「act10 Re:そこに希望はなく」
世界の揺れる音がした。氷の巨人はもうそこにはいない。女熾天使いは地面に倒れ伏せている。カスのように残った魔力をかき集めてなんとか身体を動かす。視界は赤く塗りつぶされており、瓦礫も多く砂塵のせいで周りの状況を確認できない。誰か、と声を出そうとしても喉が潰れ、思うように動かない。
ふと砂塵の向こうに何かが揺れ動いた。魔力を感じ取るだけの感覚はとうに死んでいる。誰かいることに安堵した瞬間、黒い爪が腹に突き刺さりそのまま身体が宙に浮いた。
なんてことはない。ガブリエラを掴み持ち上げていたのは、厄災獣。魔力核を一つ残した状態でそこに立っていた。痛みを感じることすらできないのに血液だけが流れていく感覚はある。不思議な感じだった。
やがて砂塵が晴れ、皮肉にも持ち上げられたことで周囲の様子を探ることができた。
「————え?」
目の前に広がるのは三人の魔法使いが血を流し倒れている光景。他の人は気配すら感じない。まさか防ぎきれなかったのかとも考えたが、そうであれば被害はこんなものでは済まないはず。まずは防ぎきったと考えて良さそうだ。
次に余力を残していると思っていたツヴァイスはかなり離れたところで倒れてぴくりとも動かない。他の二人は微かに動いてはいるが、彼女にはそれすら感じることはできなかった。
つまりこの中で一番動けるのは自分だけ、ということになる。
しかしどうだ。自分の力で立ち上がることすら困難なほどに衰弱している。正直生きているのがやっとといったところだ。
「だ、誰か——」
ガブリエラが出した答えは、
「助けて……! 誰か、誰かぁあああああ!」
もがけばもがくほどに厄災獣の爪は食い込み、その腹から鮮血が溢れ出す。喉奥を駆け登る血液を止めることができずに断続的にせき込み吐き出す。
————————!
誰かの声が聞こえるような気がする。懐かしいような、安心するような。
刹那、胸の奥から力が溢れ出す。どこから流れてくるかなんてわからないが、自分の奥底から何かが干渉してきていることくらいはわかる。これはおそらく——
刹那、光が奔る。それは獣の腕と一振りで切り落とした。解放されたガブリエラは血を吐きながら穴の開いたはずの腹を押さえたが——
「あれ。傷が、ない?」
出血はしていない。それどころか傷跡すら残らずに完治してしまっている。流石に失われた血液まで補充されているわけではないので未だ頭は正常に働かないが、自分由来の治癒ではないことくらいは理解できた。
いいや、これは異常だ。回復したどころではない。力が溢れて制御が効かない!
「あ——っ、これ、は……!?」
——ワタシヲヨビマシタカ?
奥から溢れる存在、その名を熾天使ガブリエル。上位存在である天使の中でも最高位に位置する熾天使、その一つたる『
だが、数秒前の彼女ならばともかく。今の彼女にはガブリエルの助けが欲しいとは思えない。必死に断ろうと抑えようとするが、人間の脆弱な精神ではかの存在を引き離すことはできない。抵抗しようとするが、それ以上にガブリエルの魔力が膨大で、それを抑えられずについには左腕までもが弾ける。右目の視力は死に、足も凍傷にかかったかのように感覚さえも失われていく。
——だ、ダメ! この力を解放させたら、きっと世界が……ッ!
元はと言えば自分が招いた破滅の力。せめて魔力を爆発させて、獣を道連れにしてやると覚悟を決めようとしていた、
「集中しろ」
刹那。肩に自分よりも少し大きい手が置かれる。感覚が死んでいるはずなのに。それなのに感じることができる暖かさ。
「お前は誰だ? お前はどこにいる?」
「わ、ワタし……は……。わたしは…………ッ!」
心に火が灯る。ガブリエルの冷気なんかに負けないほどに大きな火が。
——しっかり胸を張って生きる! そうだったよね、お兄様!
「お前はお前だ! マリン!」
「私は——マァァァァリン! ブリテン、ウィッカだああああああああああああああああああああ!」
冷気が放たれる。より正確に言うならば彼女の中に残る熾天使ガブリエルの魔力残滓。それは天体を貫く一撃などではなく、厄災獣だけを確実に貫いた。しかし最後の一つは頑強で、熾天使の力の断片であっても破壊には至らない。
強く自分を意識したせいか。ガブリエルを魔力ごと乗り込んできた意識すらも冷気に乗せたせいか。彼女の中に『
これで彼女は普通の魔法使いより少し強いだけの一般人でしかなくなってしまったわけで。そんなただの人間、しかも意識を繋いでいるのもやっとといったところの人間が厄災獣に挑めるはずもない。
——が。
今、彼女の目の前にその男は立っていた。
そう。彼女が待ち望んでいたのは『
彼女が本当に信頼している。愛している人。
「待たせたな、マリン。ここからは俺が相手をする」
「——ったく……。遅いっての、ガイナ!」
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