3-3-2 昼休み

 学院のカフェで昼食をとった後、いつものように図書館に向かうため、中庭を横切ると、すみの木陰に今まで見たことのないテーブルがあった。

 あんなところにテーブルなどあっただろうか。興味を引かれ、そちらを凝視すると、そこには見覚えのある少女がいた。


「エリーじゃないか、久しぶりだね。弟のレオン君は元気かい」

「これはアインツ殿下、ご機嫌麗しゅう存じます。ですが、婚約者に久方ぶりに会った、最初の挨拶が弟の心配ですか。本当に殿下は弟のことが好きですね」

「婚約者の弟のことを心配するのは、普通のことだろう」


 公爵家の秘宝の秘密。今までの様子からして、多分彼女は知らないのだろう。これで知っているようなら、余程の女狐だ。

 しかし、弟のレオン君は、公爵家嫡男、彼なら知っている可能性がある。


「BLなの、やっぱりそうなのね。王子と公爵令息、美味しいわ。でも実の弟だと思うと、、、」

なにかエリーが不穏なことをブツブツ呟いているが、そんなものは無視だ。


「ところで、エリー、こんなところで何をしているのだい」

「今年から、この学院に通うことになりました。よろしくお願いいたします。先輩」

「そのことは知っているよ。なぜ、こんなところで食事をしているのかということだ」

「今日は、天気も良くて気持ちいいですよ。立ち話もなんですし、殿下も座ってください。食事は?」

「さっき、カフェで済ませてきた」

「でしたら、お茶だけでもご一緒ください。リココ、殿下に椅子とお茶を」


 エリーが侍女に指示を出すと、侍女が何もない空間から椅子を取り出し、勧めてくれた。今まで見たことがないと思ったら、テーブルも椅子も自前だったようだ。

 勧められるままに椅子に座ると、すぐさま熱い紅茶がでてきた。

 収納魔法持ちのメイドは優秀だな。


「それで、話は戻るけど、なぜ、こんなところで食事をしているのだい」

「天気がいいからでは駄目ですか」

「他にも理由があるだろう」

 普通に考えれば、公爵令嬢がこんなところでポツンと、侍女と二人きりで食事しているはずがない。


「話さなければいけませんか」

「一応、君は私の婚約者だからね。その動向は知っておきたい」

「あら、独占欲ですか。余り束縛されるのは願い下げなのですが」

「そうではないよ。君は目を離すと、何をしでかすか分からないからね」

「まあ、そんなに目を掛けてくださっていたとは、意外でしたわ」

「ああ言えばこう言うね、君は」


 私は紅茶を一口飲んで言葉を続けた。

「そんなに話したくない事なのか」

「いえ、そんなことはないですよ。どうせ直ぐに殿下の耳にも入るでしょうから」


 彼女も紅茶を一口飲んでから言葉を続けた。

「昨日、ちょっとカフェで、やらかしてしまったもので、流石に、今日は気まずかっただけです」

 彼女はお茶目な顔で笑う。


「殿下の虫よけ役としては、都合がよかったかもしれませんよ」

「程々にしてくれよ。虫よけも、毒が強すぎて、使用者まで死んでしまっては意味がない」

「おっしゃる通りですね。以後できるだけ気をつけます」

「できるだけなのか」

「できるだけです」

 そう言って彼女はまた笑う。


「普段、図書館にいることが多いから、何かあったら言ってくれ」

「はい、何かありましたら、殿下がどこにいようとお訪ねしますね」

「ああそうだった。君は、探す気なら、すぐに居場所を見つけられるのだったな。いつでも気軽に来てくれて構わないからな」

「畏まりました。殿下」


「それでは、私はそろそろ図書館に行くとするよ」

私は紅茶を飲み干す。

「そうですか。今日は、殿下とお話しできてよかったです。また、話し相手になってくださいね」

 そう言って彼女は、その切れ長の目を細めて微笑んだ。


 ほんとに、死なないまでも中毒にはなりそうだ。

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