「act2.5 救う者」

「あいたたた……。もー、思いっきり投げるなんてひどいや……」


 軽い感じでそうは言ってみたものの意識が途切れたらもう二度と目を覚まさないんじゃないかなんてことをひしひしと感じている。痛みのおかげで辛うじて起きていられる、なんていうのもおかしな話だが、そんなおかしな状態になっているのが現実だ。


 右腕はない。立ち上がるために足に力を入れることすらできない。そもそも瞼が少ししか上がらないし、上がっても目の前が真っ赤でほとんど何も見えない。今までこんなに身体が思うように動かなかったのは多分母が■された時以来だろう。そしてそこまで思ってようやく理解したことがあった。


「——こわい」


 死の恐怖。母親が■されたその日、多分何をされてるかわからなかったから動かなかったわけではなかった。ただ「こわい」と幼心に思えていたのである。そのことに気付けて


「私だって、本当は普通の女の子だったんだよ。……確かにほんのちょっぴり力は強いけど、さ。普通の……女の子だったんだよ。おかあさん、おとおさん……」


 自分は人とは違う。だから村の人は怖がった。恐怖とはわかりやすい普通の人である証明。両親が産み、育ててくれた子供は忌み子なんかじゃなかったんだよ、とこれで自信満々に伝えることができると思うと涙が止まらなかった。今まで沢山の命を奪ってきたけれど、それに報いるだけの働きもできた、と思いたい。


 ……後はみんなが厄災獣を倒してくれれば魔力核を破壊して攻略に貢献したとして兄の刑期も短くなるはず。それで人生における目的のほとんどは達成できたと胸を張って言えた。満足のいく終わりとは言えないけれど、それでも自分が掴めるだけの幸せは掴めたと思える。


 ——あぁ、でも二つだけやり残しを思い出した。一つは兄ともう一度一緒に平穏な日常を過ごすこと。もう一つは——


「人並みの恋、ってものをしたかったな……」


 そんな普通の女の子のようなことを夢見るために少女は静かに目を瞑った——












「オイテメェ。なに満足そうな顔して逝こうとしてンだ」


 意識を閉じる寸前に聞こえた声に驚いて力なんて入らないはずなのに、首が跳ね瞼もつられて開く。とはいえ視力にまで回す体力がないため結局誰がいるのかなんてわからないわけだが。


「——だ、れ?」

「名乗るもンでもねェよ。……クソが。酷く弱った人間の反応があると思ったら第二師団の団長サマか。残念だがテメェは死なせねェ。オレの手の届く範囲にいる人間は助けるって決めてンだ。死にたかったってンならテメェの運の無さを恨むンだな」

「誰、だか知らないけど、さ。わ、たしを助けようと、してるならむだ、だよ。私ってば、むかし……からシンピ? っていう、のかな? そういうの中まで浸透しないんだ……」


 多分素の身体能力がずば抜けている代償だろうか。昔から魔法は使えなかったし、魔法の効果をあまり受け付けないのだ。肉体強化はかけてもすぐ剥がれる。回復魔法は外傷だけなら治るが、内臓にまで深く傷があった場合はそこまで治すことができないのだ。だから今の状況から完全に回復させることなんて不可能。仮に蘇生魔法なんてモノがあっても自分だけは蘇生できないだろうと確信がある。


 ——あれ、そういえばはう君の羽。結構深くまで刺さったはずなんだけど消えなかったなぁ……。なんで?


 まあそんなことはどうでもいいのだ。どうせ命は尽きる。それだけは自分が一番理解していることだ。


「はァ……。カミサマの加護が受けらンねェンだろ? イジワルな神もいたもンだ」

「はは……。そ、だね」

「なら目を瞑れ。テメェの眠りを妨げることは何者にもできねェさ」

「——うん、そーさせて、もらうね。……ありがとう。そしておやすみなさい。名も知らない誰かさん——」


 ——続きはなかった。その言葉を最後に彼女はその意識を今度こそ落とす。


「あァ、おやすみ。——あなたは立派に人を助けたよ」

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