い事を示す。


そうか…無自覚かぁ…


しかし、あの能力って本人が一度勘違いしてしまえば『間違っている事に気づけない』と言う部分は確かにある。


そう思うと…まぁ…コリカン自身も、気の毒っちゃ、気の毒か。

…許されるかどうかは分からないけど…


「…みんなに謝りたい、って言うなら協力するよ?」


「…協力?」


「うん。僕の祝福ギフトは【回復魔法】だから。

謝って、みんなからフルボッコにされたとしても、治療なら出来るよ?」








結局、あの後、事態の収拾を図るべく、一旦牢に捕らえられていた冒険者さん達を全員解放し、食事とお風呂を堪能して貰った。


そして、コリカンのヤツは……と言うと、きちんと、全員に謝る事にしたらしい。


【ハーレムの王】の祝福ギフトが無くなった事で、あの女性陣全員が正気に戻った結果、彼女たちの手によって文字通り、ハートフルボッコにされました。

……いや、現在進行形だから、されてます、か。


例え故意ではないとは言え、その影響を考えると、よくフルボッコで許されたよなぁ……

と言うのが僕の感想ではあるんだけど逆に、完全に断罪されて処刑!

って言うのも寝ざめが悪いから、彼女たちがそれで許してくれるなら、良いんじゃないかな?


それに、絶賛開催中の……ハートフルボッコ大会。

むしろ「いっそ処刑してくれ」ってくらいハードだし?


あ、一応、地下牢に閉じ込められていた男性陣も「被害者」と言う事で希望者はハートフルボッコ大会に参加されてました。


プライドを完全に傷つけられた隊長さんがニチャァァァと嗤いながら白霊剣フィオナを振り回す姿は目に焼き付いてるぜ……!


何だよ、あの人!やろうと思えば手加減も出来るんじゃねぇか!


僕達は……と言うと、

オズヌさんとリーリスさんは、炎の地下迷宮で雑魚モンスター狩りの仕事を請け負い、魔物を減らし、迷宮暴走の危機を防ぐ事に。

もちろん他の冒険者さん達やエルも一緒に臨時パーティーを組み、一斉に雑魚の魔物を減らしている。


……このまま暫く冒険者さん達が迷宮の清掃活動を続ければ、ようやくこれで町の方にも活気が戻るはずだ。


まぁ、迷宮があのままだと、溢れる危険性が高かった事もあるけど、僕達がここに足止めされているもう一つの理由。


実は、知恵熱出してたレイニーさんが、ちょっと本格的に体調を崩されてしまったのですよ。

色々と無理させすぎちゃったみたいです。


で、一つ分かった事、僕の回復魔法の特徴!

「病気回復」と「体力回復」は一緒に使うと、片方しか効果を発揮しないか、両方が中途半端に効く。


ラフィーラ姫のお父さんのフォルス伯爵にも「病気回復」と「体力回復」の魔法をかけたんだけど、そちらも「病気回復」だけが効果を発揮。


長期の療養で落ちてしまった体力については、今後ゆっくり戻していくしかないみたい。

一応、ラフィーラ姫のお陰で、あのゲストルームをそのまま使わせていただいている。

……ありがたや。


レイニーさんも数日ゆっくり休んで熱が下がればダリスの町まで帰るのには問題無さそうなので、多分、疲労による発熱。


オズヌさんとリーリスさん曰く、レイニーさんに無理をさせると一週間くらいは寝込むのが常なんだとか。

しかも、幼い頃に回復魔法をしょっちゅうかけられていた為『回復魔法耐性』まで持ってしまっているらしい。


通りで……!

この人、回復魔法が効きにくいな~、とは思ったんだよ。


これはもう、子供のころからの体質らしく、深刻な病じゃなくて一安心です。

そんなレイニーさんは、朝ご飯の後のお薬が効いているみたいで、今は、ベッドで熟睡中。


お疲れ様です。


しかし、これは、エルも言っていたとおり、僕自身、自らの祝福ギフトをきちんと学んで使うべきだと実感した事象の一つだった。


まぁ、でも、今回の功労賞はレイニーさんだよね。

流石…エリシエリさんへの愛は強し。


…クリティカルヒットをかっ飛ばしたのはあの料理人ルークスさんで、影の最優秀賞はエリシエリさんかもしれないけど…



コンコン…

部屋の扉がノックされる。


「あ、はーい!」


「失礼します、あの、リシスさんの体調はどうです?」


そんな事を取り留めも無く考えていたら、扉から顔を覗かせたのはルークスさんとリリィレナさんだった。


「あ、お疲れ様です。今はだいぶ熱も下がって来てて…さっきから寝ちゃってます。」


「そっか、直接お礼を言いたかったんだけど…ボク達は、そろそろ実家に戻ろうかと思って…」


「皆さんには、お世話になりました。」


リリィレナさんも、あの姫騎士の姿とは違い、ゆったりと温かみのある町人風の装いに変貌を遂げている。髪を緩く編み込んでそのまま自然に背中に流している様子は、まさに「看板娘」と呼んで良い。


うん、むしろ、今の方が素敵です。


「リリィレナさん、もうコリカンの野郎へのハートフルボッコ大会は良いんですか?」


「…そうね。私は…ルークスが来てくれたから…」


そう言いながら、少し心配そうな表情で遠くを見つめるリリィレナさん。

そんなリリィレナさんの肩を優しく抱き寄せるルークスさん。


この、コリカン・ハートフルボッコ大会は、気の済んだ人から抜けて行く方式なので、現時点でまだ満足していないのは主に地下牢に捕らえられていた男性陣。

一応、コリカンのヤツの体力が尽きそうになったら回復係の僕が呼ばれる手はずになっている。


ちなみに、コリカンの7人のエンゲージガールズ、と呼ばれた女性陣だが、

リリィレナさんは、このとおり。

内区にあるルークスさんの実家で料理店の経営を手伝うらしい。


ラフィーラ姫はフォルス伯爵の回復が終わった時点でさっさと大会を離脱。


今はリハビリ中の伯爵の世話と、そのお父さんの指示で迷宮の鎮静化向けての作業を手伝っている。

…まだ、11歳なのに…偉い…!

この子が一番、精神年齢大人や!


号泣していたティキさんは、どうやら元々このフォルスの出身ではなかったようだ。

コリカンの顔も見たくない、とばかりに数発ヤツの顔面にビンタと蹴りを入れ、

牢に捕らえられていた冒険者の一部と一緒にさっさとこの町を出て行ってしまった。


リルさんとフルルさんは思う所が有るらしく、フルボッコ大会に例のお薬を飲んでおとことして

出場してからは、部屋に籠っている。


ウィーリンさんは、相当うっぷんが溜まっていたらしく、

攻撃ならぬ凄まじい口撃でヤツのハートを文字通りぼっこぼこにしてくれました。


基本的に口喧嘩で女性に勝てるとは思ってないけど…

アレは、女性の中でもかなりハイレベル。


その全人格を奇麗に否定しつつ、おそらくご本人にしか分からないような中二病的行動や過去の口説き方等に逐一ダメ出しをしているっぽい。


そのうえ、罵り言葉に至っては、ところどころ、翻訳能力を神様から貰ってるのはずの僕でも意味の分からない単語があったからね?


彼女は、皆からハートフルボッコ(物理)にされたヤツを見て留飲を下げたのか、心機一転、と修道院で働く事にしたらしい。


そして、ミカティアさん。


いや、まぁ……彼女のお陰でこのハートフルボッコ大会が今まで継続していると言っても過言ではないんだけど……


……あの、怖かった……です、ハイ。


……うん、女性を怒らせると、本当に、その……スゴイっすね。


麻酔もせずにコリカンさん(……思わず、ここだけは元・男として「さん」付けしたくなる……)のご立派様を蹴りつぶして切り取ってご本人の目の前でホルマリン(?)漬けにしていらっしゃいましたからね?


流石の隊長さんも頬を引き攣らせてましたよ……


何でこんなに詳しいかと言うと、僕が回復役だからですよ!


ちゃんと治しましたよ!!

……何度も……。


ヤられたらヤりかえす!!!


……にも、限度があると思って、回復した回数を数えるのが怖くなった頃にはドクターストップをかけさせていただきましたが!


だって、むしろこれ、ミカティアさんの方に鎮静のための魔法やお薬を使うべき段階だよね!?


軽くホラー入ってるよね!?

生やすたびに潰され、千切られ、毟り取られるご立派様!


増殖する局部のホルマリン(?)漬け!!


どんだけ恨み骨髄に染み入ってるんだよ……!


いや、本当……コリカンの奴も良く発狂しなかったよなぁ……


発狂こそしなかったものの……

この一連の仕打ちで彼に新たな祝福ギフト【雑草魂】が芽生えてしまったみたいで……

お陰様で現在のフルボッコは、武闘大会みたいな……ある意味、健全な方向に向かった訳だけどね。


不健全も極め切ると健全に振り切れる可能性がある、

と言う世の中の奥深さの一端を味わわせていただきました。


……合掌。


で、そのミカティアさん…実は、ストップをかけたら、自殺を図りまして……

いや、助けましたよ!?


助かったんですけど……その、回復が終わったら、ヤツの事を奇麗さっぱりマルっと忘れてました。

今は、憑き物が落ちたみたいに、静かにこの城の図書館みたいな所で休まれているらしいです。


「じゃ、ナガノ君たちも、もし、内区に来たらボクの店に寄ってよ。」


「はい、ありがとうございます!」


「じゃ、行こうか……リリィ。」


「えぇ、ルークス。」


ハートマークを飛ばしながら腕を組んで幸せそうに歩き出す二人。

ま、様式美として祝福がてら言っておきましょう。


リア充、お幸せにばくはつしろ、と。



結局、フルボッコ大会が終結したのが3日後、

レイニーさんが完全回復したのがその翌日、

迷宮掃除の区切りがついて、僕達一行がフォルスからダリスへと帰路についたのがさらに2日後でした。




「レイニー、もう体調は良いのか?」


「はい、オズヌさん…ご迷惑おかけしマシた。」


「いや、昔っからお前に体力が無いのは良く知ってるからな、帰りは無理する前に言えよ?」


「もう大丈夫デスよ!…でも、ありがとうございマス。」


オズヌさんとレイニーさんがそんな会話をしながら街道を行く。

行きはヨーニャの森を突っ切ったんだけど、帰りは「大発生」の予兆も無く…ゆっくり街道を通って帰る事に。


周りはまだ赤茶色のフォルス伯爵領の土だけど、ちょいちょい多肉系以外の植物が目に入って来る。


この辺りは開けているせいか…ほとんど魔物もモンスターも普通の動物も居ない緩衝地帯に当たるそうで、歩く分には、かなり歩きやすい。


ばきっ!「はぅぅんっ!」


「ところでさ、エル。」


僕は少し前を歩いていたエルに何となく声をかける。


「…フン、何だ?ナガノ。」


「あのコリカンから奪った祝福ギフトってどうなったの?」


「フン、アレは壊して破棄した。」


どうやら、あの赤い宝玉、奪った技能を破棄したい場合は、そのままパリンっと壊せば良いらしい。


「へー…じゃ、仮に自分の技能として受け入れたい場合はどうするの?」


「フン…あの宝玉を自分の体内に取り込めばいいのさ。」


要は、ごくん、と呑み込む必要があるらしい。


「えっ!?でも、ピンポン玉くらいの大きさがあったじゃん!?」


「フン、もちろん、茹でれば薬のカプセルサイズくらいに小さくなるに決まってるだろ。」


ゆ、茹でるんだ…!


「じゃあ…戦闘中に相手のスキルを奪ったうえで、自分が即活用する事はできないって事かぁ…」


「…貴様、何の為に俺様が【狼】の姿になれると思ってるんだ?」


「あ!そっか、狼なら、一口でごくん、出来るか…。」


でも、狼の姿にそんな深い意味まであったとは…意外~。

いや、単に「中二病的にカッコイイ獣」を選んだだけかと思ってた。


どごっ!!「おっふぅっん!」


僕とエルがそんな会話を交わしていると、リーリスさんが隊長さんに楽し気に声をかけていた。


「ねー、ナザール隊長、これで今回の依頼は成功っスよね?」


「……依頼自体は終了と呼んで差し支えないだろう。」


「やったぁ!じゃ、依頼料出るんスよね!?」


「……ああ、祝福ギフトの件と併せて報酬は約束通り清算させてもらおう。」


「にゃはは~、オレ、殆ど役に立っていないのに…

フォルス伯爵からもお礼を貰えて懐がぬくぬくっス!

じゃ、今度またダリスで飲み比べするっスよ!」


「……考えておこう。」


うわぁ…

うわばみとうわばみが怖い話してる~。


ぱしぃんっ!!!「ひぎぃぃっ!」


「ところで、ナザール隊長…ちょっと一つ気になるんスけど…」


「何だ?リーリス・リン。」


「何で、あのコリカンさん、リルさん、フルルさんも一緒にダリスに向かってるんスか?」


そうなんだよね。


実は、あの後…

コリカンの処遇については「フォルス伯爵領からの追放」って事になったのだ。


だけど、あの新たに生まれた祝福ギフト【雑草魂】……

…これも、負ければ負ける程強くなっちゃう系のスキルらしいんだ……けどぉ……


ばきゃッ!「はぁぁぁんッ!」


リルさんの蹴りがコリカンのケツに炸裂する。


…うん。さっきから、何度も響いてます。その音。


「あぁっん!!もっと!もっと蹴ってくださァい!!

そのおみ足で!愚かなッ!過ちを犯した!このダメなボクを!痛めつけてっ!!ハァハァ…ッ!!」


「オラァ!!」


ドバキッ!!


「あぁぁっ!!!き、キモチィィィィイイイイッ!!!!」


負ければ負ける程ってそういう方向かなぁ!?

しかも、この人、一人称も変わっちゃってるし、自分で素肌に亀甲縛りしてるんだよ!?


セルフ亀甲!!

初めて生で見たよ!?


あ、放送倫理の砦はきちんと穿かせてますのでご安心ください。


念のため、アルストーア皇国の姫君に相談するまでは、隊長さんがコリカンの身柄を預かる事になっている。


「デモ、ヨカッタネ、エル。オ友達ガ増エテ。」


「おい、ナガノ…貴様、何で棒読みになっている……。

フン、俺様が何であんな変態と友人にならねばならないのだ!」


それを聞いたコリカンが鼻息荒く、こちらに近寄って来る。


「ハァハァ……エルヴァーン先輩ッ!そのツレナイ冷たい態度がイイッ!!

ボクの股間のボルテージが上がるよぉ……!!ハァハァ……!!

厳しいご指導!!よろしくお願いしまぁす……ッ!」


「せ、先輩!?

……ふ、フン!まぁ、俺様は先輩だからな!

うん。隊長の部下として、貴様の面倒を見てやらんことも無い!」


……エルのヤツ。

先輩と呼ばれた途端、何か妙に嬉しそうにソワソワしだした。


お前、案外、友人のハードル低いな!!


「オラァ!まだダリスまで100回ケツ蹴りの途中だろうがっ!!」


ばきぃっ!!


「ありがとうございます!リル様っ!!」


「…ちッ!教育的指導だッ!!馬鹿めっ!!」


べきっ!!


「はぅんっ!!ご褒美です!フルル様ァ!!」


教育的にはむしろ今すぐに止めて貰って良いですかね!?


機械的な喋り方をしていたリルさんだったが、あの状態異常が剥がれ落ちると、かなりアネゴって感じの口調の拳闘士さんでした。

今では、あのラバースーツは捨て去り、普通の冒険者としておかしくない恰好をしている。


フルルさんも同様にあの超ハイレグビキニは捨て去り、同じような冒険者としての格好だ。

こちらはリルさんとは逆に、プライドが高いのか……かなり無口で殆ど会話らしい会話をしない。

同じエルフでもリーリスさんとはエライ差だよな。


お二人の目的はあのエリシエリさんのお薬だそうで……曰く、


「やっぱり、戦うなら男の身体が一番さね。」


「……同感だ。」


……そういう事らしい。

そっか……こういう需要も有るんだね。


ちなみにあのお薬の類似品で「ずっと性別が変化したまま」の完全な性転換薬もエリシエリさんの薬屋では取り扱いが有るらしい。


むしろ、薬としては「性別が変わって、またすぐに戻る」方が難しいのだとか。


そんな訳で二人の目的地はエリシエリさんの薬屋なのだ。


どごっ!


「はぅん!イくぅ!!お尻があっちの世界にイっちゃう~!!」


ねぇ……もうそろそろ止めてあげて?

コリカン本人より歓喜と興奮の声を聞かされ続けるこっちの方が軽く苦行なんだけど……

そろそろ100回行ってないかな?


「おい、お前さん方……そろそろケツ蹴りを止めた方が良いぞ。」


「あぁッ!!ボクのご褒美タイムがッ!!」


オズヌさんの言葉に、真っ先に反応するコリカン君。

よだれを拭け、よだれを!


「さて、ここからはヨーニャの脇の街道に入るからな、それなりに警戒して進むぞ。隊列を修正しろ!」


「「応!」」


オズヌさんの声に、僕達はおしゃべりを止めて隊列を組み直す。


ここからは一応、真剣モードだ。

コリカンの奴も縄を解いて防具を身に着ける。


まだ近くで小鳥の声が聞こえているから、大型の魔物は近くに居ないだろう。


ふと、僕は予言のお姫様の言葉を思い出す。


『世界を壊す病魔となりし者、炎宮の里、現れる。

 

 神の目を持つ小鳥、病見極め、


 黒い剣の剣士、病魔打倒し、


 簒奪の騎士、災い祓う。


 癒しの来訪者、病魔癒し、


 その者、新たな扉開かれん。』


……。


……新たな扉……かぁ。

開いちゃいけない扉、アカン方向にフルオープンした気もするけど……


でも、まぁ、国を亡ぼすような危機は明らかに去って行ったのだろう。

見上げた空には、流れるような文様が浮かんでいる。


おしなべてこともなし、ってね。


今日もまた、きっといい日になりそうだ。


~完~

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