第7話 おパンツ菩薩は着せ替えがお好き
「…それにしても…かなり古いタイプの首輪デスね…」
レイニーさんが壊れた首輪を不思議そうに眺めている間にオズヌさんは袋の中のお宝をカウンターや受付スペースに広げていた。
「…よし。ま、こんなもんか。レイニー、これ【鑑定】頼むわ。」
「ホントに多いデスね!?」
宝箱一式、古びた本、研究資料と思しき品々、かなり大型の機器や机(流石に分解されいくつかに分けられて袋に入っていた)、半円状の透明アクリル板、椅子…
「後、液体も有るんだが?」
「魔法薬デスか?」
「多分な。こっちの袋の3番目の口から入れてある。
量は分からんが…風呂桶半分くらいだと思うぞ。」
「分かりマシた。お預かりしマス。」
「じゃ、俺達はナガノの住民登録に…」
「ちょっと待ってくだサイ!!」
鑑定屋の扉を開けようとした僕たちを引き止めるレイニーさん。
「まさか、この子…この格好のまま役所まで連れて行く気デスか!?」
「一応、フードは被って貰おうとは思ってるが…」
「裸足のままデスか?それに、このポンチョ…みたいな服の下は何着せてるんデスか?」
全身の風通し、いとすがすがし。
「あー…それも、これからついでに買おうと思ってる…」
「どうしてアナタは…時々豪快に常識外れな事をするんデスか…」
頭痛でもこらえるように頭を抱えるレイニーさん。
オズヌさんも、ちょっとは自覚があるのか、気まずそうに耳の後ろをぽりぽりと掻いている。
まぁ、日本でも、裸にコートで服屋に行ったら通報されかねないよな…うん。
「ちょっと二人共!奥入って座っていてくだサイ!…
…エリシエリ様ぁ、ウチに10歳くらいの
オズヌさんがまた子供を連れてきているんデスよ!」
「人型用の子供服?」
僕の疑問符を拾ってくれたのか、オズヌさんが答える。
「獣人の子の場合、種族によっては服に尻尾用の穴が必要だろ?
でも、
なるほど!
薬棚や瓶の群れの奥。
レイニーさんは二階に上がる階段に向かって声をかけた。
呼びかけに答えるように二階から、は~い、と言う女性の声と、トタトタ、と軽い足音が響いている。
「ナガノ、とりあえず、こっちだ。」
出入り口に『昼休憩』の札を引っ掛けるとレイニーさんは何かを探しに部屋の奥へと早足で歩いてゆく。
オズヌさんは勝手知ったる友人宅なのか、カウンターの脇をスルリと抜け、レイニーさんに言われた住居スペース…多分、客間?みたいな所へ入ってゆく。
僕も、オズヌさんの後を追って部屋の入口をくぐる。
おお…何か、物は多いけれど、エキゾチックなホテルの客室みたいな雰囲気でかなりオシャレな内装だ。
天井とか壁に描かれた魔法陣らしき模様がちょっと中二病っぽいと思うのは僕が日本人だからだろうか?
この建物、窓にガラスは無いが、外が透けるような薄いタペストリーがかけられている。
この薄いタペストリー…日本の感覚だと「網戸」とか「蚊帳」に近いかもしれない。
今の季節なら暑くも寒くもないし、日当たりも風通しも良くなってガラス窓よりこの環境にあっている気がする。
5,6人がゆったり座れるような三日月型のソファの上に腰掛けるオズヌさん。
あ、靴は脱がないんだ…。
「こっち来て座って待ってればいいさ。」
「あ、はーい。」
僕がオズヌさんの横にちょこん、と座ったところで別の一段高くなった出入り口の方からいくつか布を抱えたニコニコ笑顔の美女が入って来た。
その出入口の下には女性用の柔らかそうな靴が置いてあるし、今の彼女は素足なので、
おそらく、あの入り口以降は靴を脱いだプライベート・ルームなのだろう。
「あら、いらっしゃい~。」
うおっ!目があった!!!
彼女の深い海の蒼と宇宙の青が混ざったような瞳が好奇心でキラキラしている。
「あらあら、まぁまぁ〜…オズヌちゃんったら今回はずいぶんと可愛い子を連れて来たのね〜。」
金色から毛先に向かって淡いブルーのグラデーションが美しい長いストレートヘア。
割と地味な感じの肌を見せないくすんだ白いロングドレスなのだが、妖艶とも聖母的とも取れる魅力的な微笑みを浮かべた彼女が身に纏うと、それも一気に高級品に見える。
受付の女神様とタイマン張れるようなグラマラス・ダイナマイトな美女が!
目の前に!!
眼福であります!!
年の頃は20代前半…いや、でも50代のオズヌさんを「ちゃん」付けで呼ぶあたり…
もしかすると『ホントは凄い長寿だけど見た目は若作り』…とか、そういう種族の人なのかもしれない。
ふと、彼女の視線が僕の隣に座るオズヌさんの顔で停止する。
「?ところで、あなたは…オズヌちゃんの親戚かしら?
昔のオズヌちゃんに本当そっくりね〜。」
「おいおい…エリシエリまで…俺がオズヌ本人だぜ?」
「えっ!?」
ばさばさっ
思わず、荷物を取り落としてしまうエリシエリさん。
これだけ美女だと、そんな仕草まで絵になるなぁ…!
口元に寄せられた白魚のような細い指がまるで上品な絵画の一幕だ。
「…あらあら…あらあら…」
余程驚いたのか、そのままオズヌさんの顔をなでなでと撫で回す。
…なんか、ちょっと行動が子供っぽくてかわいい人だな。
「お、おい!何だ!?いきなり?!」
「…オズヌちゃん…お肌つやつやだわ~」
「肌ぁ?…レイニーの奴もそんな事言ってたな…そんなに違うのか?」
「全然違うわよ~…レイニーちゃんみたいになっちゃって…羨ましいわ~。」
なでなで。ぷにぷに。なでなで。
ほふぅ…。
うっとりと深いため息が彼女のつややかな濡れた唇からこぼれる。口元のホクロが実に色っぽい。
はやり、女性にとって美肌とは永遠の憧れなのだろうか。
「エリシエリだって十分若いだろうが。」
「ダメよ私なんて…【祝福】でお日様が生まれている間だけ、粗を隠してもらってるのよ〜?
でも、本当にどうしたの〜?どうやってこんなに若々しくなったの〜?」
なでなで、なでなで、なでなでなでなでなで。
「…おい、もういいだろ。」
「ダメよ~。秘密を話すまで離しませ~ん!」
「やめろ!摩擦熱で発火するわ!!」
「やぁ〜ん!オズヌちゃんのいじわる~!」
「意地悪じゃない!…まったく、こんなところレイニーのヤツに見られたらエライことになるだろうが…!」
「そうデスね。」
「うわぁ!?」
「ヒィッ…!?」
振り向くとそこにメガネをかけた夜叉が居た。
レイニーさん!?
いつの間にッ!?
いやいやいや!?
なんでそんな…ずごごごごご…とか言いそうなドス黒いオーラ出してるの!?
お前はどこかの世紀末覇王メガネか!?
しかもその手に持っている異様に禍々しい本は何!?
「おっ、落ち着け!レイニー!!」
「ええ大丈夫デスワタシは落ち着いていマス大変冷静DEATH何も問題ありません」
ノン句読点!?
しかもセリフの途中に死が垣間見えたのは気のせいかなッ!?
「あらあら、レイニーちゃんったら。どうしたの?怖い顔をして…?」
「あ、いえ、なんでもありません、エリシエリ様。」
にっこり。
…天使の微笑みだとッ!?
その変わり身の速さ、音速を超えたッ!
心臓に悪い衝撃波が僕とオズヌさんの心に突き刺さる。
「…デスがいくら恩人のオズヌさんと言えドモ…ワタシの愛するエリシエリ様を誘惑するのでしたら…容赦はいたしかねマスが…?」
「だから、違うっ!お前の勘違いだ!!エリシエリは俺が若返ったのが不思議だっただけだ!」
「ええ、そうなの。だって、オズヌちゃんがこんなにぴちぴちのお肌になるなんて…ずるいわ~。」
ぷ~、と頬をふくらませるエリシエリさん。
確かに、かわいい…ん、だけど…
何か、僕が見惚れてしまった場合のレイニーさんの反応が怖くてエリシエリさんを直視できない…
「…あの~…レイニーさんとエリシエリさんって…もしかしてご夫婦なんですか?」
「!!そう見えマスか?ナガノ君は中々見る目がありマスね。」
二人はご夫婦発言に気を良くしたのか、一気に態度を軟化させるレイニーさん。
「あらあら~。うふふ。きちんと夫婦に見えるかしら~?
レイニーちゃんとは年が離れちゃってるから…おばちゃん恥ずかしいわ~」
いや、この保存状態の良さでおばちゃんを自称されたら、中年女子の立つ瀬が無いから止めてあげて!?
「エリシエリ様!!愛に年齢は関係ないデスよ!ワタシだって、もう大人デスから!」
「そうね~。大きくなったわね~。昔は可愛かったけど、今のレイニーちゃんは素敵よ~。」
…あっ、これ多分二人の世界に入っちゃったな…
甘ーい雰囲気とか、あむぁ~い空気とかが真夏の熱帯低気圧並に大発生している。
イチャイチャ、と言う音がリアルに聞こえるぜ。
これはもう、様式美として言っておかねばなりませんな。
はい、皆さんご一緒に。
…リア充爆発シロ。
「あー…コイツ等は…」
オズヌさん達の話によるとと、昔オズヌさんの仕えていた主の侍女がエリシエリさんで…
二人の関係は「元同僚」だそうだ。
その主さんがご結婚されたのを期にオズヌさんは冒険者へ、エリシエリさんは町で薬屋を営むようになったらしい。
なお、僕みたいに回復魔法を使える人以外、普通は冒険をするのに回復の薬=ポーションが必須。
エリシエリさんのポーション作りの技能が高い事もあって、オズヌさんはかなりこの薬屋をご贔屓にしており、そこから現在まで友人関係が続いている、との事。
しかも、エリシエリさんの薬屋は、真面目なポーションから、ちょっと変わった薬…
例えば、かくし芸なんかで数分だけおっさんが女性になっちゃうようなお薬とか、
元の世界で言う窒素ガスみたいに声を変えるお薬とか…
かなり、バリエーション豊富なんだとか。
エリシエリさん…見た目に反してかなりお茶目な人みたいだ…。
そして、レイニーさんは、オズヌさんが冒険で別の国に行った際に、なんやかんやあって助けた孤児だったんだとか。
当時のレイニーさんはかなり体が弱く…
とてもではないがオズヌさんと一緒に冒険をできるような子ではなかったそうだ。
なお、大人になった今でも、あまり無茶はきかない質だそうだが…
あ、うん。
見た目からもそんな感じするわ。
助けた当時は、色々タイミングが悪く…懇意にしている孤児院は定員いっぱいで、そこに入れる事も出来ず、流石にこの時はオズヌさんも途方に暮れたらしい。
そんな時、一時的に保護者としてレイニーさんを引き取ったのがエリシエリさん。
エリシエリさんの献身的な介抱の結果、無事健康を取り戻したレイニーさんだが…
その際に心の方はすっかりエリシエリさんに奪われていたらしい。
まぁ、こんな美女に優しく介抱されたら…
うん。気持ちは分からないでもない。
レイニーさんは12歳の頃から1つ歳を取る毎にエリシエリさんにプロポーズをしては玉砕を繰り返しており、この街では一種の名物だったそうだ。
密かに、いつレイニーさんがエリシエリさんを射止めるか…賭けの対象にまでなっていたらしい。
なお、結局レイニーさん20歳の春にエリシエリさんを射止めた時はちょっとした阿鼻叫喚のお祭り騒ぎだったそうだ。
「レイニーのヤツは、エリシエリが絡んでくると色んな意味で頭のネジがブッ壊れるから注意しとけ。」
「…了解です。」
「ところで…この辺の服ってナガノに着せてみて良いのか?」
「あっ、そうそう~。一応、来月いつもの孤児院に持っていこうと思ってた物なの~。」
落としちゃってごめんなさいね、と言いながらエリシエリさんが足元の布達を拾い集める。
おお!!柔らかそうな布の服!!
「お洋服はお下がりが多いけど、下着は新品だから安心してね~。」
「ありがとうございます!」
おおおおおおおおお!!!
ありがとうエリシエリ様ッ!!
貴方の笑顔が菩薩に見える!!
ああー、後光がまぶしィー!!
こういう時に『下着を新品で』っていうのが女性ならではの心遣いだよな~。
早速、適当にエリシエリさんに見繕ってもらった衣類に着替えてみる。
あ…お日様のいい匂いする…。
ほっこり。
…神や…神はココにも居ったんや…!
色合いは茶色とか緑色とか、なんかこう『自然の染料で染めました』って感じの地味な色合いなんだけど、着心地的には100点満点です。
…ちょっと、ズボンの裾とか袖が長いけど、こんなのは二つ折りにでもしておけば問題無い。
「あら可愛い~。…でも、ちょっと大きいかしら?…ね、ナガノちゃん、聞いてもいいかしら?」
「はい?何ですか?」
「この背中の傷…どうしたの?」
「背中の傷?」
ああ、あの水中で爆風に吹っ飛ばされた時ぶつけた背中の事だろう。
痣でも出来てたのかな?
「あ、昨日、ちょっとぶつけただけなので、大丈夫です。」
「…そう。でも、傷なんて見えない方が良いわよね?…ちょっと待ってね~。」
エリシエリさんは、すぐにまた一抱えくらいの衣装を持って戻ってくる。
「あの、別にこのままでも…」
着心地も良いし…裸から比べたら別にこのままでも良いような気がするんだけどな…?
どうせ、10歳児なんてすぐ成長するだろうし…
「心配しないで、ウチ、子供服はいっぱいあるのよ~」
「あ、ありがとうございます…」
まぁ、そう言うなら、身体にジャストフィットする服の方が良いのかな?
…などと甘い事を考えていた、と僕が思い知るのはさほど遠い未来ではなかった。
「それで~、これはレイニーちゃんが小っちゃい頃に着てたんだけど、どうかしら~?」
「あらあら~、ナガノちゃんは色白だから、濃い色も似あうわね~。次はこっちね~」
「ん~…ちょっと小さ過ぎるわね…じゃ、今度はこっちよ~」
「いやん、カワイイ~…でも、これじゃ冒険者さんとしては動きづらいわよね~?
だったらこっちかしら~?」
「はい、次はね~」
お…女の人って小さい子供を着せ替え人形にするのが好きだよねぇぇッ!?
しかも、僕の場合中身がほら…一応成人してるから、本当の子供と違ってかなり大人しく着替えるじゃろ?
そのうえ、服は借り物だから、丁寧に着て・脱いで・畳むじゃろ?
別に、基本文句は言わないじゃろ?
「次はこれを着てみてね~。」
…だから、こうなっちゃうんだよね…
手渡された服を見て、流石にこれは…と、手が止まる。
「…あの…ドレスは…ちょっとご遠慮させていただきたい…かなぁ…」
「あらあら~…ふふふ、そうよね~。
ごめんなさいね、だったらこっちよね。
…でも、その髪にこの濃い蒼のリボン…似合うと思うのよね~…」
うぐぅ!
美女の上目遣いとため息は卑怯だぞ!!
着ちゃう!!着ちゃうじゃないか!!!
己の意思とは関係なく、体が動いてしまうッ!!!
だって、そんな切なそうな目で見られたら…!
申し訳なさと世紀末覇王メガネへの恐怖心で着ちゃうよ!!
もー!こーなったら、最後まで付き合うさー!!!
ドレスでも水着でもおかわり持って来いやオラァ!!!
結局、僕がエリシエリさんの着せ替え人形から解放されたのは、たっぷり20着は試着をさせられた後だった。
…つ、疲れた…
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