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12月15日(Tue)午前7時30分
明るい日差しが差し込むリビングに立ち込めるコーヒーとトーストの香り、新人のお天気キャスターが伝える天気予報も今日は一日晴れマークが並んでいる。
そんな平穏な朝に少女の叫び声が響いた。
「ええっ? ちょ、ちょっとお姉ちゃんっ! テレビ! テレビ観て!」
リビングのソファーの上で
カフェオレの入るマグカップを手にした美月がリビングに顔を出した。
「なぁに? 大声出して」
「だって! 一ノ瀬蓮が……」
希美が指差すテレビは朝のニュースが流れていて、天気予報が終わった今は芸能ニュースの時間だ。興奮気味のアナウンサーが原稿を読み上げる。
{――たった今、入ってきたニュースです。俳優の一ノ瀬蓮さんと女優の本庄玲夏さんが結婚を発表しました}
そのニュースに妹と同じく絶叫した美月は姉妹揃ってテレビの前を陣取り、ソファーで新聞を読む父親を苦笑いさせる。
ニューススタジオも興奮冷めやらぬ様子でアナウンサー達がこの件について語っていた。
{今年一番のビックカップルですよね。まさか一ノ瀬さんと本庄さんが結婚とは}
{先日の事件のこともありましたからお二人の所属事務所の対応に注目が集まっていましたが、これには驚きました。結婚ですか……}
アナウンサーが発した事件とは元女優の沢木乃愛が脱獄して人質をとった先週の出来事を指している。
{おめでたいことですけれど、双方のファンにとっては衝撃でしょうね。一ノ瀬さんは女性ファンが多いですし、“2009一ノ瀬蓮ショック”となりそうですね。私も一ノ瀬蓮さんのファンなので受け止めるにはちょっと時間がかかりそうです}
動揺する若手の女性アナウンサーにベテランの男性アナウンサーが頷きを返した。
{お二人は古くからの友人ですし、どちらもこれまで多くの方との熱愛の噂がありました。数年前には一ノ瀬さんと本庄さんに交際の噂が浮上していましたけど、その時は交際を否定されていましたね}
{今日の午後に一ノ瀬さんと本庄さんが記者会見を行うそうです}
画面が次のニュースに変わり、希美が両脚をバタつかせた。
「ヤダヤダァ! 蓮さまが結婚しちゃうなんてぇ……」
人気俳優の突然の結婚のニュースはたとえ相手も同じく人気女優であったとしても日本中の一ノ瀬蓮ファンが希美と同じように悲痛な叫びをあげているだろう。
「この二人いつの間に付き合ってたのぉ? 沢木乃愛のことでデキちゃったとか?」
希美の部屋には一ノ瀬蓮のポスターも飾ってあり、これまでに彼が出した写真集も三冊すべて揃っている。納得いかない顔で頬を膨らませる希美の頭を美月はポンポンと撫でた。
「希美ー。そろそろ学校行く時間よ」
キッチンから母、浅丘
「うう……。いってきます。今日は一日蓮さまのことしか考えられない」
「蓮さまのこと考えててもいいけど、ボーッとして怪我しないようにね。いってらっしゃーい」
意気消沈の希美を美月は玄関まで見送り、リビングに戻った。新聞を読み終えた父も出掛ける支度をしている。
{――それでは次のニュースです。先日壊滅に追い込まれた犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖容疑者は……}
美月の肩が跳ね上がった。美月の異変に気づいた父親がすぐにテレビを消す。心配した結恵も美月の側に駆け寄った。
『大丈夫か?』
「うん……大丈夫」
犯罪組織カオスにも貴嶋にも二度と関わりたくない。名前も聞きたくない。
父には笑って見せたが美月の顔色は優れなかった。
『何かあればすぐに言うんだぞ』
「うん。……あ、お父さんもう行く時間だよ」
リビングの掛け時計を指差した美月は父のビジネスバッグを玄関まで運ぶ。結恵と共に父を見送って一息ついた。
「今日は何時に出るの?」
「駅で比奈と待ち合わせしてるから10時の電車に間に合うように出るよ」
貴嶋が大学に仕掛けた爆弾で爆破した校舎の修復や警察の捜査の為に大学は昨日まで休校だった。今日から冬季休暇まで通常日程の再開だ。
10時前に美月も家を出て大学に向かった。これで浅丘家の人々は皆、仕事と学校に出掛け、家には結恵だけが残る。
彼女は掃除と洗濯、アイロンがけ等の家事を済ませて自宅を出た。
家の最寄り駅である東急大井町線、
次に結恵が降りた駅は東急線の多摩川駅。ここは大田区の田園調布地帯だ。
約束の場所は多摩川駅側の田園調布せせらぎ公園。腕時計を見るとそろそろ午後2時になろうとしている。
指定された時間には間に合いそうだ。
冷たい風が目の前を横切る。上京して20年以上になるが田園調布の辺りには縁がない。田園調布せせらぎ公園も初めて訪れる。
公園の入り口を入ってすぐの場所にログハウス風の建物があった。あそこが休憩所らしい。側面がガラス張りの休憩所は外から中の様子が覗ける。
結恵は緩やかなスロープを登って休憩所の中に入った。室内のベンチに男がひとりで座っている。
「……佐藤さん……ですか?」
恐る恐る男に声をかけた。黒いコートを羽織ってうつむいていた男が立ち上がる。
佐藤瞬は結恵に頭を下げた。
『はい。お呼び立てして申し訳ありません。佐藤です』
「はじめまして。美月の母です」
結恵も佐藤に会釈を返した。
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