5-4-7 ヨークシャ商会


 王子から手紙でヒロイン攫われたことを知った私は、シリーと二人ヨークシャ商会の裏口に転移した。


「周りに人はいない」

「はい、大丈夫です。転移を目撃されませんでした」

「よかった」

 緊急事態なので仕方なく使用したが、転移できることが他人に知られるといろいろ厄介だ。父親にも禁止されている。


「先ずはヒロインの居どころね」

 私はヨークシャ商会の建物を鑑定し、ヒロインの居場所を探る。

「いた、地下室のようなところね。このまま乗り込むわよ」


 グアシャン。


 裏口のドアを蹴破り、そのまま廊下を建物の奥に進む。


「何事だ、止まれ、貴様ら何処から入ってきた」

「構っている暇はないわ」

「うっ」

 現れた従業員の男性に当身を食らわせ、構わず先に進む。


「おい、誰か警備隊を呼んで来い。二人組の女の盗賊だ」

 後ろの方で声がするが、そんなものは構わない。警備隊が来て困ることになるのは、むしろお前たちの方だ。

 私は次々に扉を蹴破り、地下室への階段を駆け下り、地下室の扉の前に辿り着いた。中に攫われたヒロインがいるはずだ。私は息を呑んで扉を開け中に入った。


 地下室は異様な雰囲気に包まれていた。拷問部屋のような、SM部屋のような、監禁部屋のような、そんな道具や器具が散乱し、鉄格子でできた檻まである。異様な匂いが部屋中に充満していた。


 なにこの匂い。


 まずい。


 私はとっさに指輪の収納から解毒薬を取り出し飲み干した。

「流石ですね。とっさに解毒剤を服用するとは」


 物陰から、キース=ヨークシャがヒロインを引き摺って現れた。

 髪を持たれ引き摺られるヒロインは、裸にされ全身痣だらけである。意識が朦朧としており、目の焦点が合っていない。薄ら笑いを浮かべている。


「帝国製の痺れ薬に既存の解毒薬がどこまで効きますか」

 ヒロインの有り様に怒り心頭ではあるものの身体が自由に動かない。

「シリー、取り敢えず撤退よ」

「後ろのメイドさんなら、倒れていますが」


 後ろを確認するとシリーが倒れていた。いざとなれば転移で逃げられると思ったが甘かった。こうなれば出たとこ勝負、神頼みだ。いや、神は後ろで伸びているか。


「サーヤさんになにをしたの」

「見ての通り、教育的指導を少しね。本番はこれからですがね」

 キースはヒロインを転がし、腹を踏みつけた。股間からは何か噴き出している。

「なんて酷いことを」


「本人は気持ちよくて夢心地じゃないかな。この帝国製の薬はよく効くんだ。もっとも帰っては来れないけどね」

 瓶に入った謎の黒い液体を揺らして見せる。


「帰ってこれないってどういうこと」

「ずっと夢の世界に行ったままってことさ」


「もとには戻せないの」

「そういうこと。もっとも伝説のエリクサーでもあれば、なんとかなるかも知れないけどね」

 そう言ってキースは笑った。


 怒りがこみ上げる中、私は冷静に考えを巡らしていた。シリーの支援魔法、思考加速と並列処理のおかげだろうか。

 ヒロインがずっとあのままだった場合どうなる。いっそここで死んでやり直した方がいいか。そうすれば、体の傷は奇麗さっぱり無くすことができる。その場合記憶はどこまである。記憶が戻った時に受ける心の傷はどの程度だ。それは、エリクサーを手に入れて治療した場合でも同じか。なら、死んだほうがましか。


「これから君にも使ってあげるから喜んでよ。高いんだよ。この薬」

「そんな薬をどうやって手に入れた」


「帝国から密輸したのに決まってるだろ。いろいろ伝手があってね」

「第四皇子か」


「ほう。そんなことまで知っているのか。流石は公爵令嬢」

 声は後方からした。階段を降り、地下室に一人の男が入ってきたのだ。


「親父」

「あなたが会頭か」


「お初にお目にかかります。バーグ=ヨークシャ。ヨークシャ商会の会頭をしております。以後お見知りおきを、公爵令嬢」

 バーグは、いかにも、何事もないような挨拶をよこす。こちらから挨拶を返す気はない。


「あなたには、一つ聞いておかなければならないことがある」

「何でしょう。どうせここからは二度と出られないのです。一つならお答えしますよ」


「帝国とはいつから繋がっていた」

「そうですね。ランドレースが死ぬ少し前からです」

 そんな前から帝国と繋がっていたのか。死に戻るようなことがあれば、早々に潰しておかないと危険だな。


「サーヤの祖父も関わっていたのか」

「あの人がそんな違法行為をするわけがないでしょう。知られたら警備隊に突き出されますよ」


「なら、サーヤさんの祖父が死んだのはあなたの仕業なのか」

「お答えするのは一つといいましたが、既に三つ目ですよ。まあいいでしょう、貴族のお嬢様ですからね。特別サービスですよ」

 いかにも貴族のお嬢様は、我が儘で困ったものだと言いたげな口調だ。


「残念ながら、自然死ですね。商会を乗っ取るために、そこの孫娘と一緒に死んでもらう計画だったのに、実行前に、心不全で死んでしまいました。お陰で商会を乗っ取るのに余計な時間と手間をかけさせられました。まさか、商会を引き継いだ孫娘が直ぐ死んでしまったら不審に思われますからね。ですが息子にはいいおもちゃができたようです」


「そう。おもちゃなの」


「それではあなたにも、この薬を飲んで夢の国に行ってもらいましょうかね。そこのメイドもご一緒に。お、これは流石、公爵家のメイド、美しさが違いますな。十分に楽しめそうだ」


 もういい、女性をおもちゃだと思っているやつらに生きる資格はない。こいつらは悪だ。


「グラール来い」


 私の呼びかけに答えて、グラールが空中に現れる。


「召喚魔法使いなのか」

「そんな少女を呼び出してなにになる」


「悪はどこ」


「グラール、こいつらは悪だ」


「こいつらは悪、滅していいの」

 嬉しそうなグラール。

「何をする気だ」

 バーグが声を荒げる。

「幼女もいいな」

 キースは馬鹿だ。


「構わない。滅してしまえ」

「こいつらは悪、滅する」


 グラールがそう言った瞬間、二人はこの世から消えさった。



「キャア、私、なんで裸なの」

「お嬢様、ここはどこでしょう」


 ヒロインとシリーが意識を取り戻した。

 ヒロインの身体の痣が消えている。

 そういえば私も身体の痺れがない。

 辺りを見回せば、あの怪しい道具や器具もない。どうなっている。


「グラールなにかした」

「悪を滅した」


「それだけ」

「それだけだがなにか」


「サーヤさんの痣が消えているし、私の痺れも治ったわ」

「悪の存在は完全に消し去った。そういうことだ」


 理由はわからないがグラールのおかげのようだ



「あの、なんで私裸なのでしょう」

「ヨークシャ商会に攫われたのよ。覚えてない」


「ヨークシャ商会?」

「薬のせいで記憶がないようね。シリー取り敢えずなにか羽織るものを」

「畏まりました」

 今は暴行を受けた記憶がない方が幸せか。

 シリーが近くにあったシーツのような布をヒロインに巻きつける


「さて、後はここから脱出ね」


 私たちは慎重に地下室から地上にでた。周りに気を配りながら廊下を進む。


「あれ、ここ商会ですよね」

「そうよ、攫われてきたのよ」

「ここに、ですか?」

 ヒロインが首を捻っている。


 その時前方から足音が聞こえ、数人の男たちが廊下の角を曲がって現れた。


「お前たちが盗賊か娘を放して投降しろ。もう逃げ道はない」


 警備隊が駆けつけたようだ。


「私たちは盗賊ではないわ。攫われた娘を助けに来ただけよ。私は北の公爵の娘エリーザよ」

「攫われた娘だと。それに公爵令嬢だ。どうなっている。店の者を連れて来い」


 警備隊の一人が廊下を走って行く。直ぐに従業員らしき男を連れて戻ってきた。


「おい、相手は公爵令嬢で、攫われた娘を助けに来たと言っているぞ、どういうことだ」

「そう言われましても。女性二人組の盗賊が無理矢理店に押し入ったのです」


「では、あの攫われたという娘はなんだ」

 警備隊の隊長が私の背後に匿われているヒロインを指差す。


「あれ、サーヤお嬢さんじゃないですか、学院におられたのではないのですか。いつ戻られたのです。それになんですその格好」


「それが私にもよくわからないの。ここランドレース商会よね」

「そうですよ。あなたが代表のランドレース商会ですよ」


「ランドレース商会。ヨークシャ商会ではないの」

「ヨークシャ商会?なんですそれは、聞いたことないですが」


 どういうことだ、ヨークシャ商会だった場所がランドレース商会になっている。しかも代表はヒロインだ。従業員とも顔見知りのようだ。


「シリー。どういうこと」

「さー。私にはさっぱり」

 シリーではないようだ。


「グラール。どうなってるの」

「悪は滅せられた」

 どうもこれもグラールのせいらしい。


 そうなると、困ったことになった。ヒロインを攫った犯人はグラールが消し去ってしまった。それこそ跡形も無く、存在自体が無かったものになっている。そう、まるで初めからこの世界にいなかったように。


「グラール、もしかして過去の存在も消えているの」

「悪は元から絶たないと駄目。滅するとはそういうこと」


 過去改変か。またずいぶんと厄介な。後で教会に怒鳴り込んでやる。取り敢えずはここをなんとか切り抜けなければ。


「えー。説明させていただきますと、ヨークシャ商会を名乗る男たちが、サーヤさんを攫うところを目撃したので、後をつけました。根城と思われるここに入るのを確認したので、サーヤさんを助け出すために踏み込みました。地下室でサーヤさんを見つけましたが、犯人たちは既に逃亡したと思われます。姿形もありませんでした。以上」


「それって店の内部に犯人一味がいるってことじゃないのか」

 警備隊長が従業員の方を睨みつける。


「私どもはそんなことしていません」

「商会の中にそんな人はいません」

 従業員は当然否定し、ヒロインも従業員を擁護する。


「だが、そうなるとなぜここの地下室に攫ってきた。おかしいだろ」


「灯台下暗しという言葉もありますからね。犯人たちは盲点を突いたつもりだったかもしれませんよ」


「成る程、公爵令嬢様は考えることが違いますな」


「兎に角、攫われたサーヤさんも無事だったし。犯人の手がかりも無し。ここはこれでお開きにしましょう」


「いや、犯人の手がかりはこれから捜査しますよ。まずは、犯人の容姿について教えていただきましょうか。公爵令嬢様」

「壊された扉はどうなるんです」


 お開きにはできなかった。


「ところで、そのもう一人の少女はどなたです。背中に羽根の飾り物を付けた。確か侵入者は二人組との話でしたが」

「確かに二人組でした」

 警備隊長が従業員に確認すると、従業員は頷いてる。


「そうすると、その子も攫われていたのですか」

「あ、この子ですか。この子は聖女様です。悪人を懲らしめるために来てもらいましたが、もう用事も済んだのでこのまま帰られます。もう帰っていいわよ。グラール」


「また悪がいたら呼ぶがよい」


 そう言ってグラールが飛び立つと空中に消えた。

 一同目が点になっている。


「あー。聖女が来ていたことは内緒ですよ。死にたくなかったら」



 その後、この世にはいない、キースとバーグの容姿を伝え、屋敷に帰ったのは深夜過ぎだった。


 リココが心配して起きて待っていてくれた。


「エリーザお嬢様、こんな遅くまでどこにいたのですか。心配しましたよ」

「ごめんリココ、サーヤさんは無事だったよ」


「サーヤさんがどうかされたのですか」

「いや、なんでもない。今日はもう遅いから寝るわ」


「そうですね。ではおやすみなさいませ」

「おやすみ」


 私はベッドに入り微睡の中いろいろと考える。

 リココはサーヤさんが攫われたことを覚えていない。もう手紙も存在しないだろう。全てが書き換えられてしまったのだ。

 第一王子に、知らせてくれたお礼をする必要がなくなった。

 帝国の皇子と第二王子の繋がりを示す手掛かりも無くなってしまった。第一王子に申し訳なかったな。明日謝ろう。あ、覚えてないか。本人が覚えていなくても、感謝のお礼と謝罪はすべきだよな。なんと切り出せばよいだろうか・・・。

 ヒロインにとっては幸いだった。暴行を受けた記憶がないようだ。というか事実そのものがなくなってしまったのだ。この世界から存在自体が消えてしまった。

 そう、消し去ったのは私。凄い力だ。世界中の悪事が無かったことにできる。だがそれを行っていいのか。既に二人消してしまった。二人は悪だった自業自得だ。それでも、存在自体をなかったことにしてよかったのだろうか。私はいったいどうするべきだった・・・。


 考えが堂々巡りを繰り返すうちに、いつのまにか私は完全に眠りに落ちていた。


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