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 大きな赤い宝石は、ローズから見てもかなり高価なものだとわかる。まわりには色とりどりの小さな石がちりばめられており、豪華というよりはむやみに派手な首飾りだ。


 はっきり言って、ローズやベアトリスの趣味ではなかった。


 そしておそらく、レオンの趣味でもないような気がする。


 そこまで考えてローズは、深いため息をつくと、隣に立つレオンを見上げた。





「レオン様は、この首飾りを見てどう思われましたか?」


 思いがけない質問に、レオンが動揺するのがわかった。


「いや……綺麗、だと、思ったぞ」


 瞳を泳がせて応えたレオンに、ローズは一瞬躊躇したが、口を開いた。


(今後もこんなことを続けるなら、この方はお嬢様にあきれられてしまうわ)





「この首飾りが、わたくしに似合うと思ってお選びになりましたの?」


 いきなりきつくなったローズの口調に、レオンは黙り込む。


「女は装飾品を好むもの……またそんな一般的なお言葉をお信じになったのではございませんか?」


 ちらり、とローズは控えている黒髪の執事に視線を流した。当の執事は、その視線を受けてにっこりと微笑む。それをにらんで、ローズはもう一度視線をレオンに戻した。


「レオン様」


「なんだ」


「本当にわかっておられるのですか? あなたは、どこかのなんとかという女性と結婚するのではなく、このわたくしと結婚するのです」


 言いながら、ローズは立ち上がる。そして、背の高いレオンを真っ直ぐに見上げた。





「気をひく贈り物も洗練された誘いも、わたくしには必要ございません。ただ、きちんとわたくしを見て下さるだけでいいのです。そしてあなたも、飾ることなく本当のあなたでいてください。わたくしが欲しいものは、それだけです」


 ローズの知っているベアトリスは、そういう女性だ。口だけの言葉などいらない。飾らない本当の自分を見せた相手にだけ、ベアトリスは心を開く。それをローズはよく知っていたし、その感情はローズにも十分理解できた。





 レオンが怒りだしたらどうしようとひやひやしながら言った言葉だったが、彼は苛立つでもなく黙ってローズを見ている。


「わたくしたちが夫婦でいる期間は、これから長く続くのです。お互いに無理を重ねていては苦しいだけです。政略結婚とはいえ、わたくしは幸せになることをあきらめておりません。そしてレオン様にも、わたくしと共に幸せになっていただきたいのです」


 は、としたようにレオンは目をみはった。


 ベアトリスの気持ちとして、きっと今の言葉は間違っていない。そう思いながら、ローズは続けた。





「だからレオン様も、誰の真似をするでもなく本当のご自分でいてください。わたくしは、そのようなレオン様になら添い遂げる覚悟を持てるでしょう」


「そうか……」


 呆然とローズを見つめていたレオンは、しばらくして照れたように笑んだ。





「実は、こんな雰囲気は俺も苦手だ。そう言ってもらえると、俺としては大変助かる」


「まあ気が合いますわね。私もですわ」


 柔らかい表情になったローズを、レオンは目を細めて見る。


「お前は……」


「レオン様」


 その時、エリックがレオンを呼んだ。見れば、サロンの入り口に別の執事が立っている。





「なんだ」


「お話中申し訳ありません。少しよろしいですか」


「すまない。父の執事だ。少し席を外す」


 レオンがローズに言って、足早にその執事に近づく。入れ替わりにエリックがローズに近づいてきて小さく言った。





「あまり私の主をいじめないでやってください。あれでも、あなたの気をひこうと一生懸命なのですよ」

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